こんにちは、RUPISUです。

はじめは、アメンバー限定にしようかと迷いましたが、全員に読んでいただきたく、全公開することにしました。


今日は父との思い出を書きたいと思います。


私の父は7年前に甲状腺未分化癌という厄介な癌にかかり余命3カ月

の宣告を、3年まで延命しました。 しかし残念ながら自分のやりたかった

ことを中途で断念するという結果でこの世を去りました。


父の目標としていたのは四国の家の裏山に農園を作り、そこでのんびり

暮らすということが目標でした。


癌を宣告されても、諦めない父の姿に家族は救われました。


写真は、父が私の息子と潮干狩りをしている姿で、この姿がこの場所に

降り立つ最後の写真となってしまいました。
RUPISUのエコ&Jog日記♪


この時、孫に何を伝えたかったのか、私にはわかる気がします。

活きていく上で大切なこと、私も父から多くのことを教えてもらいました。


私の父の生い立ちはかなり複雑で一言では言い表せないのですが、大阪の

花園(ラグビー場の前に家がありました)に産まれ、戦争で家を失い父(祖父)も

失い、母や妹を食べさせるために、12歳から年齢を偽り造船工場で船体を作る

仕事についていました。

苦労の連続で、あの黒部ダムの工事にも参加し現場監督をしていたそうで

その頃の写真が沢山残っています。

鉄工建築業を営むようになり、母と結婚し私たち兄妹が産まれたということです。


父は自分の子どもたちに、自分がしたような苦労はさせたくはないと言う気持ちは

あるものの、決して甘やかすことはしませんでした。


私の子供の頃は、よく自分の工場へ連れて行って、手伝わされていたことを

思い出します。 でも、何故か楽しい思い出として残っています。

中学生のころには、いつのまにか金属溶接を習得させられていました。
母は洋裁の先生なので、そちらもいつのまにか習得していました。

そして私も成人し職種は違えどお互いの仕事を助け合い・・幸せな時間でした。


習得した技術の中に愛情と言う掛け替えのないものがつまっていたことを

息子や長女の親となり、父を亡くしてから本当に実感し知ることになりました。


物を大切にすること、それは人を大切にすることにつながり、皆を幸せにすること。


決して自分の心にやましいことはしないこと。 必ず自分に帰ってくる。


最低限、他者に迷惑はかけないこと。


感謝の気持ちは忘れないこと。


食べ物を粗末にしないこと。


当たり前のことなのですが、沢山のことを実践を交えて教えてもらいました。

本を読んだだけの薄っぺらい知識とは違う実践という経験。


すべてに共通することは、「大切にすること」・・


没後これだと確信したとき涙が止まりませんでした。
RUPISUのエコ&Jog日記♪

父から受け継いだもの・・決して私たちは父と同じ人生は歩めないのだから

自分の人生にアレンジし色々な私自身の経験と織り交ぜることで奏でる

ことのできる楽譜が出来上がるというもの。

人生は自分の綴った楽譜であり、奏者は自分自身。

これは誰でも同じこと。

そしてそれを聴く観客は子どもであり、私を知る人たちすべて。


私はこのブログやホームページを通して自分の音楽を奏で続けています。

時には脱線、失敗することもあります。

でも、それが人生そのもので、面白いところでもあると思います。


私の経験や行動が私の子供たちだけでなく、もっと多くの人に響き、受け

継がれれば、私にとってこんな幸せなことは無いと思っています。


このことはどんな人にも共通することだと思います。

子どもを授かることのできなかったご夫婦、独身生活をしている人・・

自分の子供と言うことだけではなく、自分の行動は周囲の人たちへ影響を

与えながらお互いに暮らしているとを考えれば、より良い社会にするための

立ち位置は一緒なのだと私は思います。


しかし、私の考えが絶対ではないということ、自分自身の行動に必ず疑問

を投げかけることを忘れてはいけないと思っています。

常に心をニュートラルに、勉強です。


また、今、母も癌の再発で14年間通院が続いています。

母から受け継ぐことも歩んできた人生経験そのもの。

母の看病をしながら色々な話をして、色々な昔の思い出など聞くことで

母自身の気持ちも和らぎ、私自身もその時間を幸せに感じることができる

と言う経験をしている最中であります。


母の痛い部分をさすりながら、手を握りながら・・・母も幸せな気分になる

ようで、いつもは自由にならない自分自身のいらだちを隠せない言動を

するものの、感謝の気持ちを・・ありがとうと言い言う気持ちを言葉にしな

くても伝わってくる母の手のぬくもりに、私も目を潤ませながら、直接

看病できる幸せを感じる瞬間でもあります。


あと何年・・何カ月、同じ時を過ごすことができるかは、誰にもわかり

ませんが、家族みんなで看病できる幸せ・・・。

この時間を大切にしたいと思います。


長く書いてしまいましたが、このように出来ること、あまり辛くは感じていません。

何故なら、父の思い、母の思い、私たちの記憶の中で受け継がれ。。。

そしてまた、私たちが後の世代に受け継ぎ。。。

そううい言う意味では、父も母も、先祖の方々も私たちの中で活きているのです。

亡くなれば、直接会話はできなくなりますが、思い出・・記憶を紐解けば

いつでも逢うことができるのです。

いつでも、永遠に・・・。


最後に一言、全ての人たちに・・・全てのものに・・・


ありがとう。



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このような繋がりをテーマにした記事を書くことで、それを理解できなかったり煩わしく思う不幸な人たちのコメントやメッセージが必ずあります。 その人たちも含めて、この社会は動いているということを忘れてはいけませんね。