日本映画ブログー日本映画と時代の大切な記憶のために -14ページ目

日本映画ブログー日本映画と時代の大切な記憶のために

日本映画をひとりの男が見続けます。映画はタイムマシンです。そういう観点も含め多様な映画を解説していきます。範疇は作られた日本映画全てです。

続々大番 怒濤篇
1957年 東宝
監督:千葉泰樹 主演:加東大介、淡島千景、仲代達矢、原節子

シリーズ第三作目。戦時下に入り、故郷で出直し、大阪との間でのヤミ商売で過ごすギューちゃんを描く。ということで、株の話は最後の20分くらいであるが、この株屋に戻った瞬間の加東の顔の変わり身は「役者」を強く思わせる。3作やって、加東に主人公が乗り移った感も感じた。けして、主人公の行動が好きにはならないが、大阪編として目色を変えたところはなかなかおもしろい三作目である。

無一文になり故郷に帰り、百姓で出直そうとする加東だったが、大阪で同郷の三木のり平にあい、神経衰弱で休みに来たと嘘をつく。そして宇和島に着くとそこに原の夫婦も里帰りをしていた。加東が原に声をかけられるのをみて村の者はみな、取次を迫る始末。とても百姓にもどるなど言えなかった。そんな中、三木がいりこも統制で売れずに軍手も買えないというようなことを聴く加東は、原の父(柳永二郎)に船を借りることを頼み、大阪とのヤミ商売を考える。うまいこといくが、三木が大阪に行くことで家庭不和になるといい、加東が代わりに大阪に行くことに。商売も大きくなっていくが、警察にあげられそうにもなったりする。そんな中、大阪で昔の女(青山京子)にあい、ひとばんをすごして帰ると淡島が来ていた。様子を見に来たのと、仲代の出征を大阪で見送るためだった。その淡島は加東が闇屋に成り下がったことを嘆く。そして、すぐ大阪の仲間が警察に挙げられ、商売の見切り時と思ったとき、太平洋戦争が勃発。ここぞと加東は大阪で株を売り始めるが、うまくいかず、淡島が金を作り大阪についたときには故郷に戻る船に乗っているのだった。

時は、戦争の声がだんだん大きくなる頃である。小学校の校庭では「紀元二千六百年」の式典をやっていたりする。宇和島では、まだまだ、戦争は食べ物の統制だけという感じである。だからこそ、加東がそこに目をつけるのは必然であり、株以外に実際に商売して儲けるというのはここが初めてなわけだが、商売上手というのはなんでもできるようで、商品が一瞬で札束に見える感覚はよく描けている。

結局、この主人公は金が好きなわけで、そこから先には発展しない。使い方がわからないのだ。そして、そういうある意味の品のなさが大阪の商人気質とうまくシンクロしている三作目である。とはいえ、最後には、商売相手の山茶花究を「あほ」となじって商売辞めるのだから、加東も立派な東京の商売人になったということなのだろう。

そんな加東を心配する淡島もあいもかわらず。だが、大阪にでてきた彼女に加東がいちゃいちゃするシーンはこのシリーズの中では初めてであり、(というか、加東が女を抱こうとするシーンはいままで描かれていなかった)彼女との親密さを描いたということなのだろうか?青山とは、どうもそういう感じには見えない演出である。

このシリーズ、全体的に千葉監督らしい、特におもしろみのない演出に終始しているのだが、ここでもあまり大阪という装置をうまく使っていない感じではある。ここまで6時間、みてきてもどうもダラダラした感じで、テレビドラマ的な作品なのだ。

そんな中で、作品を締めているのが原節子だ。二作目より、しっかりと落ち着いた奥様という雰囲気に成長している。これを見ると彼女の女優の資質はかなり高いことがわかる。つまり、周囲が成長のない芝居を続ける中で、ひとりしっかりと役を演じているという感じだ。

この三作目、株式の場での話ではないので、ギューちゃん奮闘記の番外編という形ではあるが、完結編に向け、興味を持たす感じには作られている。そういう部分は、当時の映画屋の作りこみのうまさであろう。

