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日本映画ブログー日本映画と時代の大切な記憶のために

日本映画をひとりの男が見続けます。映画はタイムマシンです。そういう観点も含め多様な映画を解説していきます。範疇は作られた日本映画全てです。

狼と豚と人間
1964年 東映
監督:深作欣二 主演:高倉健、三國連太郎、北大路欣也、江原真二郎、中原早苗

高倉健の深作欣二作品はこれが二作目。多くないタッグ作品の中でも傑作といっていいだろう。オリジナル脚本ながら、深作監督のスピーディーな画面は、後の「仁義なき戦い」につながるものがある。半世紀前にこのような映画を撮っていた監督が、当時の東映カラーにあっていなかったことは明白である。今年は東京オリンピックから50年目と騒いでいたが、この映画も同じ年に作られた映画。日本の高度成長の陰でこういう貧民窟もあったということも歴史に残し語り継ぐべきであろう。その臭気漂う舞台は、なかなか有機的で、高倉や北大路らがここを抜け出したいという思いはよくわかる。最後に、何も解決せずに命だけが失われていくむなしさは当時の日本の裏の顔といっていいのかもしれない。

三國、高倉、北大路の三兄弟は貧民窟のドヤ街に育つ。まずは三國がここを出ていきヤクザとしてのしあがった、続いて高倉もチンピラで羽ぶりをよくするが警察に捕まる。そんな高倉が産まれた土地に帰ってくるところから始まる。そこでは、母親の葬儀が行われ、北大路が遺体を運び出すところだった。高倉は何故、知らせなかったというが、土地を捨てた兄たちには聴く耳をもたない北大路だった。三國のところに遺骨を持って行ってもおなじような感じで、北大路はつるんでいた友人たちと母の遺骨を海に投げる。三國は高倉が出所してきたことを知り、めざわりだからどこかに高跳びしろと金を渡す。だが、高倉は仲間(江原)と三國の組の麻薬取引を襲い、香港に逃げる計画をたてていた。そして、北大路たちのグループを成功報酬5万円でやとい、彼らに騒ぎをおこさせ、その隙にブツを奪う計画を実行。見事に奪うが、運び屋に使った北大路が二千万の現金と同額の麻薬を観て、隠してしまう。高倉と江原は北大路とその仲間たちをリンチし、糾弾するが口を割らせられなかった。その頃、三國は犯人が高倉たちだと気づく。結果的には三國が組から責められることになる。高倉たちは疲れ果て、江原がまずは裏切り、北大路を殺そうとするが、高倉が守る。だが、三國がきて、高倉たちのアジトはやくざに囲まれてしまう。結果、銃弾が飛び交い、高倉たちはすべて朽ちる。外で呆然とする三國は金のありかもわからぬままに故郷を後にするが、そこの住民から石が飛んでくるのだった。

結果的には、貧民窟生まれはまともに成就できない的なむなしい映画である。それだけに、当時の庶民たちには感じる物も強かったのではないか。高度成長期になっても、むくわれない人はまだまだ多かった時代である。そして、こういうドヤ街は東京のあちこちに60年代後半まで残っていた。

高倉健は30代前半。まさに油がのってきたころである。彼のこの前の出演作が「日本侠客伝」であることからもわかる。まさに、主役として日本人の心をとらえる健さん登場の頃の傑作の一本がこの映画である。トッポいチンピラを見事に演じている。彼が亡くなってもこの作品や石井輝男作品などのことなどを語る人が少ないのは本当に残念な日本の映画マスコミである。

高倉が情婦の中原早苗と偽のパスポートと旅券をみて、未来を話すシーンがある。ここは、石原裕次郎の「赤い波止場」に似ている。たぶん、同様に「望郷」のパクリ的なものとみてもいいと思う。二つの映画の情婦役が同じ中原というのもいわくありげである。しかし、中原、裕次郎と高倉健の両方の情婦役をもらったのは彼女だけではないか?女優冥利に尽きると言ってもいい気がする。

そして、北大路とつるむ岡崎二朗や石橋蓮司たちのグループが歌を歌ったりするシーンはあきらかに「ウエストサイド物語」に影響されている。ちょっと、アメリカンチックな愚連隊にしたかったということだろうが、映画のために特に効力を発揮はしていない。石橋がなかなかかわいい若者として出てくるのは必見。

