こんばんは、runtaです。

携帯から、二年前に撮った写真が出てきました。




あ、オセロみたい。





ひとよひとよにひとみごろ-しろとくろ。




カラスとカモメ。




モノクロ。




シロクロ。




バランスいいね。笑

こんばんは、runtaです。
小学生の頃、学校にはマラソン大会がありました。


体育館の前の廊下には、
各学年の新記録保持者とその年の1位の名前が、記録とともに掲示されていました。

ある意味これは誇りであり、一種の権威ですらありました。


学年1位の名前は、一年間掲示されて終わりますが、
新記録保持者は、その記録を破られない限り、永遠にその廊下に名を刻むことになります。これは権威というか、畏怖のようなものすら漂うものでした。


そして、その廊下に、10年もの間、名を刻み続けた男がいました。




10歳年上の僕の兄でした。




小学5年・6年の新記録を持つ兄は、僕を待ち受けていたかのように、
10年間、記録を破られずに、廊下に名前を刻み続けていたのでした。




その記録を破るのは僕だね。と単純に思っていました。




そして、僕が5年生になる直前。




なぜかマラソン大会の距離が変更され、
兄の記録は無効となり、消えてしまったのでした。。


結構。。いや、かなりショックでした。
10歳離れた兄と、戦うことができるなんて、そうないことでしたから。
※子どもながらに、ライバル意識があったんですね。


その後、改定された距離で5年生・6年生の新記録を僕が作ったのは、
言うまでもありません。。
※お、こう書くとかなりカッコイイ。笑


僕の新記録もその後5年間くらいは破られることはありませんでした。。
がしかし、その後、マラソン大会自体が廃止となり、

僕の記録も消えてしまったのでした。。

兄の記録も、僕の記録も、破られることなく姿を消すなんて。。


歴史は繰り返すのですね。。そう、時代は回る。




さて、前置きが長くなりましたが、もうすぐバレンタインデーですね。笑


去年も、バレンタインデーの思い出を書きましたが、
今年もひとつ思い出したので、ちょっと書きます。

※今甲府にいて時間があるので、好きなように思い出話を書かせて頂いております。笑




中学3年生の頃の思い出です。当時はまだ携帯電話がない時代でした。
確かバレンタインデーは日曜日で、学校がお休みでした。。


北海道なので、窓の外は雪景色です。

居間で家族となんとなーくテレビを見ていたお昼間。。
ふいに電話が鳴り、母親が出ました。そして、母親は言いました。


「女の子から、電話よ(ニヤリ)」


『女の子から』が妙に強調されていたような気がするのは気のせいか。。

今思うと僕は全然悪くないのに、

なんだか居心地が悪くてコソコソ電話に出たのを覚えています。。


電話に出ると、相手は名乗りもせずにいきなりこう言いって電話を切りました。


「玄関の外に出て(ガチャ)」


ツーツー。


あっけにとられる僕。。
そして、遠目でニヤニヤ見ている(気がする)母親。。居心地悪すぎ。。


仕方なく、僕は言われた通りそわそわしながら、家の玄関を開けてみたのでした。。

しかし、目の前は氷点下の銀世界。何もありませんでした。


と、そこに。。


気づくと、玄関の外の取っ手に、

布で作られたサッカーボールがぶら下がっていました。。びっくり。


そのサッカーボールを持って、雪景色の中、少しばかり外をうろうろしましたが、

そこには誰もおらず。。

仕方なく、自分の部屋に入ってサッカーボールを見つめていました。

どうやら手作りの様子。。


よくよく見ると、サッカーボールには、手紙が付いていて、こう書かれていました。




「好きとかじゃないから」




。。じゃ、なんやねん!笑


うーん。中学校の淡い思い出でした。。

※思春期ってよくわからないですね。笑




ちなみに、僕は中学高校時代、サッカー部の部長でした。
※選抜とかに入るくらい、地元では有名だったんです。




そして。




今思うと、僕の10歳年上の兄も中学高校時代、サッカー部の部長でした。




そして。




女の子に手作りの布のサッカーボールをもらっていました。。笑

※何も知らずにそれを蹴って遊んで

 「こら、それ女の子にもらったんだぞ!」と兄に言われたのを覚えています。笑




うーん。時代って回るんですね。。笑

こんばんは、runtaです。
今日から出張で甲府に来ています。


今いるホテルからも間近に富士山が見えます。

東京からここへ来るまで、電車で約一時間半の旅でした。


そんな中で考えていたことをここに記します。




新宿発、甲府行きの特急に乗って、ちょっと一眠り。。
目が覚めると電車は山奥で、渓谷に沿って走っていました。


景色はまさに絶景の山河。


トンネルをいくつもくぐって、橋をいくつも渡って、
空を飛ぶように、遠くの平野を見下ろして走る電車。。


渓流に沿ったり、渓流を渡ったり。

電車は山の中を颯爽と走っていきました。


甲府でも金沢でも京都でも、どこへ行く時でもそうですが、
山の中を走る電車にいると、いつも思うことがありました。




今走っているこの線路を切り開いた人たちって、




ある意味人知を超越してるよなぁ。。って。




何んんんもない大きな山々を一歩一歩切り開いて、線路を通す。
何んんんもない大きな山々にトンネルを掘って、線路を通す。
何んんんもない大きな山々に橋を架けて、線路を通す。




線路を通す。線路を通す。線路を通す。。




ただただ、山に立ち向かい、切り開いて、線路を通す。




そうやって、今、眠っている間に行きたい場所へ運ばれる僕。




僕にとっては、たった一時間半の乗車時間だけど。。

これを通すために、どれだけの年月がかかったことか。。想像を絶する。




目的地まで線路を通そうと決断して、最初の一歩を踏み出す時、
途方もないことだと、絶望したりしなかったのかなぁ。。とか。思うわけです。




いや、絶望するだろ、ふつう。。




先人というのは、本当に偉大だと思うわけです。




その絶望感に勝っちゃったんだもんなぁ。現に線路通ってるし。笑




「本当に深刻なことは、陽気に伝えるべきなんだよ」
―『重力ピエロ』伊坂幸太郎より。




うーん。まさに陽気さだね。

これからの道のりの長さを思うと出てくる絶望感と、

ずっと付き合ってたら気がめいる。笑




リアルな人生も、陽気に歌うように、やっていかないとやってらんないよね。




さぁこれから一週間、甲府で歌うように働くよ~!わいわい♪