日本映画ブログー日本映画と時代の大切な記憶のために -26ページ目

日本映画ブログー日本映画と時代の大切な記憶のために

日本映画をひとりの男が見続けます。映画はタイムマシンです。そういう観点も含め多様な映画を解説していきます。範疇は作られた日本映画全てです。

連合艦隊
1981年 東宝(製作:東宝映画)
監督:松林宗惠 主演:永島敏行、金田賢一、中井貴一、財津一郎

この映画が封切られる前年、東映が「二百三高地」をヒットさせたこともあり、東宝は8.15シリーズ復活としてこの映画を送り出した。当時、これらの戦記映画を作ることが右傾化につながるとニュースになったものである。それから33年たって、あたりまえに「戦争やるのが普通の国」というような政治家が出来てしまった。彼らは20代のときにこれらの映画をみて右傾化したのかもしれない。そうだったとしたら、この映画は反戦映画ではないのかもしれない・・・。

日本は三国同盟を結び、大陸進出の強化により、対米事情は一気に悪化する。そんな中、中井は海軍兵学校に合格する。その日、船大工の父(財津)にも赤紙が来る。時はすぎ、昭和十六年、真珠湾攻撃。その精鋭の中に永島はいた。彼には恋人(古手川祐子)と学生の弟(金田賢一)そして父(森繁久彌)を故郷に残し国のために戦おうと必死だった。ミッドウェー海戦、太平洋をわがものにしようとした日本は、アメリカに惨敗を期す。永島は故郷に帰ると古手川との結婚が待っていた。永島は彼女に触れずに戦場に戻る。レイテ海戦。最後に残った空母瑞鶴をおとりにして、レイテ上陸を試みた作戦だったが、うまくいったかにみえた先に、後方待機していた大和に無電が届かないという事故が起こり、結果、大和は突入をしない結果に・・。瑞鶴には永島と、学徒出陣で同じ立場になった金田がいた。永島は金田にライフジャケットと遺書をあずけた。金田はそのおかげで一命をとりとめる。そして、すべて玉砕の空気の中、沖縄に大和を特攻させる計画が進む。金田は兄の遺志で古手川と結ばれる。だが、その後すぐ大和に乗ることになるのだった。そんな金田に声をかける中井がいた。中井は金田に同じ大和に乗っている財津の話し相手になってくれというのだった。中井は特攻に志願していた。大和は発進する。その援護飛行に特攻に行く前の中井がいた。財津はそれをみつめ「早くいけ」というのだった。大和は九州を抜けたところで、米軍の攻撃にあう。必死の応戦もむなしく、沈む大和。その燃える上空を中井の特攻機がとぶ。父の死をみて、自分の死を考える中井だった。そして、終戦。海岸に森繁と古手川と遊ぶ金田の子がいた。

ラストに流れる谷村新司「群青」は私も好きな歌である。当時は、右翼の歌とかなり責められていた記憶があるが、メロディーラインや詩も含め、「昴」より数段好きな歌である。とはいえ、私は右翼ではない。あくまでも歌の話である。

それで、何度見ても、この映画の記憶はこの「群青」が流れる部分で燃える大和を中井が特攻機でみつめるシーンの記憶である。このシーンが群青の詩にうまくシンクロしているのが、なかなか美しい。

そして、何度見ても、涙を流させるのが、10代の特攻兵が整備士の長門裕之に挨拶に来て「自分たちは発艦は初めてです。そして、着艦はできません」と技術の未熟さを吐露するところだ。そして、彼らはもたつきながらも発艦。体当りできないままに、敵機に落とされる結末は、ある意味、この映画の反戦部分として最も印象深い。

全体的には、早足に太平洋戦争を追いかけたおかげで薄味の感じに仕上がったのが残念な作品だ。つまり、前半の小林桂樹演じる山本五十六と、大和の最期を描き、二度おいしい的にしたかったのかもしれないが、そうはいかなかったのが結果である。ちなみに小林桂樹は日本の俳優で唯一、山本五十六と東條英機(映画「軍閥」)をともに演じた俳優であると思われる。

