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日本映画ブログー日本映画と時代の大切な記憶のために

日本映画をひとりの男が見続けます。映画はタイムマシンです。そういう観点も含め多様な映画を解説していきます。範疇は作られた日本映画全てです。

大魔神逆襲
1966年 大映
監督:森一生 主演:二宮秀樹、山下洵一郎、北林谷栄、安部徹

大魔神シリーズ、第3作で最終作。一年で三本作られたわけで、それだけ人気だったのだろうが、話のパターンがあまり作れないのと、やはり製作に金がかかったということで打ち止めになったのだとは思う。三作目はいままでの美女の涙に魔神が動くパターンから、子供の純真な心に動くパターンに変わっている。子供たちが魔神のいる山を越えて父親たちを助けに行く話で、「スタンド・バイ・ミー」的な話になっている。肝心のクライマックスの魔神の大暴れは雪の中という設定で、なかなか迫力はあり、画的にも印象的だ。

とある山の木こりたちが魔神の山の向こうで無理な労働をさせられていた。城主(安部)が武器を作るためだったが、その労働に耐えられずに男(仲村隆)が村に帰ってくるが、そこで命が尽きる。皆は、連れて行かれた男たちを案じる。助けに行くにも、危険な魔神の山を超えなければいけない。大人たちが躊躇する中、子供の二宮がほかの子供三人を連れて父親を助けに行くと旅立つ。魔神が祀ってある前では老婆(北林)に止められるが4人は進む。そして、途中、仲村を探していた侍に合うが、彼らの飯を奪ったり、子供たちは機転を利かせる。そんな中、働かされていた男たちは仲村が帰ってこないことを案じ、山下が自分が行くと飛び出すも、捕まり、硫黄の池に落とされ殺される。皆は、仕事が終わっても殺されると思うのだった。子供たちは途中、侍たちに殺されそうになるが、それを救ったのは鷹であった。そして、雪が降り出し、子供たちはひとり流され死ぬ。ほかの二人も寝てしまいそうになる中、二宮は神に祈るが、崖から落ちる。その時、魔神が目覚めるのだった。魔神はまずは二宮を助け、男たちが働く村に向かう。男たちは、仕事が終わり、雪の中、安部に道案内をしろと脅かされていて、殺されるものもいた。そんな時に魔神が現れる。安部は追い詰められ魔人の剣がかれを刺す。助かった男たちは魔神に跪き、子供たちも魔神にお礼をする。魔神は鷹になって山に帰るのだった。

三作目、少し、形を変えようとしたことはよくわかる。そして、子供たちの怪獣ブームにあわせて、子供が魔神に助けられる話にしたのだろう。そう考えると、子供向け映画としたら贅沢な感じにも見える。しかし、その話全体と魔神の特撮がシンクロしているかというと、そうでもない。なにか、2本の映画を繋いだような感じは違和感も感じさせる。

そして、北林谷栄などの使い方は贅沢だが、主役級の役者が山下洵一郎くらいで、それも途中で死んでしまうという感じなので映画があまり濃厚ではないのだ。とはいえ、悪役は安部徹だから、魔神に殺されるには十分だったりもする。

そして、この安倍が山下たちに武器を作らせているらしいのだが、その実態がよく見えないのも観客としてはフラストレーションになる。硫黄の池があるということは、火薬を作っているということなのだろうが、彼らの仕事はよくみえない。そして、それほど仕事がつらそうに見えないのは、仕事ができない人が、ブラック企業だといってわめいている感じなのだ。

そう考えると、この話、魔神様が怒るだけの意味のある話なのか?と考えたりもして、私の怒りの興奮が魔神にシンクロしていかないのは、エンターテインメントとして中途半端な作りが原因なのだろう。怪獣映画もそうだが、そのバトルに対し、自分も入っていける、プロレス的なショーアップが必要なのは確かで、このあたりは出来不出来がめだちやすいところでもある。

子供たちの演技はなかなかうまいし、一番大きな子供がもっとも臆病だったりして、子供映画としてはなかなか細かく作られているが、その子供たちをただ殺そうとする侍たちはちょっと描き方としては単純すぎるだろう。その、侍たちをいたぶるのは鷹である。鷹に魔神の心が移るという設定であり、それは、シリーズの中では新しい。

見せ場は、ここでもラストの魔神の大暴れ。今回は雪降る中の魔神の怒りということで、これは3作中でも最も絵になっている。なにか、雪が降り、風が吹くことで魔神の強さが倍増という感じである。そして、今回は最後に腰につけた刀を初めて抜く。いままでは、ただぶっこわす事が魔神の怖さだったが、武器を使うことにより、魔神がひとつランクアップした感じにはなっていて、そのでっかい刀に刺される安部徹は、彼としてももっとも無残な殺され方のひとつではないかと思われる。

