昨年のクリスマスイブにフレンチを食べたお店があります。
このお店は、昨年うちの土地の売買に関わってくださった不動産社長が、ビジネスとして建てたお店です。
本当に、芸術品だと思うような食事でした。
今年に入って直ぐに、まだ5ヶ月も先である5月に、大人2人の予約をLINE登録から入れました。
今度は、主人とではなく、同じ5月生まれの心友との誕生会の為です。
そのラインから、急に
「いつもご利用ありがとうございます。誠に勝手ながら、LINEでの問い合わせ・予約受付を3月末日で終了いたします。」
というラインが入ってきました。
私は直ぐに、
「え?何かあったの?何か怒ってる? これからは、どうやって予約を入れるんだろう。電話ですればいいのかなぁ。
何かあったのか、社長さんに聞いてみようかな。」
そう思いながらも、
「5月に行くから、その時に予約方法を聞けばいいか。」
そう思い、家事をし始めました。
そして、ふと思ったんです。
「もしかして、こうやって、創造しているのか?」
わたしが勝手に捉えたことがあって → その想いが、そうであったなら →原因を知りたいから → 確かめたいという行動に出る為、社長さんに聞いてみるという行動に出る。
原因を知りたいと思った奥の感情には、
「わたしは、何もしてないよね?」
「誰かが何かをやらかしたなら、それを知りたい。」
という、保身や不安な想いでした。
「いつもご利用ありがとうございます。誠に勝手ながら、LINEでの問い合わせ・予約受付を3月末日で終了いたします。」
という連絡が、LINEで届いただけのこと。
「3月末日で終了なんだ。了解。」
それだけのこと。
『現実』という
棒磁石に
わたしの、自我という砂鉄がくっついて、別のモノにしてしまったようでした。
一瞬のうちに、無意識にくっつけています。
わたしが観る外の世界は、ただ在るだけなのに、
一瞬でも気を緩ませると、いっきに自我の幻想が入り込んできます。
在るだけの世界にしてみたら、いったいどうなるんだろう。
検証してみます。