やりたいと思っていることが、うまく行かない。

 あの人がいるから、職場に行くのが苦痛でたまらない。

 子どもが、私の思うように育ってくれない。

 家族の中に、私の居場所がない。

 いつもお金がないから、不安で仕方がない。

 車をよくぶつけてしまう。

 怪我ばかりする。

 病気に悩まされる。

 

  こんな気持ちになったこと、ありませんか?

 

 【心の法則はとてもシンプル】でも、書いたように

心には法則が存在します。(宇宙の法則)

 

 『与えたモノは、必ず返ってくる

この法則を使って、本当のあなた(本質のあなた=ハイヤーセルフ)は、

あなたに捨てるべき『観念』を教えてくれます。

 

 なぜ、『観念』を捨てなければならないのか。

 

 それは、『観念』を捨てないと、あなたは本当の幸せが何かわからないし、

成長することもできないし・・・

 何よりも、常に「不安」が付きまとうような、次に何が起こるかわからないと

おびえながら生きていくことになるからです。

 

 これが、「心の法則」を知らないまま生きていた、私の人生でした。

 

 起こった出来事は、あの人のせい、会社のせい、親のせい、子どものせい、病気のせい

国のせい、政治のせい、自然のせい・・・

 

 自分の人生なのに、自分以外の何かに振り回される。

でも、そうやって生きているのが、当たり前で・・・

当たり前と思う事もないほど、当たり前でしたね。

 

 人は、嫌な出来事が起こらないと考えようとしません。

楽しいことばかりだと、立ち止まろうとしません。

「余命〇ヶ月です。」

そうとでも言われないと、「自分は何のために生きてきたのか」を考えようとしません。

でも、

観念』を捨てて行けば、「自分が何のために生きているのか」の答えがでてきます。

 

 さて、その観念』の探し方ですが

観念』は、必ず「感情」となって現れます。

 

 あなたは、「くさや」を食べたことがありますか?

私は、食べたことがないので、「くさや」と聞いても、どんな味か、臭いか、まったく感じません。

くさいけど、美味しいと聞きます。

 

 では、「アジの干物」を食べたことがありますか?

「アジの干物」と聞いた途端、今、目の前にあるわけでもないし、食べてもいないのに

アジの干物を焼いた美味しい臭いや、味までも、鼻の奥や、口の周りに感じます。

 

 この違いは、過去に食べたことがあるか、ないか。それだけの違いです。

 

 脳は、あなたが、死にたいと思ったほど悩んだ出来事も、

アジの干物を食べたと言う出来事も、

分け隔てなく、全く平等に、記憶しているだけなんです。(記憶については、また後日)

 

 だから、あなたが、怒ったり、泣いたり、心が痛んだりと感情が動いた時は、

過去にその経験をした記憶があるということで、

その経験をしたことで、あなたは何らかの『観念』を持ってしまったから、

あなたは、このタイミングで、この『観念』に気づいて、捨ててしまいなさいって

本当のあなたが教えてくれてるんです。

 

 『観念』は、とても重いんです。

 だから、心を重くします。からだを重くします。

 

 まるで、重りをつけられて、水の中に放り込まれたような

早く、水面に上がって、息をしたいのに、重りが重くて、もがき続けているような・・・

 

 でも、

 「あ!感情が動いた!」「これ、観念を見せられてるんだ!」

気づいて、『観念』をどんどん捨てていくと、どんなことが起こると思いますか?

 

 それは、『穏やかさ』 なんです。