日本映画ブログー日本映画と時代の大切な記憶のために -29ページ目

日本映画ブログー日本映画と時代の大切な記憶のために

日本映画をひとりの男が見続けます。映画はタイムマシンです。そういう観点も含め多様な映画を解説していきます。範疇は作られた日本映画全てです。

女教師 汚れた放課後
1981年 にっかつ
監督:根岸吉太郎 主演:風祭ゆき、太田あや子、三谷昇、鹿沼えり

この映画が私が風祭ゆきを劇場で見た最初の映画のような記憶がある。そして、根岸監督のロマンポルノを見たのもこれが最初だと思う。そういう意味でも衝撃があった作品で有り、わたし的には二人の代表作であるという認識がある一作である。久しぶりに見たが、この映画の風祭ゆきは美しい。昨日の映画もそうだが、自分が縛られていたものから解放される話だ。80年代初頭、女たちは男たちからのさまざまな自立を実践し出す。そして、男女雇用均等法ができ、時代はバブルに向かう・・・。風祭ゆきの映画はそんな時代の映画である。

風祭は高校の教師。恋人と情事にふけっていると電話がかかる。勤めている高校の生徒(太田)が補導されたから引取りに来いという。いやいやいく風祭だったが、自分の教え子ではなかった。太田は風祭が秋田で教育実習をした時の生徒だったのだ。太田が男と適当にホテルに入りシンナーを吸ったりする行為を軽く受け流す風祭。そんな太田の行動より風祭の脳裏に浮かんだのは、秋田でそのとき暴行された過去だっだ。そして、太田は風祭がシンナーの臭いで暴行犯とした男の娘だったのだ。それもあり、太田と母親(藤ひろこ)は長女(鹿沼)をたよって東京に居た。そんな過去を恋人に話す風祭。案の定、恋人は逃げていく。数日後、暴行事件の犯人は別にいたことを知る風祭。東京の澱みに暮らす太田の父(三谷)を訪ね、金を渡し詫びようとするが、三谷は受け取ってもそれを太田にやってしまう。風祭は自分がしたことを悔い、街で男に拾われてなされるままにされたりする。太田が無意識に男とホテルに行く感覚がわかりだす。そんな気持ちの中で追われ怯える三谷に遭遇する。風祭は三谷と一緒に列車に乗る。ついたところは東北の温泉。風祭はそこに太田を呼ぶ。三人はそこにいいた旅芝居の一座と仲良くなる。彼らが明日いなくなるという日、目的もない三谷は首を釣ろうとする。風祭もつきあおうとするが、うまくいかず、ふたりは抱き合って泣く。太田は旅芝居の主人に抱かれる。風祭は東京に帰り教師を続ける。そこに太田から休学願いが届き、三谷と旅をしながら楽しくやっていることを告げてくる。

ラスト、クレジットが流れる中、学校の片隅で手紙を読んでいた風祭が歩き出し、落ちていたバケツを蹴る。そして「寒い!」という一言が入り、ストップモーション。この画はかなり印象的であった。みた当時はあまり意味追求はしなかったが、結果的には人生はいつも寒いということなのだろうか?ひとつのモヤモヤが解消したあとの「寒い」というひとことは、なかなか意味ありげである・・・。

話は過去の暴行事件を想起させられた女教師が、自分が冤罪をひきおこしたことを知り、罪の意識をもち、かつ、いまのただなんとなく男と抱き合う暮らしから解放されていくというものだ。

都会できれいごとで暮らす中に、過去の地方で書き捨てた事象が迷い込み、都会の中でのある意味偉そうなアイデンティティを壊し出す。そして、自分の生きる意味を求めるように太田と三谷の親子にかかわっていき、東北の地で、すべての過去を洗い流すという触感は今見てもなかなか秀逸だ。

そして、教師である風祭が暗い貧乏な生活の中で太田がのほほんと暮らすのをみて、教えられるという図式がなかなかよくできている。ここでの太田あや子はもっと暗いイメージがあったが、今見るとなかなか説得力がある。そう、思った以上にいい役者だったのだなあと思った。今は、どうしているのでしょうね・・・・。

風祭は冒頭からSEXシーンで、全裸でトイレで用を足すシーンや、温泉に入るようなシーンもあり、その裸体をおしげもなくさらしている。(ポルノだから当たり前だが、みるべき裸が多いということだ)そんな中、全裸でメガネをかけて恋人と話すシーンがある。恋人がその姿をセクシーだというのは、観客も同じ気持ちに感じるところで、そういう細かいセリフが生きている部分が多い作品だ。脚本は田中陽造であり、人の胸の奥底をえぐるようなセリフと描写はなかなかで、それを根岸監督はかなりちゃんとイメージを作って演出している。