特撮は、明確に過去作品のつかいまわしとおもわれるところが多く、そういうところも減点材料で、作り手が総力をつくした感がないのは残念なところである。

役者として印象的なのは財津一郎か・・。息子が特攻に行くのも納得いかず、国のためといい大和の中で必死にそれを守ろうとする姿はなかなか見る者を熱くさせる。

その特攻兵の中井貴一はこれがデビュー作。当時も今もあまり演技が変わっていない感じである。とはいえ、若い精悍な中井貴一はなかなかシャープで特攻兵が似合っている。

結果的にはそれなりのヒット作となり、翌年に「零戦燃ゆ」が公開されるのだが、ある意味、映画界も分かれ道に有り、この映画で幹部をやっている役者と若い役者が違う環境で育った役者であることが明確にわかる一本だ。そして、幹部役の役者のほとんどが今は鬼籍に入っているのもそれを物語っている気がする。

ちなみにこの映画の監督松林宗恵は、昨日書いた「戦艦大和」でも応援監督をやっている。そして、両方に出ている役者として、藤田進、中山昭二、丹波哲郎らがいる。

この映画を若かった今の首相や幹事長が見たかどうかは知らないが、当時の若いものには、これが戦争万歳に見えたのかもしれない?(私にはそうは見えなかったが・・。)ちなみにこの映画にも靖国という言葉はでてこない。

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戦艦大和
1953年 新東宝
監督:阿部豊 主演:藤田進、佐々木孝丸、舟橋元、高島忠夫、見明凡太郎

自分でも意外だが、戦艦大和に関する映画に関してまだ触れていなかった。今日から3本の大和映画をみていく。世界一の戦艦であり、不沈船といわれ日本海軍の誇りだった船である。だが、沖縄決戦に際し、行きの燃料だけ積んだ特攻作戦に使われ、結果的にアメリカに無残に海底に沈まされた戦艦である。その最期は戦時中は伏せられていただろうから、この戦後8年目の映画で知った人も多かったのかもしれない。ある意味、日本の誇りである船と栄光とその無残な死を真っ向から描いた一作だったのだろうと思う。

昭和二十年三月末、海軍は戦艦大和の使い方について論議していた。結果「天一号作戦」という大和を沖縄に特攻させ戦場の壁にする作戦が実行されることになる。大和の船員たちは現実の戦況を知り、疑問を投げるものもあったが、決定に従うしかなかった。そして、アメリカ生まれの兵隊を非難するものもあった、訓練にはいったばかりのものは搭乗を許されなかった。あくまでも必勝を誓い沖縄に特攻する作戦だったからだ。恋人の写真を持つもの、まだ女を知らないもの、さまざまな若い思いが交錯する中、大和は発進する。四月七日、大和は敵機に遭遇。応戦を行うが、その物量に浸水がはじまり、次々に兵隊は朽ちていく。無電も使えず、大和は海に沈む。艦長の佐々木は副艦長の藤田に生き残った船員と何が起こったかを報告するよう命令し、自分を縄でしばり大和と運命をともにするのだった。

クレジットタイトルに大和の副艦長の名前がある。映画で藤田が演じる人がこの映画の考証をしたようだ。そういう意味では、いかに実情を描くかというところに軸足があった映画なのだろう。大和の特攻攻撃決定から沈没までを大和の中の主観で描いた映画で、他のシーンは銃後の家族が少し出てくるくらいである。男臭い映画の中の色づけといったところだろう。

そして、洋上の特撮はかなりちゃちであるが、艦内の大和の巨大さをみせるべくセットはかなり時間をかけて作った感じはする。つくりきれなかったところは画であることはわかるのだが、監督の撮りたい画にあわせてなかなかきまっている。大和艦内をさまざまな角度で撮ることでその巨艦のありようがよくわかる。

そして、監督が重きを置いているのは、役者たちにさまざまにキャラを与え、それぞれが死に向かうべく思うところを緻密に描くところのようだ。舟橋元演じる少尉が他の隊員と接触することを軸にそれぞれの思いが語られる感じに流れるが、なかなかこの流れがうまく作用している。