この映画の一番の見せ場は、渋谷の駅構内での、現金を奪うシーンである。奪われるヤクザは室田日出男に八名信夫(二人とも若い!)。北大路たちが暴れる中、とりまくエキストラがリアルである。ここでは、カメラがかなり動く。「仁義なき戦い」のカメラの動かし方は、もうこの時点でできていたのである。そして、カット割のセンスのよさはバツグンであり、今も映像の教科書として使える感じだ。当時の渋谷は埃っぽく、今の人が観たらびっくりするが、貴重な映像であり、どうやって撮ったのか?と想像するだけでワクワクするシーンである。

後半のリンチの連続から、すべて死んで終わりという流れはちょっと物足りなくはあるが、問題の金がどこにあるのかなどということは放っておいて、兄弟の確執的なものがテーマとして浮き彫りになっていく感じは、映画としてはシンプルで、わかりやすい。余計なものを排除した、なかなかシャープな映画なのである。

深作監督の高倉健作品は調べると三作品しかない。健さんが任侠映画の方にシフトしていったことで組むタイミングが亡くなったということだとは思うが、少しもったいない気がした。深作監督なら、健さんのまた違った一面が引き出せた気もするからだ。

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千姫と秀頼
1962年 東映
監督:マキノ雅弘 主演:美空ひばり、高倉健、中村錦之介、東野英治郎

高倉健、初期の作品で忘れてならないのは美空ひばり共演作。その中の時代劇の一本。あくまでも、この映画は美空ひばりの主演映画であるが、10分程しかでない健さんが、クレジットで二番目というのは、やはりコンビ性が強かったこともあるのと、健さんがこの頃にはスターとして認知されていたということなのかもしれない。そして、ここでの健さんの役は美空演じる千姫に傍若無人なふるまいをする侍。夏八木勲や原田芳雄が演じるとぴたりとくるような役。健さんも路線が少し違えば、全く別の役者になった可能性もあるのかと思ったりもした。  

千姫(美空)は大阪夏の陣で夫、豊臣秀頼(中村)の敗北で燃える城の中にいた。祖父の徳川家康(東野)が姫を助けろと叫ぶ中、平幹二朗が姫を助け出す。家康は姫を平の嫁にするといったが、側近の男に本多平八郎(菅貫太郎)と一緒にすることを進言される。その流れになり、平は荒れる。そして、姫の輿入れの日に行列に襲いかかり銃に打たれ死ぬ。姫は中村と平の位牌を持って本多の家に入り、本多を相手にしなかった。今度は本多が酒に溺れ死んでいく。徳川自体を恨む姫は町人も含め狂気の振る舞いをして憎まれ、恐れられるようになった。そこに浪人(高倉)が現れ、姫に言いたいことを言って怒らせる。だが、近づくと高倉は豊臣の身内のものだったのだ。高倉は自ら姫の刀で死んでいく。そのことがあり、姫は尼寺に行くことを決めるのだった。  

敵の将軍の身内になったばかりに、親族を憎むことになった姫の悲劇である。正直、これだけみても、美空ひばりという人は天才だったということがよくわかる。表現者として一流のものを持っていたのだろう。彼女の顔がそれほど好きでない私が見ても、彼女は千姫としてここにいるのだ。

そんな彼女を、錦之介、平、高倉が脇を固めて光らせてあげているような映画である。このような存在感で芝居ができる人も今は皆無である。美空ひばりについては、全盛期のこういうフィルムをみると、その時代に戻って、映画館でファンがどう彼女を感じていたのかを確かめに行きたくなる昨今である。  

1時間半の時代劇のサイドストーリーというところだが、よく時代背景を知らない私でも理解ができるのは、マキノ演出の卒のない流れにもよるのだろう。そして、締めに高倉が出てきて、彼女の人生に決着をつけるというのも、なかなかうまい見せ方である。  

高倉は、のちに無口な役が多いが、昨日の映画もそうだが、ここでも多くのセリフを喋る。任侠映画で、セリフが少なくなり、彼のイメージが確立したのだろう。ここに見られるような口数が多いのが本来の高倉健だったほうが自然な気がする。  

 しかし、不思議なもので、美空と高倉は共演が多かったせいか、結果的には、美空が接点のあまりない日活の小林旭と結婚し、高倉は、日活出演が結構ある江利チエミと結婚することになる。二組とも長く続かなかったが、健さんは、二人の墓参りをかかさなかったと聴き、墓場に持って行った、多くのエピソードがあるのだろうなと、この映画を見ながら考えていた私である。もし、ひばりさんが高倉健に惚れて結婚していたら、日本の芸能史は変わっていたかもしれませんよね。

