母親でいる私と、看護師である私。

 

 感情に心を奪われ、何をどうすればいいのか、考えることさえできなくなりそうな

そんな母親でいる私と

 冷静に、幸太郎の今の症状や体温、血圧、尿や便の回数、食事の量から今の幸太郎の体調を判断している、そんな看護師の私がいる。

 

 

 幸太郎は、ずっと呼吸困難に陥る不安と付き合っていた。

そういう時には、オプソというモルヒネ(強烈な鎮痛剤)を飲むよう医師の指示はあったが、オプソは鎮痛剤であって、咳や胸水を無くす作用はない。

幸太郎も効果がないと言う。

 

 そんな時、思いついたのが「浅田飴」。

固い飴の方じゃなく、水あめの方。

私が小さい頃は、多分この水あめの方が主流だったと思う。

喉が痛い時や咳が出る時に薬局で購入していた。

その浅田飴が、頭に浮かんだ。

 

 早速購入して、ごはんを食べる前に試してみたら?と、ごはんによる喉の刺激が少しでも防げたらと勧めてみた。

 これが、意外に効果があって、幸太郎も喜んで、この日から必ずご飯の前に「浅田飴」となった。

 これが、母親の私。

 

 そして、看護師の私は、幸太郎の今後の事を考える。

 

 ガンの末期には、胸水や腹水が溜まることがある。

本来、水が溜まるべき場所ではないところに水が溜まるのは、とても苦しい。

そうなったら、入院することになるし、また苦しむ姿を見るのも嫌だった。

 何かいい方法はないだろうかと、ネット検索をした。

 

 ヒットしたのが、肝臓がんでお父さんを亡くされた娘さんが書いたもの。

その内容は、肝臓がんによって腹水が溜まり、それが苦痛で仕方なかったお父さんに漢方を飲んでもらうようになったら、腹水がなくなりとても楽に逝ったと。

そこには、その漢方を処方してくれた薬局も紹介されていて、私は直ぐにそこに連絡を取った。

検査結果をFaxで送ってくれれば、その状態に合わせた処方をしてくれると言う。

早速、血液データーを送信し、漢方が到着するのを待った。

 

 

 

 漢方は、本当に独特で、カキ(貝)のエキスという生臭い物や、粉薬も半端なく1回量が多い。でも、もう頼るしかなかった。

 エキスは、そのままなめたら吐きそうになるので、薬局でカプセルだけを購入しその中に入れた。粉薬は、喉に引っかかったらそれこそ咳を誘発しかねないため、四角いメモ用紙に半分づつ置いて、その上にグラニュー糖を振りかけて、グラニュー糖の重さで喉に留まらないようにした。

 幸太郎にとって、こういう薬を飲むのは避けたかったけれど、胸水を減らすために飲んで試してみようと説明した。

 2週間分の処方であったが、かなりの高額だった。この漢方の支払いには、幸太郎の社会保険を使うことにした。

幸太郎は、わずか5ヶ月しか働いていなかったが、在籍したままにして頂いていた。

後に幸太郎の上司から聞いた話しであるが、もっと上の幹部からは、辞めてもらうよう通達があったらしいが、上司を含め他の職員が、それを拒否してくれたそうだ。

そのお蔭で、漢方を購入することができた。

 幸太郎は、どんな人間関係を築いていたんだろうと、そう思った。

 

 実のところ、私は西洋医学しか学んでおらず、東洋医学に対して興味がなかった。

でも、今回漢方を内服したおかげで、幸太郎自身「胸が軽い」 そう言うことができた。

 

 西洋医学は、急激に効果を示すが、その分副作用も強い。

漢方は、急激な効果はないが、ゆっくりと体全体を整えながら修復してくれることを知った。

 

 『浅田飴』に『漢方』。

この二つのモノは、西洋医学だけに偏らず、東洋医学も併用していく方が、患者にとっては苦痛を少しでも和らげることにつながるんだと、私に教えてくれた。