日本映画ブログー日本映画と時代の大切な記憶のために -34ページ目
南国土佐を後にして
1959年 日活
監督:斎藤武市 主演:小林旭、浅丘ルリ子、南田洋子、西村晃、内田良平
勝新太郎のメインシリーズ座頭市に続き、こちらもメインシリーズといっていいだろう。小林旭の渡り鳥シリーズを5本続ける。まずは、結果的に第一作とされるこの映画。題名のとおり、ペギー葉山のヒット曲の映画化である。そして、もちろん舞台は高知。ご当地ヤクザ映画という感じで作られたのが渡り鳥シリーズの原型であり、第一作とされるこの作品なのである。
旭が刑期ををおえて刑務所からでると、二本柳寛と西村が待っていた。二人共過去の旭のダイスの腕を知っていて仲間に引き込もうとしていた。だが、旭は気質でやりなおすために故郷、高知に帰ることにする。高知はよさこい祭りの最中。そこで、戦争で死んだ兄(旭の二役)の恋人(南田)の妹(中原早苗)にあう。中原は旭に心惹かれる。母(高野由美)は旭の東京でのことは問わずに暖かく迎えた。だが、就職は彼の前科がばれるとすべてうまくいかなかった。そんな中、元恋人(浅丘)に会いにいくと、彼女は男(内田)に軟禁されていた。内田の子分たちのいやがらせも続くが旭は耐えた。そして、二本柳と西村も彼を追いかけてきた。嫌気がさし、東京に戻る旭。一緒に列車に乗り合わせた中原に言われ、南田の家にやっかいになることに。そして仕事を探すがやはりうまくいかず。南田が探した仕事も中原の邪魔でダメになる。中原が執拗に迫るところに浅丘が東京に逃げてくる。そして、それを追いかけてきた内田は金を払えば自由にするという。しかたなく、ひと晩限り、二本柳の言うことを聞くことにする。ダイスで稼ぐということだ。そこに旭をクビにした社長(金子)と中原がやってくる。金子と旭は大勝負。旭は勝ち、内田から浅丘を自由にする。そして、もう一度やり直すと言って、警察に自首するのだった
あくまでも、企画は歌謡映画である。だから、若いペギー葉山も出て歌っている。結構、これは貴重な映像だ。そして、結果的にはおもしろく、なかなかまとまった映画である。そして、ヤクザから足を洗おうとする小林旭のもがきは、典型的な日活アクションのもがきである。これは渡哲也の「無頼シリーズ」まで一貫したテーマでもある。その原点的な作品としてこの映画があるといっていいだろう。そう、日活アクションは、小林旭がこれでヒットを飛ばすことにより、一気に路線が固まっていくのだ。
だが、「渡り鳥シリーズ」「流れ者シリーズ」の原型といっても、ここでの主人公は故郷もよくわからないさすらい人ではなく、ちゃんと母親も昔の恋人もいる。そういう意味では、かなり色が違うのだ。宍戸錠もでてこないし、最後にダイスの勝負をするのも気質の金子信雄だったりする。金子が気質というのは笑えるが・・・。
しかし、この当時、前科者はこれほどに就職が厳しかったのだろうか?まじめに履歴書を書く旭の姿がなかなか時代を示しているようにも思えた。というか、小林旭がヤクザの過去があって一生懸命に履歴書を書く姿は、「竜二」みたいな感じでもある。違和感があるのだ。
中原早苗は、よくある横恋慕の娘役。ただ、ここでの彼女は結構カワイイ。最後には賭博場で自分の身体を賭けるといいだすのは、彼女らしい役ではあるが・・・。
題名からして、高知全面ロケのようなイメージがあるが、高知のシーンは前半だけで意外に少ない。予算のせいなのだろうか?とはいえ、この映画の封切りは8月2日。「よさこい祭り」は8月の上旬に行われているようなので、ここででてくる祭りのシーンは映画のためのものか?そう考えると、ここでかなりの予算が使われている。
小林は戦争で死んだ兄と二役である。そう、戦争の影が出てくるのも、この映画の重要なところで、そのことが旭を賭博の世界にいかせたというのはわかりやすい。そして、賭博の世界を描いているという点では後の「賭博師シリーズ」の原型でもあるのだろう。
そして、有名なダイスシーン。二本柳と西村が旭の腕がにぶっていないかとためすシーンで旭は、5個のダイスを立てる妙技をみせるか、これはノースタント、ノーカットの本当の妙技だという。小林旭とはそういう役者なのだ。
浅丘ルリ子は恋人役ではあるが、あまり印象は薄い。あくまでも、この映画の焦点が小林旭に70%くらいいっているせいだろう。
