こんばんは、runtaです。




「でもさ」と僕は顔をしかめた。


「自分の投げた矢が絶対、的に当たっているものだと思っていてさ、

それがてんで外れた地面に突き刺さっていたら、さびしいじゃないか」


「そういう時はだ」彼は足取りが軽い。


「落ちた場所に、自分で的を書けばいいんだよ」


―『オーデュボンの祈り』伊坂幸太郎より。




おー。。いい言葉のようで、すごいヘリクツだ。笑

※でも素敵。


そんなわけで、ヘリクツについてなんとなく思ったことをちょっとだけ。




平穏な時のヘリクツを許せるかどうか。

ヘリクツを面白いとかかわいらしいと思えるかどうか。



そこに相手との距離感の判断ラインがあったりする。ような。




ヘリクツを、許せたり、面白いと思ったり、かわいらしいと思ったら、
その人はもう愛情ラインの内にある。


ヘリクツを、かわいらしくもなく、面白くもなく、許せなかったら、
その人は愛情ラインの外の人ってことになる。かも。




たとえば、夜に彼女と電話をしたとき、僕がくだらないことを言うと、
たいてい彼女からこんな言葉をもらいます。




「runta、何杯飲んだ?」




う。。大体図星で、飲んでます。
※毎日だったりする。




「。。一杯」




「ほんとに?」




そんなときに僕はこう答える。






「一杯を、いっぱい。。」






これを笑ってもらえなくなったとき、
僕は彼女の愛情ラインから外れたってことになるわけですよ。笑

こんばんは、runtaです。


余裕があるから空を見るのか、空を見るから余裕ができるのか。。


2年前にも同じような話をここに書いたことがありますが、


ふと空を見るといろんなものが落っこちてます。





ひとよひとよにひとみごろ-さかなのほね。

さかなの骨とか。





ひとよひとよにひとみごろ-イルカ。

イルカとか。




とりあえず、空になにか探すと、いろんなものが落っこちてます。




僕は海系のものをよく見つけます。笑




余裕があるから空を見るのか、空を見るから余裕ができるのか。。




僕は後者もありだと思うよ。

こんばんは、runtaです。
2年くらい前にとりあえずアカウントだけ取っていたfacebook。
久々に見たら、地元の友達からたくさんの友達申請が来ていました。


小学、中学、高校学時代の同級生達からでした。


もう何年も会っていない友達がほとんどで、
びっくりしながらも懐かしいなぁと思いながら申請を受けてました。


昔は口うるさいだけの学級委員長気質だった女の子や、
高校生になってから不良っぽくなっちゃって疎遠になったヤツなど、

いろんな友達がいました。


当時は僕も友達もみんな子どもで、いきがったりなんなりで、
悪いことしたなぁと思うこともあれば、悪いことされたなぁと思うこともあります。笑


でも今、結局みんなそれぞれの道を歩んで、ちゃんと大人になってました。
※大人というのは、なんというか、相手を思いやるような、分別があるって意味で。


しっかり家庭を築いてる奴もいれば、
懐かしい友達同士で今も飲みに行ってる奴もいました。
国際結婚してる奴も4人いました。。これにはびっくり。




「今の世の中、大切な人もおらん人間が多すぎったい。大切な人がおらん人間は、何でもできると思い込む。自分には失うもんがなかっち、それで自分が強うなった気になっとる。失うものもなければ、欲しいものもない。だけんやろ、自分を余裕のある人間っち思い込んで、失ったり、欲しがったり一喜一憂する人間を、馬鹿にした目で眺めとる。そうじゃなかとよ。本当はそれじゃ駄目とよ」
―『悪人』吉田修一より。




なんやかんやでみんなちゃんとした大人になっているのは、




大切な人がいるってことなのかな。

もしくは、
大切な人がいることに気づいたということなのかな。




大切な人って道を踏み外さないガードレールでもあるんだなぁ。。なんて。