長い間、自我意識で生きてきたわたしが、
今は、180度、真逆の生き方をしようとしています。
長い間、『自我』という方向に意識が向いていましたから、
無意識のうちに、自我の方向に意識が向いていることに気づくことがあります。
今日、甥っ子夫婦が、4歳のお子ちゃまを連れて、うちの家にやってきました。
元々の目的は、8月17日に行われる熊野の花火を見る為に、計画していた帰省でした。
ところが、台風の影響で花火は、22日に延期されてしまいました。
甥っ子達にとっては、この期間しか休むことができず、残念ながら22日の花火は見ることができません。
当初の予定では、今日、東京から出発する予定でしたが、計画運休等で来れなくなるかもしれないと、昨日の日曜日に東京から名古屋に行き、名古屋で一泊し、今日は、名古屋から来ましたので、問題なく到着することができました。
母とわたしは、先週から、甥っ子がどうするのか、来るなら買い物もしておかないといけないし・・・と、やきもきしていました。
わたしは思います。
「もう~、こんな時に来なあかん?こっちだって台風の準備があるし、仕事にも行ってるし、止めたらいいのに。なんで、わざわざ、こんな台風の時に来るねんな。」
と、目の前に起ころうとしている出来事を、全面否定しているわたしに気づきます。
「来て欲しくないと思っているわたしを、どうやって反転する?」
「あぁ~、ダメだわ。反転して、来ない結果を得ようとしてるわ。こりゃダメだ」
ちょっと、放置しよう。
それからしばらくすると、
「ここに、来るというだけのこと。」
そう、閃きます。
「そうか!ここに来るというだけなんだ!ただ、それだけ。」
ものすごく、スッキリしました。
今日、わたしは3時に仕事を終わらせてもらって、台風が来ないうちに夕食を食べ終われるように準備をし、みんなで夕食をたらふく食べました。
甥っ子が送ってくれた、築地の刺身が午前中に届いて、それもみんなで頂きました。
やっぱ、築地の刺身は、うまいわぁ~
6時過ぎに、近くにある銭湯に行ってから、ホテルに向かうと、甥っ子達は出発しました。
雨も降らず、台風が近づいているなんて嘘のような夜です。
「ただ、在るだけ。」
これ、結構遣えるかも。
自我意識の形状記憶を、自我も気づかないくらい少しづつ記憶を無くしていく。
継続あるのみ。