もうひとつの焦点のペギー葉山の歌は印象深く、そういう意味では、歌謡映画としてもできがよい。ペギーが歌うシーンは二度でてくる。刑務所の慰問でのモノクロのシーンと、ラスト、ダイスを降る旭のバックで彼女がステージで歌うシーンがある。こちらは、歌で旭がダイスを振れなくなるというオチがつくのは、さらにペギーの歌を印象づけている。
最後は、やりなおそうと、警視庁に足を運ぶ旭が俯瞰でとらえられ、終わる。なかなか綺麗な終わり方だし、この映画自体無国籍性は全くない。そう考えると、かなり「渡り鳥」とはかけはなれている。ただ、この映画のヒットで渡り鳥が造形され、進化していったという点でこの映画はその原型と言われるのだ。
久しぶりに見たが、日活アクションの中でも出来の良い一作である。小林旭がどういう役者だったかを知りたい人が一本見るとすれには良い映画だと思う。裕次郎とは違う、影がある感じが印象的な一本だ。
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座頭市千両首
1964年 大映
監督:池広一夫 主演:勝新太郎、島田正吾、城健三朗、坪内ミキ子
シリーズ6作目。監督は5人目の池広一夫。ヤクザのただの抗争ではなく、農民の金を代官が横取りするという、社会性が放り込まれた作品。ライバルは二度目の城健三朗。もちろん、この前は死んでいるので違う役。坪内ミキ子もこの間は座頭市の求婚する綺麗な娘役だったが、こんどは農民の娘。ふたりとも、全く違う感じででてくるのはさすがの感じではあるが、映画の中でのインパクトはイマイチだ。
勝は斬った男の墓参りに板倉村によると、そこで酒の席に入れられる。彼らが苦労した貯めた金で生活が楽になるらしい。だが、その後でその金の入った千両箱が略奪される。たまたまそこに居合わせた勝は勢いで人を斬ったので仲間と思われた。そして、犯人は勝とも懇意の国定忠治(島田)とされ、村人は勝を責めた。勝は島田もそんなことをする人物ではないと知っていたので、赤城の山にのぼり島田に会うことにする。そして、島田がはめられていることを知り、山を降りるようにいう。勝は、そんな中で、犯人は代官とその部下で、その実行犯は用心棒の城であることをつきとめる。千両箱をひとり運び出そうとする代官の前に勝は立ちはだかり、無事に金は農民のもとに帰る。勝は旅立とうとするが、彼を追う城がいた。城は馬に乗り、勝を捕まえてひきずり殺そうとするが、一瞬、勝が馬をゆさぶり、城を落馬させるのであった。
座頭市というのは江戸後期の話である。それは、国定忠治がでてくることで明確になる。忠治だけが実在の歴史上の人物であり、シリーズ2回目の登場になる。そして、茨城の笠間の出身の座頭市と栃木の赤城の山の忠治ということで、北関東という土地が持つ空気感も見えてきたりもする。
そんな中で起こる、代官の横領話である。わざわざ、有名人を犯人に仕立て、自分だけいい思いをしようとする、まあ基本的な勧善懲悪のよくある時代劇な感じだ。そういう意味では、座頭市はどんどん、誰でもわかるようなエンターテインメントになってきている。
監督、池広一夫の演出もアクがなく、初期にあったような哲学的な感覚は全くみえなくなっている。そして、あまり構図などもおもしろくはない。アクション的には、ラストの城との戦いはまあ見せ場にはなっているが、城が馬に乗ってやってきて馬に乗れない勝を殺そうとする掟破りなところは、ちょっとイレギュラー過ぎる感じではある。やはり座頭市は間合いが独特の居合い斬りで勝負が決まるのが良いと思うのだが・・・。
そして、シリーズの中で、女の存在は重要だと思うのだが、今回の坪内ミツ子は、汚い田舎娘であり、勝を信じてはいるのだろうが、恋心にならない感じは少しドラマとしての面白みに欠ける。そして、やはり、座頭市は目が見えないながらもいい女を見分ける力があるわけで、そういう意味では、正直に相手にしなかったのかもしれない。
勝新太郎は大映のさまざまな監督とくんで映画をとっているが、やはり個人の主張も強かったはずであり、作品のテンションの差が大きいようにも見える。そういう意味では、監督がさまざまに変わるこの座頭市シリーズも例外ではなく、今回みてきた6本は、それぞれが面白くはあるが、作品としてはあまりギアが上がってこない感じだったりもする。ただ、5作目、6作目では勝新太郎がちょっといい男にみえるようになったのは、勝の座頭市の演技が開眼したという感じなのだろうか?