風祭はこの映画でも暴行されたことがただひとつの人生の通過点でもあるように強く日常に回帰していく。あくまでも男目線の脚本ではあると思うが、この映画の作られた80年代初頭くらいから、レイプで泣き寝入りなどということは少なくなっていったのかもしれない。それは男が願った女性像だったのか?結果、男がSEXに興味がなくなっていったのか・・・?振り返るとこのころはひとつの転換期だったのかもしれない。そう考えると、ロマンポルノがあった時代は健全な時代だった気もするのだ・・・。

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妻たちの性体験 夫の眼の前で、今・・・
1980年 にっかつ
監督:小沼勝 主演:風祭ゆき、高原リカ、宇南山宏、錆堂連

7月の最後はロマンポルノで締める。題材は風祭ゆき。私が大学に入り、映画館に通っていた頃の日活のエースである。いまのAVにでている女の子の身体は作られたものが多く、あまりエロスを感じない私だが、風祭ゆきの貧相な身体には今もエロスを感じるのはなぜだろうか?顔からインテリジェンスが滲み出る人だから、トータル的なイメージのエロスなのだろが、久しぶりに見ても感じるものがある。そんな彼女の初期作品6作品を紐解いてみようと思います。

まずは、この映画。今も、彼女の代表作とされている一本。ロマンポルノの回顧上映などで見る機会も多い一本である。男と女の騙し合い、そして変態的な性的欲求を認め合うことでラストはわかりあう男女。今見てもなかなかよくできている映画である。

風祭と宇南山は夫婦。湘南の家で優雅に暮らしている。風祭は昼はヨットで使用人(佐藤秀美)に身体をみせつけ、彼がひとり自慰にふけるのを楽しんでいる。近くを通る学生たちも風祭とやることを想像していた。宇南山にはヌード倶楽部で知り合って金で囲った女(高原)がいた。高原のアヌスを使ったり、風祭ではできないことを楽しんでいた。だが、ある夜、楽しんでいた部屋に暴漢が入り、高原を殺し、たじろぐ宇南山に風祭を抱かせればすべて黙っていてやるというのだった。宇南山は従い、その夜、風祭は二人の男に自宅でレイプされる。宇南山は帰ってきて風祭を責める。次の日、風祭は男(錆堂)とあっていた。彼に宇南山と愛人を別れさせるようたのんだのだ。だが、彼の指の傷で、錆堂が彼女を襲った犯人と気づく。錆堂は認め、すべて宇南山が承知だったことをばらし、ヨットの中で再度風祭をだくのだった。それをみた佐藤はヨットを動かし、錆堂を海に突き落とす。そして、風祭をだこうとするが、風祭にあしらわれるのだった。風祭はすべてのからくりを知り、宇南山を自分の色気で誘い、愛人にしたようにしろと宇南山にいうのだった。宇南山はたまらずに風祭を抱く。そんなある日、死んだはずの高原を街で見かけ追いかける宇南山。その先には男に抱かれる高原がいた。宇南山もすべてのからくりを知る。そんな夜、自宅に学生たちが入り込み、風祭は縛られた宇南山の前で集団で犯されるのだった。宇南山は興奮し、風祭はそんな宇南山の本音を知るのだった。「犯される自分をみたかったのね」と。学生を仕掛けた佐藤もそんな夫婦の姿をみて逃げ出す。そして数日ふたりは海岸で楽しそうに新しい使用人を物色していた。

男女の性を題材にしたばかし合いといったところを、小水一男の脚本は皮肉っぽくスタイリッシュにうまくまとめてある。そして、この主役は風祭ゆきであることがかなり重要である。デビュー作「赤い通り雨」も含め、レイプされる役が多い彼女はこの映画にでたことで「レイプクイーン」という称号を受け、その後も犯される役が多くなる。そして、そんな演技がとても悲しげでよいのも事実なのだ。この映画の中で無理やり口にくわえさせられるシーンが二箇所あるが、ここの顔の演技はすさまじく官能的だ。最近の当たり前のようにそれをするAVでは絶対にこのエロスはだせないし、そんなものも求めていないのだろう。それは変態行為として扱われてはじめてエロティックだということである。

そう、エロティックかつアブノーマルなものを撮ろうと、小沼監督は考えているわけで、彼のロマンポルノの中でも1.2を争う代表作といっていいだろう。それも風祭ゆきがいてのことだと思う。

この風祭の貧相な裸体と宇南山の愛人役の高原の豊満な裸体の間にはっきりしたコントラストの差があり、そこを相互に抱く宇南山のすけべ心もよくわかる。まあ、女体に振り回される男のだらしなさがよくわかるような配役である。そして、SEXにからめて、マーガリンを使ったり、料理途中の卵がこげる絵などの生活臭がまた生臭さまでも想起させるのは演出のうまいところである。

