自我の存在を知って、

 

自我が嫌いになりました。

 

 

 

 

誰よりも、わたしが正しいと思ってるわたしがいるし、

 

人の為と言いながら、自分の為にしているわたしがいるし、

 

自分を、謙虚に見せることで、自分を高い場所に置いているわたしがいるし、

 

自分を、悲劇のヒロインにしたてあげて、自分のことを認めさせようとするわたしがいるし、

 

傲慢なわたしだと言いながら、その傲慢さを、ちっとも認めようとしないわたしがいるし・・・

 

わたしが大嫌いな人は、わたしが大嫌いなわたしを映し出しているのに、そんな時は、鏡はなかったことにしようとする。

 

 

 

そんなわたしに気づいて、

 

そんな自我の世界から、一刻も早く脱出したいと、試行錯誤しました。

 

 

 

 

自我が発動したら、

 

「あっちへ行け!」

 

と、責めてみる。

 

 

 

自我が発動したら、

 

「いいよ、いいよ。」

 

と、なだめてみる。

 

 

 

自我が発動したら、

 

気づかなかった振りをしてみる。

 

 

 

 

色々試してみたけれど、どうしても

 

 

 

 

この自我の壁が、前に立ちはだかっていました。

 

 

そして、やっとみつけました。

 

本当に何でもないことでした。

 

 

 

 

ただ、認めるだけ。

 

それだけでよかった。

 

 

 

「わたしが池の中に落としたのは、錆びた鉄の斧です。」

 

それだけでよかった。

 

 

 

何故、落としてしまったのかとか、

 

なんでそんな、こ汚い斧を持っているのかとか、

 

家庭の事情がどうのとか、

 

朝から木を切り続けていたために、疲れて斧を落としてしまったとか、

 

そんなことは、質問されていなかったんです。

 

 

ただ、

 

「あなたの落とした斧は、どんな斧ですか?」

 

そう聞かれただけだった。

 

 

 

 

否定も肯定もする必要はなく、

 

ただ、そう思った。

 

ただ、そう言った。

 

ただ、そう行動した。

 

 

それだけのことでした。

 

 

 

わたしを受け入れる。

 

わたしを認める。

 

わたしを赦す。

 

 

何も難しいことではなかった。

 

 

 

 

何処までも、いい人でいたい自我は、抵抗してきましたが、

 

諦めずに、認め続けました。

 

 

 

自我が、出しゃばってきても、もう平気です。

 

 

さて、次のステップです。