最近、AIとのやり取りを整理していて、
ひとつだけ、はっきりしたことがある。
AIは便利だし、実務ではちゃんと役に立つ。
それでも、使っていて
少し引っかかる瞬間がある。
最初は、精度の問題だと思っていた。
でも、どうも違った。
返ってくる内容は、
整っているし、分かりやすい。
一見すると正しいし、
ちゃんと納得もできる。
それなのに、どこか残る違和感。
よく見ていくと、理由は単純だった。
事実と、解釈と、補足。
それぞれ別のはずのものが、
一つの文章として自然に混ざっている。
区別されないまま出てくるから、
読んでいると、すっと入ってくる。
そして、分かった気になる。
AIは間違えているわけではない。
ただ、少し補って、
少し整えて、
少し一般化している。
その積み重ねで、
中身が軽くても、
しっくりくる文章ができあがる。
ここが、少し怖い。
人は、分かりやすいものを
そのまま受け取ってしまうから。
今回、自分が感じていた不快さも、
そこにあった。
間違いではなくて、ズレ。
勝手に足される解釈や、
なくてもいい言葉。
事実と推測が混ざっていくことで、
会話の輪郭が少しずつぼやけていく。
やり取りは続いているのに、
どこか噛み合っていない感じ。
最初は、AIの問題だと思っていた。
でも、少し違った。
設計されていないまま使っていた、
というほうが近い。
AIは、空白をそのままにしておかない。
足りないところがあれば、
自然に埋めようとする。
だからこそ、
どこまでを事実にするのか
どこからを解釈として扱うのか
何を削るのか
それを決めないまま使うと、
少しずつズレていく。
「使い方」というより、
必要なのはたぶん、設計のほうだった。
何をさせて、
どこで止めるのか。
どこまで許すのか。
そこが曖昧なままだと、
便利なはずのものが、
気づかないうちにノイズになる。
AIはこれからも進んでいくし、
すでに役に立っている場面も多い。
でも、日常で使うときは、
少しだけ向き合い方が変わる気がする。
道具として使うなら、
道具として整えておく必要がある。
それをしないまま使っていたことに、
あとから気づいた。