続大番・風雲篇
1957年 東宝
監督:千葉泰樹 主演:加東大介、淡島千景、仲代達矢、河津清三郎、原節子

大河ドラマの2作目。とはいえ、前作同様軽い流れで、一文無しから成功して、また一文無しになるまでを描く。時は戦争で騒がしくなる頃、結果的には、そんな時代に翻弄される株屋の話である。ある意味、私が株などというものに興味がないのは、株の浮き沈みなど時代に流された結果でしかないというところからだろう。ここでの主人公も、勘だけで財産をなすわけで、私から見てあまり凄い男には見えない。その上、女にだらしなかったりするし、ヒーローと呼ぶには足りないものが多いのだ。そういう意味で、今ではリメイクされなくなったヒーローなのだろう。

一文無しになり、故郷に帰った加東。田舎では以前と違って、皆が彼に挨拶するようになっていた。彼の金で新築された実家が田舎で輝いていた。その残りの金があり、気持ちが少し大きくなる加東。寄付をだし、皆を連れて芸者を上げる。見栄を張る性格は治らず。かっけと嘘をつき半年居座るが、女(青山京子)を作りお盛ん。淡島と仲代が工面した金が送られてきて、東京に戻る。その際に原の父親から届け物を頼まれ喜んで帰京。また、サイトリからやり直し。だが、狙いの金の株があたり、また勢いを取り戻す。そして、仲代を相棒に自分の店を開店。その開店の日に東野英治郎がやってきて、この店はつぶれると不穏なことを言うのだった。淡島も自分の店を持ち、ふたりは意気揚々。しかし、二二六事件もあり、景気は悪く、加藤の店もうまくいかず、仲代に経営をまかせ、河津に相談に行く。そこで、二人で鐘紡株を一気に買いまくる賭けに出る。一進一退も、国の中国進出で大きく儲ける。だが、そこで、また女(中田康子)を作り、淡島とはまた喧嘩。そんな中、日華事変が起こり、経済統制で株は暴落。また無一文になり、債権者からの取立てがひどくなる中、淡島の元に戻る。だが、そこに河津が自殺したという訃報が入る。葬儀で、東野が、こんなことは珍しいことではないと加東にいうが、加東のショックは大きく、株をやめようと思うのだった。

株屋の浮き沈みの激しさを描いた第二作。まあ、この二作目までで先も見えるというもの。原作も、「所詮、株屋など」というような感じの話に終始したいような感じだ。そして、加東の品格のなさも全然治らないし、結婚しないで、女遊びする中で、原を観音様と思い続ける厚かましさが、見ている方も逆撫でする感じである。

その観音様の原節子は、今回は特別出演の肩書きがとれ、出番も2度あるし、セリフもある。だが、加東にあまり興味はないようで、そこのところは観客の肝にはまってくる。だが、加東の妄想で、本当に観音様のコスプレした原が出てくるのだが、これはないという感じだ・・・。

全体的に加東の行き過ぎた暴走が、気持ちよくはない。だから、なぜに、紳士の河津が彼と仲が良いのかも少し不思議な感じではある。株屋にしかわからない友情なのだろうが、話の流れで最後に河津が自殺するまでの心理的なドラマがきっちり描けていないので、おもしろみもないのだ。

そんな中で、観客が興味を持つのは、チャップリンさん役の東野だろう。この話の中で、彼が株屋の高揚する部分も惨めな部分も最も知り尽くしている感じであり、観客的目線に近い感じである。いっそ、この爺さんからみたギューちゃんというものを描いたほうが面白かったのではないだろうかとさえ思われる。

加東が淡島をはじめとした女たちをいい加減に扱う分、女たちもあまり綺麗には見えないのも、この映画の難である。まあ、彼が無一文になることで次のステージに入るという設定はおもしろくもあるのだが、彼に成長がないので、女たちも、うかばれないのだろう。

金の力はけして、人間を成長させないということなのだろうけれどもね・・・。とにかく、厳しい時局の中、話は第三部に入っていくわけである。しかし、ここで加東大介の役がまだ30歳前なのは、やはり、ちょっと違和感である!
大番
1957年 東宝
監督:千葉泰樹 主演:加東大介、淡島千景、仲代達矢、河津清三郎、原節子

獅子文六原作の株屋話を4部作として映画化した第一作。この一作目はラストに青春篇とあるが、映画タイトルは「大番」である。戦前の昭和になったばかりの東京の株屋模様の周辺が主人公をとうして、面白く描かれている。その界隈の話が苦手な人でも、男の立身出世話としておもしろい。

