放課後の誰もいない教室で、私たちは少し離れて向かい合っていた。
ほんとはもっと近づきたいのに、どことなくよそよそしくしているのが愛しさを倍増させていたのかもしれない。
会話は好きな音楽についてだった。
その人は熱くビートルズを語る。
私は、ビートルズ?名前くらい知っているけど…と思いながら、彼のきれいな口元にくぎ付けだった。
見とれていた唇からは、ビートルズの魅力が溢れ、いくつもの曲名が数珠つなぎで出て来た。
「今度うちに来ない?アルバムを聞かせたいんだ」
私の心は波打った。
だって、その人はみんなの憧れの人だったし、放課後二人っきりで話しているだけで噂になっていたのに、家に招かれるなんて。
でも、私はそれを逃さない。
承諾して数日後彼の家に向かった。
何日も何を着ていくか迷い、結局白いブラウスを選んだ。
洒落た一戸建ての玄関を入り、制服でない彼の姿を眩しく思いながら、ときめく心を隠し部屋に通される。
彼の部屋は二階にあり白い壁と茶色のフローリング。
東側の窓は開いていて風が優しく入り、壁際には机と本棚とアコースティックギターが立てかけてあった。
そして、大きなスピーカーとレコードアルバムがいくつも並んでいた。
その人は微笑みながらビートルズのアルバムをかけた。
私たちはベッドの淵に持たれながら並んで床に座り、膝を抱えたまま何も言わず曲を聞き続けた。
横にいる彼はいったいどんな表情をしているのだろう。
見たいけど直視できない。
いつもより近くにいる私をどう思っているのだろう。
彼の体温を感じるだけで私は泣きたくなるほど苦しくなり、早くなる鼓動を悟られないように必死だった。
あの日から私はビートルズの虜になり、今でも「マイラブ」を聞くと胸がキュンとする。
なぜなら、その人の美しい唇が私の唇に重なったのが、ポールの「マイラブ」がかかった時だったから。
あの瞬間、たぶんビートルスは、いえ、ポールマッカートニーは、彼のキスと共に私の心を射抜いたのだろうと思う。
私のファーストキスは、ビートルズの曲と共に物語が始まり、狂おしく時間を浮遊し、切なく終わりを告げた。
それは微かな余韻を残しながら、まるで曲がエンドとなるように。
今夜も「マイラブ」を聞いています♡