こんばんは、runtaです。
前職を離れ、新たなステージに飛び出して、もうすぐ半年が経とうとしています。


今日は夕方まで銀座で仕事をして、

そのあとビジネスパートナーの相棒と、僕の彼女で、
新しいお店兼オフィスを構えるために物件を探しに、

中央線沿いを数時間歩いていました。


最後は、行き着いた南阿佐ヶ谷のファミレスで、
終電ギリギリまで今後の方向性について語っていました。


今は、わずかだけど新しい仕事で稼いだ資金もある。時間もある。ビジョンもある。
甘っちょろいけど理念もある。


数年前は夢物語だった話も、今では現実味を帯びた夢として語れることに、
ちょっとだけ幸せを感じています。。ちょっとだけね。


人生は最初から狂っていて、吹っ飛ばされたり、流されたり、立ち止まったり、
いろいろありますが、最後の最後は、自分の心が左右する。。




「もともと、あの人がいなかったら、あたしは今こうしてはいられなかったんだしね。
そうすると、あたし、あの人にけっこう良いことをしてもらったのかもしれませんよ。
楽しい人生、もらいましたよ」


もらったんじゃなくて、つかんだんですよと、わたしは心のなかで言った。


―『人質カノン』「十年計画」宮部みゆきより。




つかむ。



そうか、人生ってつかむものだったのか。



これから先、つかみにいこうと思います。



何があっても。



感謝とともに。

こんばんは、runtaです。

今、仕事で大学生の子たちとたくさん関わっています。


ふと思うと、僕が大学生だったのは10年も前になってしまうのか。。

と、愕然としてしまいました。笑


そこで、10年前って僕は何を考えていたのかなぁなんて思ってしまったので、

大学時代使っていたパソコンを開いてみました。


すると出るわ出るわ変なデータ。。


そこに面白いなぁと思える記述がたくさんあったので、

今回ここにちょっと載せてみようと思います。


僕の専攻は社会科学というもので、社会全般にあるものが興味の対象でした。

※おおざっぱ。笑


ちなみに、僕は大学受験の時から、小論文を読むのが大好きでした。

そこで学んだことは、


ひとつのことを考えるとき、何かと比較して考えることが一番の近道。


ということでした。

※このブログの記事で「○○と○○」というタイトルが多いのもそのせいです。


下記は、友情を理解するために、

恋愛を比較対象として明確化してみたもののようです。

※例外もあると思うので、そこは流してくださいね。

※普通に転記すると味気ないので、ちょっと要約やツッコミを自分で入れています。笑



ちなみに、この考えの元ネタは、

フランチェスコ・アルベローニさんという人の『友情論』という本です。
では、どうぞ。



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恋愛と友情を比較します。

切り口はその愛情の始まり方「開始」から、

「感情」「抑制」「範囲」「独占」「重量」「状況」「実像」と多岐にわたります。



【開始】
恋愛関係:一方的開始
友情関係:相互的開始

※恋愛と違って、友情は「友情の告白」から始まることはあまりないです。

 


