最近、
AIとの会話で少し面白いことがあった。
Xに貼られていた、
Stanford系の英語AI講義。
内容を理解したかった。
でも最初にAIへ送った文章は、
こういう感じだった。
「英語がわからない」
「ダウンロードできない」
「Chromeでは開けない」
あとから見ると、
かなり“制約”が強い。
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その結果、
ChatGPTは、
「今の環境でどう見るか」
を中心に考え始めた。
Android字幕とか、
ライブキャプションとか、
スクショ翻訳とか。
つまり、
“今ある条件の中での解決”
を優先していた。
これはこれで自然だった。
でも、
Claudeは少し違った。
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Claudeは、
目的側を優先して解釈したらしい。
だから、
「YouTube版を探しましょう」
と言ってきた。
環境そのものを変えた。
これ、
かなり面白かった。
同じ文章なのに、
探索方向が違う。
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ここで少し怖いと思ったのは、
人間側って、
最初から整理できていないことが多い。
今回も本当は、
「英語LLM講義を日本語で理解したい」
これが目的だった。
でも入力として強く出ていたのは、
「Chromeで開けない」
「ダウンロード不可」
みたいな制約だった。
するとAIによっては、
問題そのものが、
「再生環境トラブル」
として固定される。
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これ、
単なる性能差ではない気がした。
どちらかというと、
“利用者の曖昧さを、
どこまで吸収するか”
の差に近い。
今のAIって、
人間側が整理するほど性能が上がる。
でも逆に言うと、
AIを使うために、
人がAI向けに話を整理している感じもある。
ここ、
少し不思議だった。
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たぶん人間同士なら、
「英語わからない」
だけでも、
ある程度空気で補完する。
「翻訳したいのかな」
「字幕ほしいのかな」
「理解したいのかな」
みたいに。
でもAIは、
まだそこが不安定で、
制約を強く読むAIもあれば、
目的を推測しにいくAIもいる。
だから最近、
AIとの会話って、
質問力というより、
“探索方向の調整”
や、
“どの問題として扱わせるか”
に近い気がしている。
どこへ向かわせるか。
何を優先させるか。
そこが少しズレるだけで、
会話全体が変わってしまう。
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理想はたぶん、
人間が整理して話すことじゃなくて、
AI側が曖昧さを吸収してくれることなんだと思う。
曖昧さを吸収してくれるAIは便利。
でもその補完が外れると、
今度は“自然にズレる”。
その境界が、
まだ少し揺れている。
