スピリチュアルな事を知り始めると、今までの私の世界が変わっていった。
今まで知らなかった事を知るようになると、
「自分は特別なんじゃないか。」そう思うようになった。
「私は、選ばれたのかしら?」
「私には、そういう役割があるのかしら?」
そんなものはない。
輪廻を繰り返してきた回数が多かった。
種をまいたら、たまたま隣の種より早く芽がでて、「こんな明るい世界があるんだ!」と知った。
人生のシナリオを創った時、こんな攻略方法で「人生ゲームを楽しもうか」
ただ、それだけ。
親が子供に教える。
先生が生徒に教える。
上司が部下に教える。
兄が弟に教える。
それと同じ。
でも、逆に
親は、子どもに教えられることもある。
先生が、生徒に教えられることがある。
上司が、部下に学ぶことがある。
兄が、弟に救われる時がある。
私たちは、いつもどこでも、どんな時代でも、学びを与えられ、また誰かに学びを与えている。
この『自分は特別だ』と言う『エゴ』は、とても巧妙に入り込んでくる。
抜き足、差し足で、そろりそろりとやってくる。気づかれないように。
でも、こんな時もやっぱり『本当の自分』をごまかすことはできない。
『本当の自分』は、私の事を全て知っているし、その『エゴ』につかまると、どんどん周波数が落ちて、それでも気づかないと、這い上がれなくなることも知っている。
だから、必ずメッセージを送ってきます。
高い所から落ちて、自分が天狗になっていることを教えてくれたり、棚のモノを取ろうとして頭に当たったり、誰かを使って教えようとしたり・・・
で、それでも気づかないと、もっと強烈な技を使って教えようとする。
で、それでも気づかないと、結局リタイアしてしまうから、
『特別なキャラクターは、存在できなくなる』
全ての人は、平等にこの『人生ゲームを攻略できる』っていう事ですね。