三作が作られた大魔神だが、結局のところ、マンネリと金がかかるのでここで打ち止めになったのだろう。まあ、これ以上この時期に作ったとしても、子供向けになっていき、怪獣と戦う羽目になっただろうから、見切り時としては正解だった気もする。

そして、最近もこのキャラクターの復活の話はよくある。そして、私自身もやっていただきたい企画でもある。今回見直して、現代劇にしてもいいのではないかと思った。魔神が官邸前のデモなどで蘇り、腐りきった国会や官邸をつぶし、嘘つきで自分のことしか考えていない、首相をわしづかみにして退治する映画、見てみたいですよね。そう、これをかきながら、あのバカが大きな刀を突き刺され血まみれになる姿を妄想する危ない私なのであります。
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大魔神怒る
1966年 大映
監督:三隅研次 主演:本郷功次郎,藤村志保,神田隆,上野山功一,丸井太郎

「大魔神シリーズ」第二弾。このシリーズ、それぞれに全く別個の話である。ここでは、湖のほとりに魔神様が祀られている。日本という国は、さまざまに同じような神が違う場所に祀ってあるところであり、そう考えれば、魔神伝説もいろいろあるという設定ということだろう。話の流れは一作目と同じだが、一作目では大魔神を壊すことはできない設定だったが、こちらは早い時期に壊されてしまう。つまり、魔神は形ではなく、心ということなのだろう。

湖のほとりの千草という一族は湖の向こうの名越という一族とともに静かに豊かな暮らしをしていた。千草を山で挟んだ御子柴からは、千草の生活を求め難民が多くあり、そこの領主(神田)はよく思わなかった。そして千草の祭りの日に攻め入って千草の地域を自分のものにしようと考える。そして、決行するが、千草城主(本郷)を捉え損ねるのだった。そして、名越に逃げたと見て、追うがそこにもいないので、名越の主(内田朝雄)を殺し、その息子(上野山)を捉えるのだった。その上、内田が祟られるといった神像を壊していくのだった。その場にいた内田の娘(藤村)は落石にも関わらず傷ひとつなく、神のおかげだと信じる。そこに本郷が流れ着く。本郷は神田を捉え上野山を助けるために千草に戻るが失敗する。そして、神田は上野山の処刑を早めるが、そこに風が吹き、異変が始まる。神田は藤村も捉え、すべてを処刑にして自分の敵を一掃しようと動く。藤村は十字架に縛られ、火炙りにされるが、そこで流した涙と祈りが魔神を目覚めさせる。天が曇り、風が吹き、魔神が現れる。そして、城の中を神田を追って暴れだすのだった。爆薬を積んで火を放つもびくともしない魔神は神田を湖に追いやり、神田は燃えた船の上で命が尽きる。魔神は藤村の祈る姿をみて、湖に帰るのだった。

この作品も、見せ場は最後の魔神が暴れるところだけといっていい。そこに金をつぎこんでいるので、他は平板な時代劇である。ただ、一作目に比べ、本郷、藤村という役者は絵になるし、悪役の神田隆もなかなかワルを演じるにはぴったりなわけで、そういう部分では少し高品質だ。

山の村と湖のある村では、湖のある村の方が豊かで、そこに難民が集まるというのは、日本でも昔はそういうことがあったということを示している。そう考えれば、世界の難民問題は他人事ではないし、それを受け入れることも大事ということがよくわかる。そう、この映画なかなか社会的な映画なのだ。

そして、その土地に魔神像があり、そこへの祈りが悪を断つというのは、宗教戦争的なものを描いているとも言える。神田は全く、そんなものを信じずに魔神像を壊してしまうのだから、中東によくある事例と同じだったりもするわけである。現在、中国や朝鮮にヘイトスピーチする日本人たちもいい加減にしないと、魔神様につぶされるよ。本当に、・・・。

今回も藤村が火炙りになり、祈りと涙が魔神を蘇らせる。一作目では空を飛んできた魔神だが、ここでは歩いてくる。私は空を飛んでくる方が良いと思うのだが、そのアニメを作る金を惜しんだのだろうか?ちょっと残念である。最後は、魔神は暴走もせずに、神田を殺すと湖に帰り、壊れてなくなる。ちょっと、心ある魔神はつまらない気もした。そう、神の暴走は天罰でもあるのだから、一作目のように、歯止めがきかない感じの作りの方が私はいいと思う。