【感情】
恋愛関係:情熱・苦悩
友情関係:冷静・楽天

※恋愛と違って、友情は「まぁいっか」で済まされる問題が多いです(・∀・)笑



【抑制】
恋愛関係:恋愛感情の抑制困難
友情関係:友情感情の抑制容易

※恋愛と違って、友情は相手を想って眠れないことはありません。

 あったらちょっとキモいですね。笑



【範囲】
恋愛関係:多方面の恋愛関係不可
友情関係:多方面の友情関係可能

※恋愛と違って、友情は自由です。

 多方面の恋愛関係がOKな猛者も時々いますけど。笑



【独占】
恋愛関係:相手に対して独占的である
友情関係:相手に対して独占的ではない

※恋愛と違って、友情には嫉妬はほとんど存在しません。

 小中学生の女の子には結構あるみたいだけど。笑



【重量】
恋愛関係:愛情を測ろうと思う
友情関係:友情を測ろうと思わない

※恋愛と違って、友情には自分が満たされようという欲求があまりありません。



【状況】
恋愛関係:会わない時、相手の事をいつも考える
友情関係:会わない時、相手の事をあまり考えない

※恋愛と違って、友情には「昨日何してた?」などの質問はありません。

※10年ぶりにあったとしても、

 昨日別れたばかりのような状態から話が始まる友人がいると思います。



【実像】
恋愛関係:相手への問いが付きまとう
友情関係:互いに等身大の姿

※恋愛と違って、友情は虚勢を張る必要がありません。



以上のことから、

愛情のカテゴリの中でも、友情ってとても自由なものであり、

逆に、恋愛ってすごい大変なもの。。ということがわかります。笑


友情って、愛情(家族愛・恋愛など)の中でも、

もっともフラットな愛情なのかもしれません。


最後に、さらに「家族愛」「恋愛」「友情」の表裏を比較して、

さらに友情のフラットさを明確にしてみました。



【家族関係】

表:親は子の自由を望む。

裏:子の意思の操作あり。(責任・惜しさから)

※家族関係は、上下関係のようなもの。


【恋愛関係】

表:相手の自由を望む。

裏:相手の意思の操作あり。(愛の確証の願望から)

※恋愛関係は、統合関係のようなもの。


【友情関係】

表:相手の自由を望む。

裏:相手の意思の操作なし。(俺は俺、お前はお前)

※友情関係は、平等関係のようなもの。



そして、もう一例。

それぞれの愛情には、万人に注げるものと、注げないものがあるようです。



【家族関係】

子への無償の愛情(非日常的モラル)≠普遍的原則

※万人に注げない愛


【恋愛関係】

相手への情熱   (非日常的モラル)≠普遍的原則

※万人に注げない愛


【友情関係】

相手への平等   (日常的モラル) =普遍的原則

※万人に注げる愛



以上のことから、友情は、万人に注げる、

平等な、誰にでもできる愛情ということがわかります。



そう考えると。。

どの愛情も特徴があっていいものですが、友情っていいですね。



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わー。変なこと考えてるなぁ大学時代の僕。。


でもこういて客観的に理解していると、

冷静に、感情に流されずに愛を愛として、

注ぐことができるんじゃないかなぁと思ったのでした。


そして僕はこれからもお酒を通して、

たくさんの友情を作っていきたいと思いますv(・∀・)v←お酒を飲む口実


ちゃんちゃん。

こんばんは、runtaです。

この世に「正しい人生」なんてないのに、あるような気がするのは何故だろう。


こんなはずじゃなかったとか、

子どものころ思い描いていた大人と全然違うとか、


多くの人がそう思うのは、

正しい人生から外れてしまったから思うことなのか。


でも、今、僕が正しいと思う人生を歩むことを想像すると、

生きている実感から遠ざかっていくような気がするのは何故だろう。


コースアウト。


てか、そもそも正しいってなんだろう。

もう、もと来た人生を戻れやしないのに。


人生は狂ってしまったのか。

狂ってしまったとしたらどこで狂ったのか。


これでいいのか。よくないのか。

間違っているのか。間違っていないのか。


正しいとはなんなのか。うーん。。


以下、ある小説の父と娘(空)の会話です。




「ぼくにとって、人生を狂わせた人は、今までで四人いる。誰だか当ててごらん」
「うーん、まず空でしょ? そして、お母様、後の二人は解んない」


「ぼくの両親」


私は、埼玉で酒屋を営んでいる父方の祖父母の顔を思い出した。

質素な生活を好ましい様子で楽しんでいる人たちだ。

とても、父の人生を狂わせたようには思えない。
「おじいちゃんたちが、おとうに何をしたって言うの?」


「ぼくを作った」


私は思わず吹き出した。すると、笑いが止まらなくなった。

体の内側がいっきに明るくなったように感じた。

「それすごく良い考えだね。じゃあさ、じゃあさ、お母様もおとうも、私の人生を狂わせたんだね」


「と、いうか、あらかじめ狂った人生を空にプレゼントした。感謝するように」


―『姫君』「シャンプー」山田詠美より。




おー。人生って初めから狂ってるのか。笑




じゃあやりたいようにやったほうが得だなぁ。なんて。笑




正しいとか関係ないね。くすくす。