少し雑談というか、
つれづれに思うことを。


20代の初め頃から
アジアをうろついていた。
最初は中国だった。
その時、内モンゴルへ行ってしまったことが
延々とアジアに足跡を残すスタートになってしまった。
中国を歩いて見るとよくわかるのだが
とにかく広くそして違うということ。
北京と上海を言えに及ばず
広東も四川もそれぞれが言葉を含めて
あまりに違い過ぎて、苦笑。
だからこそ、表意文字としての漢字が
大きな意味を為すわけで。
そして、そのおこぼれを我々も享受している。

中国は広い。
たとえば、貴州省や広西自治区。
華南と言われるあのあたりは
少数民族の宝庫だ。
チュワン族はもとより
苗族や瑶族、土家族、彝族、水族など
思い出すだけでこれくらいは出てくる。
これで雲南まで入れたら、w。


さて、インドシナ半島のことである。
近年、なぜか言葉もわからないのに
この地域を徘徊するとことが多く、
気が向くと、ひとり旅、バックパッカーしてしまう。

そういうわけで、
ベトナムにもちょくちょく。
これは知り合いからの受け売りだが
ベトナムの主流民族はキン族、
そして、キン族はどうも高地に住むのが
あまり得意ではないらしく
今回行ったラオカイ省などは
もともと山岳少数民族の天地だったとか。
モン族とかザオ族、あるいはタイ族。
モン族=苗族、ザオ族=瑶族、タイ族=傣族。
ややっこしいのは、
すぐ近くにラオスのラオ族もいる。
で、これらの諸民族は
その起源が現在の雲南やら広西やらのチャイナ。


そして、越人の存在もある。
中国の古い時代の歴史をご存知の方は
「呉越同舟」という日本にもお馴染みの
四字熟語を知っているかと思う。
この場合の呉は蘇州あたりにあった国。
越は杭州の少し南あたりにあった国。
呉と越は隣同士なのにもうとことん仲が悪く、
それはあまりにその風俗、習慣が違ったせいだったとも言われている。

中国語でベトナムは越南。
これは以前、どこかに書いたと思うのだが
ハノイは中国語で河内。
ハノイは今でこそベトナムの首都だが
時代によっては中国歴代王朝の
支配地域になっていたこともある。 

そこで越。
古い時代の中国の南部、
浙江省・福建省、広東省、広西自治区から
交趾(ベトナム北部)あたりまで
越族(越人)の天地だったと。
いわゆる非漢民族系で
同じような風俗・習慣を持った人々の総称が
越族であると。

日本人のように島国の中で完結していると
こういう壮大な民族の移動に
あ然とするばかりではあるが 
それもこれも
漢民族そのものの移動と
彼らの文化の伝播力の強さが
インドシナ半島に多大な影響を与えているんだなと。 

というか、インドシナ半島の食文化だけを見ても
チャイナの影響が濃厚と思わざるを得ない。 

インドシナと言いながら
この地域に大きな影響を与えて来たのは
インドではなくシナ何だなあと思う次第。
以上、長文、駄文で失礼!