7作目以降はまたの機会に・・・。
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座頭市喧嘩旅
1963年 大映
監督:安田公義 主演:勝新太郎、藤村志保、藤原礼子、吉田義夫
シリーズ5作目。監督は、4人目となる安田公義。話は題名のとおり、喧嘩で雇われた市が、金持ちの娘を江戸に送ることになるが、その娘と喧嘩がからみあい、不幸を呼ぶという感じである。座頭市以外はみな悪い人といった構図はなかなかわかりやすいが、少しドラマとしては薄い感じがする。最後の喧嘩のシーンなど埃っぽく黒澤的なものを撮ろうとしているのはわかるのだが、大映テーストで安っぽいのだ。
勝はある組の喧嘩の助っ人に二の膳付きで雇われた。だが、その連れて行ってくれるはずの人間が殺される。そして、男達に絡まれる。そこにいた殺された男の仲間の藤原は勝に興味を持つ。勝はひとり旅に立つが、斬られた男に隠れていた女(藤村)のことを頼まれる。彼女は江戸の商人の娘で、男たちに手篭めにされようとしたところを逃げたのだ。勝は彼女を江戸に送ることにするが、宿で藤原にあう。藤原は藤村を江戸に届ければ金が入ると彼女に勝の悪口をいい駕篭をさがしに駕籠屋に行く。だが、そこの親分(吉田)が気づき、藤村を拉致し自分で金にしようと藤原を追い出すのだった。その駕篭屋に勝が乗り込み藤村は無事に戻る。そして勝は江戸に行く駕篭を探してやり彼女を一人送り出す。勝は雇われたヤクザのもとに向かうと、そこには吉田がきていた。喧嘩の助っ人である。そんな中、藤原が藤村の駕篭を襲い、彼女をつれて勝の喧嘩の相手のところにいきつく。そして、そこの親分は藤村で勝がおびきよせられるとそれを利用する方策をとるのだった。勝は喧嘩につきあうが、藤村の悲鳴が相手から聞こえ、藤村のために相手の刺客になることに。そして、勝の居合のもとに喧嘩は死体を増やすだけの酷いものに。そして、生き残った若いヤクザに藤村の旅をまかせ、勝はひとり旅に出るのだった。
最近は、なにか険しいおばあさん的な役が多く、なにか顔が研ナオコのようになってしまった藤村志保だが、ここでのお姫様姿はなかなかあでやかである。そして、勝と触れ合ううちに好きになっていくような芝居がなかなかうまくできている。
この藤村をめぐっての争奪戦で、結果的には狂言回し的になっている藤原礼子も印象的。藤原というと「悪名」の田宮二郎の女という印象が強いが、色気がある悪女というここでの姿もなかなかあでやかであり、最後は勝に負けた感じの演技も趣がある。
悪役の親分衆がいまひとつ役者が弱いが、駕篭かきの親分の吉田義夫はなかなかおもしろい。けして強くないのに威勢がよく、座頭市に翻弄される姿が可愛くさえある。
そして、やくざの子分で勝の身の回りをまかされる18歳の男との触れ合いがこの映画での良い話の部分である。勝との話の中で友情的な心が生まれ、最後に勝は刀を向ける彼に藤村を託すというのはなかなか泣ける話である。そう、座頭市は人の細かい心根も読めるのである。
安田監督の演出はアップの画面が多く、それほどスピーディーでもない。そういう意味では、座頭市映画の流れの中では凡庸な演出ではあるが、なかなか最後の喧嘩のシーンは頑張っている。勝自身の意見もあるのだろうが、エンターテインメントとして見ごたえはある。先に書いたように、少し安っぽくはあるが・・・。
5本目にして、ある意味シリーズは定型化しつつあるが、監督が変わることにより、それぞれに新しいものを生み出そうとしていたのかもしれない。座頭市というキャラクターはここではまだまだ未完成であると感じるのはそのせいかもしれない。
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