この世に生まれる前には、決定していた『魂の羅針盤』

 

この三次元世界で体験していたことは、

 

全て、この『魂の羅針盤』の流れに沿う為でした。

 

 

 

 

自我の世界に生まれ、

 

自我の世界が、わたしの世界でした。

 

 

 

そこには、いつも比較があり、

 

感情に振り回される世界でした。

 

 

 

 

その感情が、課題投下のサインだとわかって、

 

何がどうなるのかもわからないまま、課題を解いていきました。

 

 

 

 

感情が、炙り出されるのはイヤでしたが、

 

課題投下のサインだと知ったことで、自我の幻想物語を創作するより、

 

課題を解くと、わたしが観る外の世界が変わっていくので、面白くなっていきました。

 

 

 

 

やがて、『鏡の法則』の存在を知り、

 

思考錯誤しながら、鏡の遣い方を習得していきました。

 

 

 

 

鏡に映るその人は、わたしそのものだと、完全に習得するには時間を要しました。

 

 

 

『鏡の法則』を遣うと、陰陽一対にすることができ、

 

わたしの世界は、穏やかになっていきました。

 

 

 

『肯定』の決定をしていくと、どんどんと扉が開いていきました。

 

 

 

やがて、裏側のわたしが、表側のわたしが観る世界、体験している世界を創造していることに気づき、『現実世界』と『意識の世界』は、循環の流れにあることを体験していきました。

 

 

 

自我の幻想物語が、『現実世界』と『意識の世界』の流れをせき止めていることに気づきました。

 

 

 

せき止めている幻想物語を、どうやったら止めることができるのか、試行錯誤しました。

 

 

 

結局、止めるのではなく、認めることでした。

 

思ってしまうことがいけないことではなく、思ってしまうのは仕方がないこと。

 

「今、そう思ったよね。」「うん、そう思った。」

 

それだけで、幻想物語は創られなくなっていきました。

 

 

 

 

頭の中が静かになっていきました。

 

静かになると、少しでも自分がブレるとわかるようになっていきました。

 

 

 

 

思考と、言動と、意識と行動が一致すると、何の抵抗も、何の違和感も感じなくなり、このラインが『魂の羅針盤』の流れの上だとわかるようになりました。

 

 

 

それでもまだ、自我が『羅針盤』の舵を取ろうとしてきました。

 

 

 

何も考えていないのに、そう言おうと思って言ったわけでもないのに、勝手に言葉が出た体験をして、

 

この肉体は、この三次元で生きるための入れ物だと実感しました。

 

 

 

 

そして今日、

 

この宇宙の法則は、

 

わたしが決定した『魂の羅針盤』の通りに生きることができる為に、創造された世界なのではないかと、思うに至りました。

 

 

 

わたしが持つ感覚と、完全に一致する方向。

 

感覚と一致する言葉を遣う。

 

感覚と一致する行動をする。

 

 

それが、わたしの『魂の羅針盤』の流れに沿うことだと、思うに至りました。

 

 

わたしの意識に意識を向け、

 

やってみようと思います。