最近のAIの話を見ていると、
性能の話なのに、
どこか“教育”の話に近い感じがある。
どのモデルが賢いとか、
どの会社が強いとか、
表面はそういう競争に見える。
でも中では、
AIの性格や方向性に、
かなり影響している。
RLHFとかRLVRとか、
英文字だけ見ると難しそうだけど、
やっていることは意外と単純で、
人が「これは良い回答」と判断するのか、
それとも、
AI自身が「これは正解」と確認できるのか、
その違いだったりする。
数学やコードはわかりやすい。
答えが合っているか、
コンパイルが通るか、
テストが成功するか。
機械でも採点しやすい。
だから、
ものすごい速度で反復できる。
人を介さなくていい。
疲れないし、
24時間回せる。
最近、
数学系やコード系AIが急激に伸びた背景には、
たぶんこの“自動採点できる世界”が大きい。
でも、
そこに少し怖さもある。
AIは、
「賢くなる」のではなく、
「採点システムを攻略する」
方向にも進めるから。
テストに通るけれど、
何かがおかしい。
それっぽいけれど、
芯が空洞。
人間の受験勉強でも、
少し似たことが起きる。
この話、
自然科学とは相性がいい気がする。
物理や数学は、
かなり強い形で
「正しい」を置けるから。
でも、
文学や歴史、
倫理のような領域では、
急に怪しくなる。
そこでは、
“唯一の正解”より、
どの視点を残すか
どこを切り取るか
何を言わずに置くか
の方が大きくなる。
だから、
RLVRみたいな
「自動で正誤判定する仕組み」を
そのまま持ち込むと、
ならされすぎた、
安全すぎる、
でも少し息苦しいものが増える感じがある。
最近、
GeminiとClaudeを触っていても、
少しそれを感じる。
少なくとも自分が触っている範囲では、
Geminiは、
勢いがある。
こちらがまだ言っていない場所まで、
かなり速く補完していく。
発想も飛ぶし、
接続も速い。
だから、
アイデア出しでは気持ちいい。
でも、
時々ちょっと先回りしすぎる。
Claudeは逆に、
かなり止まる。
「本当にそう言える?」
みたいな空気を残す。
慎重というか、
少し司会者っぽい。
結論を急がない。
たぶん今、
AIの競争って、
単純な知能競争だけではなくて、
“どこまで補完し、
どこで止まるか”
の調整競争になっている気がする。
速くつなげるAI。
つなげすぎないAI。
その差が、
少しずつ”人格”みたいに見え始めている。
