ヨレンタを逃がしたことで、ボロボロに痛めつけられ拘束されたシモン。アントニに何故逃がしたと問われます。
シモン「あなたは真実がなんであろうと、彼女を処刑するつもりだったでしょう?」
アントニ「フッ、頭の悪い答えだ。私は頭の悪い奴が嫌いだから、少し頭を使わせてやる。不確実な状況下の意思決定はまず最悪を想定すべきだ。冤罪はあってはならない。だが冤罪を恐れて異端を逃がすなどもっとあってはならない。何故なら冤罪で死ぬのはひとりだが、異端を逃がすと最悪の場合、人類がみな死ぬかもしれんからだ。少しは事態を理解したか?我々の敵はちんけな犯罪者じゃない。君が逃がしたのは全人類の敵かもしれんのだぞ」
シモン「汝の敵を愛せ。この言葉に僕は帰依してる」
アントニは馬鹿がする解釈だ、神学を学び直せと弱りきったシモンに言います。続いて、ノヴァクに伝えろとレブに指示します。「ヨレンタは異端だった。さらに逃亡をはかり、その際人質を取り、負傷者を出したのでやむなくその場で処刑された。その後、死体を正式な手続きに則り、火にかけた。遺灰を川に流す前に焼死体を見せて、ノヴァクに娘は死んだと思わせろ」焼死体などどこにも?と言うレブの声にアントニは、シモンを「これから灰にする」と言うのでした。
シモンはヨレンタの身代わりの焼死体に。これは殉教だと私は思う。1431年イングランドで異端として処刑されたジャンヌ・ダルク。シモンは秘密裏に処分されるので、ジャンヌのような後日の復権裁判もないけれど、教会の信者として「汝の敵を愛せよ」を貫いた。
アントニは現世的には仕事ができるタイプなんだと思う。そしてアントニは、信仰より財や権力、栄達など現実的価値を重視している。アントニ的には「愛や慈悲で飯が食えるか」なんだろうと思う。異端は全人類の敵とかもっともらしい理屈を語っているけれど、アントニ自身は人類の救済などおそらく微塵も念頭にない。免罪符も異端の摘発も自己に都合よく利用する。そのことと彼が考えている自らの信仰心になんの矛盾も疑問もないのだと思う。
バデーニとオグジーの絞首刑が執行された直後、ノヴァクにヨレンタが異端の罪で処刑されているとの知らせが届きます。処刑場で火刑の大きな炎を見つめるノヴァク。アントニが背後からノヴァクの肩に手をあてます。
炎に包まれているのはシモン。シモンはラファウやバデーニ、オグジーたちのような「知」の直接の継承者ではないけれど、「知」の継承を助けた信仰者だと私は思います。そもそも初代ローマ教皇とされている聖ペテロとヨハネ以外の十二使徒(ユダを除く)はみな殉教しました。ペテロの墓と伝わる場所に後世建てられたのがサン・ピエトロ大聖堂(聖ペトロ大聖堂)です。キリスト教はイエスの処刑から始まったようなものですし、初期のキリスト教は殉教の宗教と言ってよいのではなかろうかと私は思う。「チ。」で語られている教会は、ローマ・カトリック教会をイメージしていると考えられますので、このような事態となったシモンはキリスト教原点に回帰したとも言えるのではないでしょうか。そして「知」の継承者たちと同様に、一見犠牲の死を迎えてはいても、当の本人は信じるもの(信仰)のため行動し、神に委ねた上での結果を受け入れていると思います。
アントニ「気の毒に。賢い娘さんだったんだって。私は反対したんだがな。まだ将来があったのに」
ノヴァクに「これだけは燃やさないでくれと頼んだんだ。偲べるように」とヨレンタの手袋を渡すアントニ。本当はダメなんだが特別に、彼女のために祈らせてくれとか、いけしゃあしゃあと良き上司を演じるアントニ。こいつだけは本当に許せん。でもこういうタイプが現実には出世する。ある意味バデーニと似ているところがあると感じるけど、バデーニが最も追求してたのは「知」であり真理。さらにバデーニはオグジーと行動を共にして、彼からの影響を受けた部分が大きいと思う。アントニは政治家的資質を持つリアリストだから平気で他人を捨て駒のように使えるんだろうな。リーダー的才覚もあるとは思うけど、この人の下で働くのは不運でしかない。シモンがこのような形でいなくなり、残ったレブはこれからどうしていくのだろうか。
ヨレンタの手袋とともに帰宅したノヴァク。10年前のヨレンタとの回想。ヨレンタがノヴァクに手紙を渡し、受け取ったノヴァクは手紙を読み上げます。「今日もみんなと神様のためにお仕事ありがとうございます」最初の頃に登場してたノヴァクが大切にしていた手紙が、この手紙なんでしょうね。