そう、ロマンポルノはロマンティックの追求というよりもリアリズムの追求なのである。そのテーマが性であり、その時代性なのだ。80年代初頭の雰囲気はヌードクラブでながれるジューシーフルーツの「ジェニーはご機嫌斜め」くらいだが、まだまだ小便臭さが残る新宿ゴールデン街に時代を遡った感じもした。

風祭の裸体と演技がこういうそれまでとはまた違ったテーストのロマンポルノを創出させたわけである。時代は、容姿を重視しつつ過激になりロマンポルノは最後の輝きをみせる時代。そんな時代の鳥羽口の一篇である。そして、私のロマンポルノを評価する基準もこのあたりにあるのだとは思う・・。


サラリーマンNEO劇場版(笑)
20.11年 ショウゲート(製作:博報堂DYMP、NHKエンタープライズ、ポニーキャニオン、他)
監督:吉田照幸 主演:小池徹平、生瀬勝久、伊東四朗、沢村一樹、平泉成

NHKのコント番組の映画化。NHKが映画を作ること自体問題な気はするが、やりたいほうだいの「お上直属の公共放送」。上には右翼のかたがた、まあいいたいことはいろいろあるが、それは置いといて映画の話。

これを見終わって、クレイジーキャッツのサラリーマンもの的なものを想像した。そう、最近はサラリーマン映画というそういう物自体がなくなりつつある。そんな中でつくられた21世紀のサラリーマン映画だが、描かれているものは、60年代のそれとあまり変わらない。そう、サラリーマンなどというものが何も進化していない感じなのだ。だから、結果的には日本が前にすすめないのがわかるといえばわかるのだが・・・・。なにか、せちがないね。

小池は業界5位に甘んじるNEOビールの新入社員。同期の平泉はどうみても60歳にみえる22歳。課長は阪神ファンの生瀬だが、彼の開発した「冷麦」というビールだけがこの会社の売れ筋商品。営業に先輩の沢村とまわるが、あまりのなさけなさに転職をかんがえる。そんな中、新商品のアイデアを問われ、小池は「セクシービール」という案を出すと、生瀬が乗る。開発が始まり、小池はリーダーになる。久しぶりにやる気を出す社員たち。しかし、ライバルの大黒ビールが「セクシービール」発売のニュース。社長(伊東)は開発中止を命じる。小池が転職先に考えたベンチャーの社長(入江雅人)に話したのが漏れたのだ。入江は生瀬と同期で、「冷麦」のアイデアを生瀬にぱくられた経験があり、仕返しだった。生瀬はそれを知って社長に黙って開発継続をするが、小池は自分の責任だと言って加わらなかった。だが、小池は覗きに行ったその日に、南米に花を探しに行った沢村が帰国。その花の香りが決め手になり完成。社長に試飲させるも失敗するが、息子の部長(田中要次)が「やりたい」といいGOがかかる。だが名前が問題で、なやんだあげく「セクスィービール」に決定!お披露目会はよんだはずの郷ひろみが入江に酔わされてこれず、しかたなく沢村がセクスィー部長になって登場。無事発売されるのだった。

先にも書いたが、新商品の開発物語、他社のスパイ話など、題材は古臭い。でてくるすべてのギャグは昔どこかで見たようなものである。そのくらい、テレビで毎日流されるギャグはリフレインの連続である。それはそれでしかたないだろう。それを新しいテーストとしてどう売るかが問題である。

話はわかりやすいし、時間が長いとも思わせずに見せてしまうのはそれなりにおもしろいからだ。だが、新しいものがないから、大笑いはできない感じ。それが今のテレビサイズなのだろう。結果として、この話を60年代のクレージーキャッツで演じれば、めちゃくちゃおもしろくなるだろうことはわかる。そして、もっと破天荒に日本のビール業界を乗っとるであろう。そう考えると、やはりこの映画は小さい。

小池徹平の恋の相手?として篠田麻里子がでてくるが、こちらも最後まで小池には興味はあまりないようで、最後に結婚したが、尻にしかれるまでもっていかないのはものたりない。篠田も演技まで至っていないし、あまりに今の女の子像としては静かすぎる。女優陣では中田有紀が一番いい女だったりするのは、日本の今の女優の現状なのかもしれない。

わたし的に一番面白かったのは、平泉成が22歳の役をやっているところなのだが、これとて、なにか取ってつけたようなテレビサイズのギャグだし、まあ、映画版、それなりにまとまってるけど、スケールはテレビのママという感じだろうか・・・。

セクスィー部長の沢村で締めるわけだが、これも、少し映画で見せるには弱い感じだ。そんな、あれこれはあるが、今の映画としては面白いほうだから困ってしまう。だが、サラリーマンが話のネタにはならない時代なのだろうね。こんな感じに会社に逆らえば、必要ないといわれるのが今のサラリーマンなのだ。植木等のような奴は今の世の中生きるには苦しすぎるって感じがよくわかる映画でした。


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