配食センターのお弁当と週三回のお昼で4日間は必ず一度は食を取る事が出来る。
週末は妹が食事を作ってくれるし、その他の食べ物を冷蔵庫や棚の中に入れておけば
大丈夫ではないかと考えた。
又、最近では面倒くさがって、たまにしか入らなかったお風呂もディサービスで入れてもらえる。
私は、ケアーマネージャーのYさんと次の月の打ち合わせをする為に
実家に戻った。
その日の明け方、事が起こった。
私が寝ているベッドの足元に母が立っていて何か叫んでいる。
気がついて時計を見ると、4時を少し過ぎたところだ。
「あんたぁ、親がまだ死んだばかりなのに、みんな持っていちゃって!
泥棒じゃない!何で、こんな事するのよ!」
同じ事を繰り返し、仁王立ちし叫び続けている。
「そんな所に立っていると風邪をひくから蒲団の方へ行こうね。」
と母の背中を軽く押すと、その手を払いのけた。
それでも何とか蒲団の上に座らせる。
「どうして?親の物を持っていってしまうなんて、ひどいわよ!」
泣いているようで泣いていない。タオルでただ目を押さえて、うっうっと
嗚咽しながら、しゃべり続けている。泣き真似の様に見えるが本人の気持ちの中では
泣いているのであろうか。
認知症の人は、自分にとって一番身近な甘えられる人に内容はどうあれ訴えると、
どこかで聞いた事がある。母は私に甘えているのだろうか。
しかし、すでに一時間以上母はしゃべり続け、一向に止まらない。
「どうしてよぉ、ひどいじゃない。あんたがそんな娘だとは思わなかった。」
薄っすらと明るくなってきた窓の外を見ながら、私はしゃべり続ける母を一喝した!
「いい加減にして!」
一瞬母は、びっくりして黙った。
「誰が何を持っていったって?よぉく、考えて。誰が病院に連れていってる?
誰がディサービスの事決めてるのよぉ、皆、私でしょう?しっかりしてよ!」
母は我に返った様だ。
「あらぁ、私ったら何言ってたのかしら?どうかしてるわ。ごめんね。」
母は何事もなかった様に、テレビを付けると蒲団にもぐり込んだ。
そして、しばらくすると寝息をたて眠ってしまった。
私は、一睡も出来ず朝を迎えた。
もしかしたら、母は以前に比べ認知症が少し進行したのではないか、
不安に思った私は、その日すぐにケアマネのYさんに連絡したのだった。