この川筋では、多くの人が亡くなりました。
そんな淵には死を悼んでその人の名がつけられたと伝わります。
トンネルの開通は昭和になってからの事、それまでこの川筋は人の往来を拒み統けてきました。
往路は島々~徳本峠~上高地(今の明神辺り)が本道でした。
徳本と書いてトクゴウと読ませるのですが、今の明神辺りの河原が徳合と言われていたのが、その語源だとも言われます。
今、上高地に残る地名の中に、江戸時代ここでの作業に係わった人の名も残っています。
そうした長野県・上高地の地名めぐりの旅行というのも良さそうだ。