最近、『はじめてのプロンプトエンジニアリング』という本を読んでいる。
AIにどう指示を出すか。背景をどう伝えるか。良いプロンプトとは何か。
そんなことを考えていて、ふと疑問が浮かんだ。
そもそも、AIと話すのに「プロンプト」は必要なのだろうか。
今は、
人の意思
↓
ことばにする
↓
プロンプト
↓
AI
という流れになっている。
でも、人間がやりたいのは「上手なプロンプトを書くこと」ではない。
自分の意図をAIに伝えることだ。
ならば究極的には、
人の意思 → AI
でいいのではないか。
ここで、以前考えていた「kotobamiman(ことば未満)」という発想を思い出した。
人の頭の中には、
「なんとなく違う」
「こっちではない」
「こうしたいけど、うまく説明できない」
という、まだ言葉になっていないものがある。
私はこれを「ことば未満」と考えていた。
以前は、AIに伝えるには結局ことばにする必要があると思い、この発想を捨てかけていた。
でも逆かもしれない。
現在は、
ことば未満 → ことば → AI
だけれど、いつか、
ことば未満 → AI
が可能になるかもしれない。
考えてみれば、今のAIとの対話でも似たことをしている。
とりあえず話す。
答えが返ってくる。
「いや、そこじゃない」
「そういう意味ではない」
と修正する。
つまり大切なのは、一発で完璧なプロンプトを書くことではなく、
人間の意図とAIの理解を少しずつ合わせること。
私はこれを「同期」と考えている。
さらに将来、BCI(脳とコンピューターをつなぐ技術)が進めば、ことばを経由しないAIとの接続も考えられるかもしれない。
ところが、ここで別の疑問が出てきた。
ことばは、本当に邪魔なのだろうか。
私たちは頭に浮かんだことを全部相手に伝えているわけではない。
考えて、選んで、ことばにしてから伝える。
つまり「ことばにする」という過程には、
自分の中の何を相手に渡すのかを選ぶ
という役割もある。
そう考えると、目指すべきは単純な、
人の意思 → AI
ではなく、
人の意思 →[本人が伝えると決める境界]→ AI
なのかもしれない。
ことばを使わなければAIに伝えられない。
私はこれを不便だと思っていた。
でも、そのひと手間は、人間を守る防波堤でもあるのかもしれない。
プロンプトについて考えていたはずが、ずいぶん遠くまで来てしまった。
それでも自分の中では一本につながっている。
人間の意図とAIの理解を、どうやって同期するのか。
捨てかけていた「ことば未満」が、AIと出会って、もう一度戻ってきた。