作品の質としては小品ですが、高倉健、美空ひばりの共演シーンはなかなか見応えある作品です。
  
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天下の快男児 万年太郎
1960年 東映
監督:小林恒夫 主演:高倉健、山東昭子、今井俊二、大村文武

高倉健のフィルモグラフィーを見ていると、初期の数年は主演作はあっても、作品的にはあまり恵まれなかったことがわかる。時代劇全盛の東映で、現代劇の役割だったということも大きいのだろう。結果的には「人生劇場 飛車角」を起点に任侠映画が高倉をスターにのし上げたわけである。今日は、初期のサラリーマン映画の一本を書く。源氏鶏太原作の当時各社で作られたよくある映画である。喧嘩っぱやく、正義漢で問題を起こしては日本全国を飛ばされて歩く男が高倉である。ヒロインが山東昭子というのも不思議な配役だが、最後に東映映画には珍しいザ・ピーナッツがでてきたりもする、ある意味珍品である。

ヴィナス化粧品では、福岡から、万年太郎(高倉)という問題児がくると大騒ぎ。その上、この男、女にも手が早いという噂で女子社員は身構えた。高倉の学校の後輩の今井が同僚の山東を誘い、高倉を駅に迎えに行くことに。山東は厭な課長(大村)の誘いを断ってついていく。高倉をみて、噂とは違う青年で惚れてしまう。そして、今井のいきつけの居酒屋にいくが、そこに大村たちもきていて、高倉をからかう。高倉は大村をなぐり大騒動に。次の日、会社ではその評判が大きくなっていたが、山東は高倉の味方だった。高倉は参事室という、仕事のない課にまわされる。山東は自分の家を高倉に下宿として紹介するが、会社に芸者(楠トシエ)がきたり、居酒屋の娘(佐久間良子)がからんだり、山東は嫉妬に悩む。そんな中、宣伝部が無理だという人気モデル(久保菜穂子)をキャラクターとして契約する無謀な挑戦をして高倉は成功する。そんな気分で社員旅行。そこでは、女性社員も次々に高倉に興味を持ちだす。そんな中、大村はひとりの女性社員を手なずけ、高倉に恥をかかせようと考えていた。久保がでるスポンサー番組をライバル会社をたきつけ、愚連隊を使ってめちゃくちゃにしようとしたのだ。だが、大村がたきつけた女子社員が高倉にすべてのカラクリをしゃべり、高倉はスタジオに。番組は喧嘩の中で続き、結果的には高倉は北海道にまた転勤になる。山東の姿が見送りのホームにはないと思ったら、彼女は列車の中に一緒に行く準備をしていた。

当時の源氏鶏太原作のサラリーマンものとして、標準的な話である。万年太郎という喧嘩っぱやい異分子も彼の小説によくでてくるキャラクターである。小林監督で助監督は深作欣二。そういうこともあるせいか、最後の殴り合いのモブシーンなどはなかなか痛快である。殴り合う中で、ザ・ピーナッツがウェスタンルックで歌を歌い続け、なんとか番組をもたすというのは、ハリウッドのドタバタ劇に似ていて楽しかった。

とはいえ、高倉健のキャラクターはいまひとつ似会っていない気もする。そして、相手役がまだ後に政治家になるなど予想もできない若い山東昭子である。なにか、映画として違和感が感じられるのは私だけではないだろう。当時はどう感じられていたのだろうか?ただ、○○太郎という映画がこのあと3本作られるからそれなりに需要はあったのだろう。高倉健が、トッポイ都会人というイメージだったのかもしれない。

ここで、高倉が配属される参事室は、いわゆる追い出すための部署である。そこに集まるのが、花澤徳衛、加藤嘉、伊藤雄之助の三人。これは、かなり豪華である。社長の小川虎之助以外、あまり重厚な役者がいない分、この部屋での芝居がなかなか見どころにもなっている。

社員旅行では、女子社員の入浴シーンがあたりまえのようにある。もちろん、肩が見えてつかっているだけだが、なかなかそれが色っぽいのは当時の映画である。女優さん自体に色気があったのも有るでしょうが…。

企業のCMモデル役は久保菜穂子。ちょうど、新東宝からの転身の頃である。当たり前にスタイルがいいが、新東宝の映画でみるより小さい感じにみえるのは、芝居が小さくなっているせいか?彼女のショーの司会はトニー谷。顔出し程度だが、存在感は凄い。

とにかくも、高倉健がこういう映画に出ていたという事実を知らない方は多いだろう。こういう作品も追悼で映画館にかけてほしいのだが、絶対に無理でしょうな、現状では・・。

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