魔神をだすために、その前の話は無理に作られている感じがあるシリーズだが、まあ、怖い魔神様が暴れるだけで、ストレス解消にはなるかんじなので良しとする映画なのだろう。あくまでも、子供向けにはなっていないところは好感が持てる、第二作目でありました。

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大魔神
1966年 大映
監督:安田公義 主演:高田美和、藤巻潤、青山良彦、五味龍太郎

久しぶりに特撮。日本の特撮史の中で時代劇特撮というものが何本かあるが、その中でも傑作と言っていいのがこの「大魔神」三部作だろう。この第一作は「大怪獣決闘 ガメラ対バルゴン」と二本立てで興行されている。そして、子供向けかといえばそうでもない、封切りが4月17日であり、春休みでもGWでもない時に封切られているからだ。内容はシンプルで、子供の観客も意識はしているのだろうが、あくまでも、大人の観客も意識しての特撮企画だったのだろう。とはいえ、この時期、テレビの「ウルトラQ」の放送で怪獣ブームになっていた頃である。まあ、この魔神のキャラクターはかなり異質であり、子供たちにも強烈に印象を残して今に至るのだ。それは、その渦中にいた私だからよくわかる。

戦国時代、丹波の山里の城下に魔神伝説が有り、その魔神が動き出したような地鳴りがおこる。村人は魔神封じの踊りをはじめる。それを手助けしてやれという城主(島田竜三)がいた。その慌ただしい中に家老(五味)の謀反が入り、島田は殺される。謀反側は島田の子供たちを探すが、ふたりの幼子は藤巻により、つれだされ助けられた。向かうは魔神のいる近く、魔神封じの巫女(月宮於登女)のもとだった。そして、そこで大きくなるふたり(高田美和と青山良彦)。城は五味が乗っ取り、村人は城の守りを強める工事の人夫としてこきつかわれていた。そんな中、なんとか城をとりもどそうとする藤巻だったが、ある日、五味の家来に見つかり囚われる。そして、拷問を受け子供たちの行方を聞かれるが折れない藤巻。その藤巻を追っていった青山も囚われてしまう。しかたなく、月宮が五味のところに直談判に行き、魔神の呪いがあると説くが、斬り殺されるのだった。五味は魔神を壊してしまえと配下に命令。彼らは途中、高田にあい、魔神の場所に案内させ、魔神を壊そうとするが、額に楔を打ったところで風が吹き、飛ばされてしまう。助かった高田は泣いて、魔神に頼むのだった。その時、魔神が動き出す。城では、藤巻と青山の処刑が始まろうとしていた。そこに魔神が飛んできて、城を壊しはじめる。そして、五味をつかまえ額の楔を彼に突き刺すのだった。魔神の暴走はそこで止まらず、すべてを壊そうとしたところ、高田が頼み込む。それを聴き、飛んで山に戻る魔神であった。

時代劇としたら、とくにおもしろいものではない。魔神伝説の昔話の映画化というところだろう。だから、役者もいたって小粒で金を特撮にかけたことはよくわかる。それだけに、話はわかりやすい。そして、その話のシンプルな部分を突っ込んでもしかたない映画である。

あくまでも、ラスト15分の大魔神の大暴れが見所であり、そこの部分はかなり、しっかり作りこんである。今なら、CGで作るところを当時は頭をひねってリアルに描こうとしたわけでその職人芸は、今の映画界では不可能なレベルである。魔神の顔が怖くなるところも、エフェクトがかなり自然になっていて、今、CGで作ってもこんなものだろうと思われるくらい出来は良い。

そして、この魔神を動かす装置が高田美和というのもわかりやすい。魔神が動く前に高田が涙を流して頼み込み、滝に身投げをしようとするシーンがあるが、ここの高田は実に美しい。ここの魔人始動があるから、最後の魔神を止める高田も生きてきているのだ。そういう意味で、高田美和がこの映画を盛り上げている感じである。

やはり、東映の時代劇に比べ、悪役が弱いし、彼らの醜いところも少しやわい感じがある。敵が天津敏などだったら、魔神に殺されるシーンはもっと高揚したのだろうと思われる。

魔神は設定では4.5mということで、それほど大きいものではない。人一人が足で踏み潰されるくらいの大きさである。だからこそ、怖さもあり、特撮的にもリアルな感じになっているような気もする。とにかくも、今に伝わる「大魔神」である。未見の方は、見ることで損はしない。まあ、いまなら、国会を魔神様が潰すような映画を私は撮りたいけどね。殺されそうな首相が魔神に命乞いをするシーンを妄想する私でありました。

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