加東は宇和島の百姓のせがれだが、金を儲けると東京に知り合いの蕎麦屋をたずねて出てくる。たまたま、そのオヤジ(田中春男)が株屋の小僧の世話をしてくれ、加東は世話になる。そこで、田舎者の彼は笑われるが、気にしない彼はすぐになれ、丑之助という名からギューちゃんと呼ばれるようになる。仲代という友達ができ、田舎での夜這いの話や付け文を大量にして、あこがれの彼女(原節子)にもした話など、あきれた武勇伝をして面白がられる。そんな、彼も場立ちになり、意外に使えるといわれるようになる。そして、証券会社の社長の河津には、学がなくても株屋はやっていけると励まされるのだった。加東のおかげで儲かった有島一郎は、彼を食事に招待し、そこで淡島千景と出会う。そんな彼も二十歳になり、徴兵検査。だが、丙種合格で兵隊にはいかずに済むが、故郷から帰ると会社は潰れていた。河津に相談に行き、個人で売買の仲買をするサイトリという仕事をはじめ、これがうまく回りだす。金が儲かり出し、淡島の家に世話になるが、結婚する気はなかった。そして、昔の相場師でチャップリンさんとよばれる男(東野英治郎)からヒントを貰い、満鉄株で20万円を儲ける。淡島にダイヤを買ってやるが、彼は金儲けでもっと大きくなりたかった。そんな中、兵隊から帰ってきた仲代と再開、彼と歌舞伎を見に行った際に故郷の憧れの君(原)に再開する。とはいえ、向こうは彼をわからなかったが・・。昭和7年、五一五事件があり、株が暴落。そんな中で注意されながらも紡績の株を買い続け、金を失う加東だった。淡島が出したダイヤも使わずに、故郷に帰り、出直しだと言って列車に乗る加東だった。

主人公、ギューちゃんのモデルは佐藤和三郎という人物で彼は「ブーちゃん」といわれていたという。個性的な人物で、獅子文六が小説にしあげたのが原作だ。そして、この映画でも、まずはこの主人公がどのくらい常識を超えている人物かを表現するために、東京に出てくる時のシーンと田舎での彼のキャラクターをうまくカットバックしながらまとめている。これで、映画にはうまくひきこまれる。

しかし、最初に出てくる加東は18歳と名乗るのだ。実際の彼はこの時、46歳。まあ、老けていると言われる役だが、すごい無理がある。とはいえ、この主人公の豪快さを考えるとまあ、いいのかとは思うが、この歳で、童貞喪失とかを演じる人は、今もなかなかいないだろう。その相手が駄菓子屋の後家さんの清川たまえということは、この時代の熟女AVみたいな話なのだが・・・・。

詳しい株取引の話は説明ないのだが、その活気、その仕事の適正みたいなものを、加東の芝居で見せていくさまはなかなかうまい。そして、その周囲の世情も交えながら、昭和初期の空気感はよく出ていると思う。ただ、近代史をあまり知らない人が見たら、いろいろ説明は必要だろうが・・。

満鉄株で儲ける話も、歴史を知らない人にはわかりにくいだろう。そして、株が暴落して一文無しになるところも説明が少ない。意外に監督もこの世界をよくわかっていなかったのかもしれない。その場立ちの風景も、株屋はこういう雰囲気だという感じにただはめ込んだようにも見えるからだ。そういう意味では、巨匠の映画ではないのだ。

いいかえれば千葉監督らしく、後のテレビドラマにつながるような演出である。わかりやすいが、コクはなく、映画的にもそれほど凝ってはいない。ただ、加東をはじめとして、芸達者がそろっているので、安心してみていられるのは今のテレビドラマとは大違いである。最後の方でワンシーンだけでてくる原節子は、本当に美しく、見事だったりもする。そして、そのわかかりし頃を演じる女優さんがまた綺麗なのだ。誰だろう、わたしにはわからなかった。そして、この当時の淡島千景も、最近私は好きになってきた。歳をとるとわかる色気かもしれない。

1957年頃の東京はまだ、ロケしても昭和初期に見えるところも多かったのだろう。冒頭にでてくる、上に高速道路がない日本橋や、兜町、今ではCGで作るような風景が生で出てくる。東宝映画なのに、歌舞伎座のシーンがでてくるが、さすがにセットのようである。

加東大介という人を語るとき、彼の代表作として必ずでてくるシリーズだ。4部作を綴っていくことにする。

北上次郎選「昭和エンターテインメント叢書」(2)大番 上 (小学館文庫)/獅子 文六
¥812
Amazon.co.jp
北上次郎選「昭和エンターテインメント叢書」(2)大番 下 (小学館文庫)/獅子 文六
¥812
Amazon.co.jp