江戸時代も末期、材の搬出量はひところの10分の1に減ってしまった言われます。
もう切るべき樹がなかったのでしょう。
さらに、明治維新の嵐が上高地に大きな変化を強います。
明治8年には上高地周辺の伐採は全面禁止。
もともと上高地での"杣"としての仕事で成り立っていた村人の生活基盤は、一挙に崩れてしまいます。
人々は山を下り、養蚕や細々とした民地での山仕事に一家の糧を求めねばなりません。
ひところ村の人口も減ってしまったと言われます。
オノやノコギリの音も消えました。
もう切るべき樹がなかったのでしょう。
さらに、明治維新の嵐が上高地に大きな変化を強います。
明治8年には上高地周辺の伐採は全面禁止。
もともと上高地での"杣"としての仕事で成り立っていた村人の生活基盤は、一挙に崩れてしまいます。
人々は山を下り、養蚕や細々とした民地での山仕事に一家の糧を求めねばなりません。
ひところ村の人口も減ってしまったと言われます。
オノやノコギリの音も消えました。