かいしゃく | たなちゅーによる福音書

たなちゅーによる福音書

完全な自己満足ワールドです。
差し支えなえればおつきあいくださいU。・x・)ノ

最近、周りは就活やってる友だちでいっぱいです。
自分は院志望で、他にやりたいこともあるのでやっていませんが
1年後か2年後かは彼らと同じ道を辿るので
色んな人と話をさせてもらって、情報と思いを集めてます。


で、思う事。
「セミナーとか行くと周りは凄いヤツが多過ぎて焦る」
「自信無くして結局呆然としたまま終わる」

うん。気持ちは何か分かる気がします。
だけど、そいつらも自分も20年ちょっと生きてきたのは同じなワケで(vs修士除く)
そこに違いなんて無いのです。

じゃぁ、何かって?
「きっと同じだけ生きてるだけ。
 彼らが何かを持ってるように、自分にも何かがある」
って話です。
精神論っぽいけど、でも多分そうなんではと思います。
極論だけど。w

たとえば
20年間ひたすらに色んな事をやりまくってきた人と
20年間のんびり過ごしてきた人。

前者の方がいろいろスキルがあって強そうな気はするけど
後者は悠々自適な時間の使い方を知ってるかもしれない。
前者はストレスで死にそうになるコトがたくさんあったかもだけど
後者は全然ストレスなんか溜めないかもしれない。

「かもしれない」要素が抜けないけど
でも、そうじゃない?解釈の仕方によっては少し後者もよく見えるかも。

今までずっと1つの信念を貫き通して生きてきた人を見て
焦る事もあるかもしれないけど
「自分は1つの信念に偏らず生きる事を信念としてきました」って言ったら
それも1つの信念のもとに生きてることになっちゃいませんか?

ずっと何か1つのことに取り組んできた人を見て
やべぇって思う事もあるかもしれないけど
「1つのことにとらわれず、多様な価値観を見て生きてきました」って言ったら
やっぱ後者もなかなか捨てがたい空気が出てきませんか?

ね。
解釈って、大事だと思います。
「君が朝だと思えば、いつだって朝になるよ」っていうのは
そういう意味なんじゃないでしょうか。

自分次第で、自分の世界は変わって見えるかも。というお話でした。