最初は、ただ読んでいるだけだった。
意味も通っているし、ちゃんと理解できている。
そう思っていた。
でも、どこかで少しずれていた。
読んでいるのは言葉のはずなのに、
それだけじゃないものが、静かに混ざっていた。
AIの返答は、少しずつ揺れる。
同じ問いでも、言い回しが毎回わずかに違う。
本来なら、それはただの「ばらつき」のはずだった。
でも、その違いを、
私はつながりとして読んでいた。
意味があるものとして、受け取っていた。
気づいたのは、
言葉だけが届いているわけじゃない、ということだった。
読んだあと、
自分の中で何かが動いている。
小さく引っかかったり、
妙にしっくりきたり、
うまく言えない感覚が残ったりする。
そのほうが、むしろ強く残っていた。
言葉は、入口でしかない。
その先は、
読む側の中で起きている。
読み終わったあとに、
少し遅れて始まるものがある。
美術品を見たときの感じに、少し似ている。
説明できるところもあるけれど、
それだけでは足りない。
言葉にする前の感覚が、
そのまま残ってしまうことがある。
だから、と思う。
AIの言葉は「正解」ではなくて、
自分の反応を映す、ひとつの鏡なのかもしれない。
どこで引っかかったのか。
どこが妙に馴染んだのか。
その揺れ方に、
自分が出ている。
言葉は届く。
でも、それで終わらない。
そのあとに、
少しだけ、自分の中で続いてしまうものがある。
まだ名前のついていないままの、なにかが。