誰ひとり、先に死があることを感じている。大和が他の船の何十隻分の能力を持つ戦艦などということはなんら意味を成さないことはわかっているのだが、たよるものはそこしかないという感じはよくできていると思う。

ひとり大阪弁を使う高島忠夫がその言葉に文句を言われると。「そんなことはしかたない」という。アメリカに生まれたって、大阪に生まれたって、そんなこと選べるわけはないという。そのとうりである。だから、愛国心などをあおり、戦争を肯定することはなんの意味もない。そんなプライドで死にむかうのは絶対におかしいのだ。

最後の30分は戦闘シーンである。大和が容赦なく攻撃されるシーンが続く。ここには、出演者がすべて戦争を知っているからこそできるリアリズムを感じさせる。死骸の転がり方、狂気にさらされる人間の限界みたいなものはよく出ていると思う。とはいえ、最期は死んで格好つけようとする人間の格好悪さ。戦争の意味のなさ、教訓はこの大和沈没の中に詰まっていると感じさせられる。

役者たちがそろっていることもあるが、戦争の虚しさの空気感はよく出ている映画だ。ただ、太平洋戦争自体をよく理解できていない若者にこれを見せると、なぜに大和が特攻して、撃沈させられるかということはよくわからないだろう。あくまでも、戦争を経験した人に向けての鎮魂歌というところだと思う。そして、この映画の中に故郷こそ思う兵隊はでてくるが、靖国という言葉が一言も出てこないのは、ある意味、作り手の思いなのかもしれない。

最後のナレーションで「戦争を経験したものこそ、戦争を欲しない」と結ばれる。

そのとおりである。「集団的自衛権」を決めた内閣の中枢は戦争をしらない。そんな輩が、「国の信頼のためにほかの国の戦争に参加してこい」などという。馬鹿げた話である。そして、その内閣は戦艦大和ほどの大きさも迫力もないわけである。つまり、自らの大きさも知らない阿呆なのだ・・・・。

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逃亡列車
1966年 日活
監督:江崎実生 主演:石原裕次郎、伊藤雄之助、十朱幸代、川津祐介

1966年の12月24日封切りの正月映画である。ということもあるが、かなりお金はかかっていて、ラストの銃撃戦は圧巻であり、鉄橋爆破のクライマックスも見ごたえがある。満州と北朝鮮の国境での終戦時の逃走劇なのだが、かなり出来はよい。裕次郎映画の中であまり語られることが少ないのはそのテーマ性もあるのだろうが、戦争の悲惨さを伝えるにはなかなか重厚な一本だ。もちろん、裕次郎のエンターテインメントとしても楽しめ、十朱とのやり取りの部分はムードアクション的な空気も有り楽しめる。

昭和20年8月満鮮国境の図們に裕次郎は部隊長として着任。ソ連が参戦した日だった。そして、抗日ゲリラがはびこる中、愚連隊のような残り部隊をまかされる。また、脱走した兵士(山内賢)の操作も指示される。物資もなく、村の住居にいくと、そこには商売上手な中国人(伊藤)がいて、山内は女医の十朱に匿われていた。だが、銃弾を受け苦しむ山内に内科の十朱はなにもできない状態だった。そんな中、日本が無条件降伏したとの連絡が入る。いつソ連兵がくるかもしれない状況の中、鉄道で逃げるしかないがまともな機関車がない。裕次郎は友人の川津に引上げの輸送船がでる日が19日と聴く。その日までになんとかしなくてはとかんがえる。そこに逃げ延びた女子学生が増える。ゲリラの攻撃もまし、山内の容態もよくない。十朱は薬をとりに村に戻るが帰ってこなくなる。石原と伊藤は彼女を救いに行く。ここで伊藤が日本人であることがバレる。十朱は救われる。裕次郎は、兵隊たちに武器を壊して残った動かない機関車を修理することを命令する。それにさからっていなくなるものもいた。十朱は山内の身体の銃弾をとる手術を実行する。機関車は修繕完了間近だった。そこにゲリラが一気に襲って来る。山内の弾は覗かれるが、看病を続けた女(伊藤るり子)は銃弾に散る。なんとか列車が動き出す。そこに飛び乗る際にも多くの犠牲者が出る。そして進む鉄橋にはダイナマイトがしかけてあった。裕次郎は全速力で走れと命令する。間一髪、列車は前に進む。そこで伊藤は降りると言う。裕次郎は彼が脱走兵だと気づく。そして、死んだ男の鑑札をわたし一緒に日本に帰ろうというが、伊藤は列車を飛び降りるのだった。列車は港をめざし走り続けた。