ヨレンタはノヴァクからヨレンタにぴったりの手袋を注文したよと言われ、とても喜びます。でも、実際に手元に届いた手袋はぴったりではなかったようで、ヨレンタは憤ります。誰も悪くないんだと諭すノヴァクに、ヨレンタは「じゃぁ、神様が悪い」と漏らし、ノヴァクは驚いて息を飲みます。
ヨレンタ「だってお父様が言ってた!神様が私にこういう運命を与えたって!だから神様が悪い!」
ノヴァク「撤回しなさい!今すぐに!許されない発言だぞ!」
思わずヨレンタを叱り飛ばしたノヴァクでしたが、気を取り直しヨレンタに向き合おうとすると、ヨレンタから謝ってきました。ベッドへ横たわり回想していたノヴァクはヨレンタの部屋へ行き、涙に崩れるのでした。
ノヴァクはラファウやバデーニ、オグジーの敵とも言える位置にいますが、アントニと違い憎めないところがある。ヨレンタの良き父親であることに加え、彼なりの信仰に基づいて行動しているので。たとえ見解は異なっていても彼の行動原理は愛だと感じるのですよね。
村の教会。村人がバデーニが異端として処刑された、匿名で通報があったらしい、と話しています。「そう言えば最近クラボフスキさん、通報を入れたとか言ってませんでした?」と聞くひとりの村人。
クラボフスキ「え、えぇ。半年前、隣町の図書館へ行ったら、道に本が落ちてて、何かと思って中を見たら、暗号だらけで。怪しいと思って数か月かけて解読したら、本の後半に異端思想と取れる内容が。で、でも、それは隣町での話です。バデーニさんとは無関係ですよ」
ひとり教会の廊下を歩くクラボフスキ。バデーニの処刑理由は異端的だったため。研究内容が関わっているなら、何の研究を?彼の研究をどこにも残していないなら、彼に至る歴史も消失する。万が一、自分の通報が原因だとしたら。だとしても、あの通報内容で極刑はないだろう。思いをめぐらすクラボフスキは書棚の本に手紙を見つけます。差出人のない手紙の内容はルクレティウスの詩。
「以上の詩は私が思い出せる限りのルクレティウスである。断片的かつ走り書きのため、正確さはない。悪しからず。さて、ルクレティウスと引き換えにひとつ頼みがある。それはそちらに貧民が尋ねてきたら応対して欲しいということだ。あなたがこの頼みを聞く可能性は低いと思う。あなたに得はないし、私に人望もない。頼みを聞き入れてもらう方法がない。だから我ながら効力のない言葉だと思うが、心からお願いします。追伸。これは本題と無関係かつ些末なわりに面倒で申し訳ない頼みなのだが、よろしければ貧民たちに何か教育を与えて頂きたい。以上」
クラボフスキは考えます。1500年前のルクレティウスの詩を目にすることができるのはそれを伝え、書き残した人間がいるからだ。仮にバデーニさんの研究がどこかにか細く生き、伝え、書き残すべきものだとしたら。その思いがよぎるも、やはり異端だから消えて当然だ、と自分に言い聞かせます。
街の貧民たち。パンを持ってきた髪を結んだ男が来なくなり、ひとりの貧民が目に変なものをつけた金色の髪の男と約束したと仲間へ話します。彼は言ってた。何の連絡もなくパンを渡さなくなって1か月経ったら、ある場所へ行けって。金色の髪の男は怪しくて信じられないとの声が上がります。でも、髪を結んだ男はいつも優しかった。
クラボフスキに隣町から訪問者が訪れます。「目に変なのつけた人があんたを相応しいって言ってた」ついてきて欲しいと言われたクラボフスキはバデーニの手紙の言葉を思い出し、街への案内を頼むのでした。
多くの貧民たちが集まった場所。「目に変なのつけた奴は俺たちのことを本だと言ってた」と言い、頭を剃ります。修道士のように剃られた頭には文字の入れ墨が。他の貧民たちも次々と頭を剃り「全部で60ページある。そもそも本って何だ?あと、髪切ったら伸びるまで帽子かぶれと言われたけど何でだ?」と言います。
回想のバデーニ『クラボフスキさん。そういう世界を変えるために何が必要だと思いますか?「知」です』
クラボフスキ「私の、番なのか?」
深い内容であることは通常運転なのですが、今回も色々と濃い回だと思いました。オグジー・バデーニ編はこれで終了、次回から新展開が始まると思います。と言うことで第15話のあらすじと感想を終わります。