渡辺明という作家の原作ものである。終戦時の逃走映画は数多くあるが、その中でもわかりやすくエンターテインメントとしてもよくできている一作だ。裕次郎映画の中ではあまり語られることがないが、少しもったいない気もする。

なんといっても、裕次郎と一緒にゲリラと戦うことになる伊藤雄之助がいつもの怪優ぶりにたして格好いい。この人、アクションもかなりまともにできる人で、運動神経もよさそうである。こういう役者も今の日本には不足していることがよくわかる。

しかし、壊れた機関車を二三日で直す話にはかなり無理がある。だいたい、この愚連隊が技術者の集まりみたいな状態なのは奇跡に近いし、機関車の壊れた部分を次々に指摘し強度も考えながら直していくさまは、日本人的なのだが、今、日本人が戦場に出てもこんなこと絶対に無理だろう。

十朱も勇気を出してほとんどやったことのない外科手術をやるのだが、これも今の医者ではできないのではないか?そう考えるだけで、今の日本人が戦場に出てサバイバルな状態に耐えられるとは思えないし、そんなことをする時代に逆行しなくてもいいだろうと思う。戦争をするには個々の力をも強める必要があるが、戦争のためにそれをやるのは馬鹿げている気がする。つまり、今の政府はただのアナクロだということである。

ここでの十朱はとても美しく、石原とやりとりをするシーンは十分にその大役を果たす雰囲気を作っている。江崎監督もこの映画の次に撮ったのが「夜霧も今夜はありがとう」だから、一番、脂がのってきた時期の作品なのだろう。彼の映画の中でも代表作と言っていいと思う。

そして、昨日の「零戦黒雲一家」同様に脇を固めるキャラの強い兵隊たちがなかなか楽しい。ここでも、彼らは裕次郎に博打をやらせて、いかさまを見破られたり、結果的には裕次郎にはかなわないと一致団結していくのであるが、実際、この当時は裕次郎に対し反感を持つものはいなかったのだろう。だからこそ、こういうチームワークのよい映画が撮れていると思われる。

ラストの銃撃戦、そして列車を動かして迎撃し、最後に鉄橋が爆破される中を逃亡する画は、かなり緻密な特撮であり、当時の日活のそのあたりの技術の高さをみせている。円谷特撮と比較してもひけをとらないこの画は当時の日本映画陣がいかにエンターテインメントを撮ろうと技を駆使したかがよくわかるシーンだ。

とにかく、このあたりの終戦の状況も知らない若者が多い時代である。そして、ネトウヨや偉そうな戦争を知らないウヨクの大人たちが勝手に「自分が正しい」と歴史を塗り替えようとする時代。こういうエンターテインメントで若者に戦争の悲惨さを教えるのも一考だと思う。

この映画、出来がいい割には、見たことのない方が多いと思う。おすすめの一本である。というのに限って、DVDがでていない。これも、政府の圧力ではないですよね???

太平洋戦争は完全な負け戦だったわけである。その反省はしっかりとされるべきである。それもなしに、戦争に参加するとか、武器を輸出して儲けるとか、お門違いもいいところである。愛国心を強要しながら、国の品格を貶める今の内閣に私は完全にノーといいたいわけだ。恥ずかしいもいいところだとおもうのですがね・・・。

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