ゆっくり走る、自転車とラン、ちょっと考えごと -2ページ目

ゆっくり走る、自転車とラン、ちょっと考えごと

ぷらぷら、うろうろ、くらす日々

思い切ってドンッ買いました。


ゆっくり走る、自転車とラン、ちょっと考えごと-Brompton-1

ずっと欲しかった、

英国製の自転車です。


ゆっくり走る、自転車とラン、ちょっと考えごと-Brompton-2

現地調達なので割安だった、

とはいえ、私にとっては

かなりぜいたくな買い物叫び

もう当分は

ぜいたくしたらあかんわ~、

と思ってしまうくらいかお


ぜひとも、長~く、大切に、

存分に楽しんで、

乗りたい、と思いますグッド!



かつて勤務した中学校の閉校式に妻が出席する

ということで、家族そろって十津川村を訪ねました。


五條からレンタカー車で168号線を南進。
おっと目

五新線の専用道が奈良交通バス用になってる、
案内板の距離表示がシールで訂正されてる、
天辻の道の駅のそばには

被災された方々の住宅がみえました。

辻堂からの仮設と新設の道路は、
災害の痛ましさと深刻さを感じるとともに、
(率直に言って)「仮設道路の巨大さ」にも

驚きました。


その先も、
大規模な山崩れによる被害の甚大さと、
(尾根線の一番上から大きくえぐれた山・・・)
ご無沙汰した数年の間に開通した

いくつもの新トンネルの快適さに、
交互に驚きながらの道中でした。
あくまで直感的なものですが、

昔(と言っても10年足らず前)と比べ

対向で気を遣う細い道が半減した

いやもっと減った?ような印象です。


ホテル昴にチェックインし、

平谷までジョグしてみました走る人
集落を外れると外灯がないので、

足元注意注意ですが、
夕闇に吸い込まれていくかのような

静けさのなかを一人で走る。
自分の足音と腕振りと呼吸の音しか聞こえない。
ホント何とも言いようのない、
不思議な感覚です。


宿に帰って、家族で夕食割り箸
メインは、ぼたん鍋です
ほかにもたくさん美味、珍味があって、

大満足ニコニコ
食後しばらくして入った温泉温泉は、

たまたま「貸切」状態。
露天風呂で星星空も見ました。


翌朝は、閉校式に出る妻を送るので、

ちょっと慌ただしく。
私も「式典に潜入」を試みようかと思いきや、

いちおう公の職にあるのと、

娘をどうする?というのがあって、

結局その娘が楽しみにしていた

温泉温泉プールへ。
これまた「貸切」状態。

いや、少なくともここに来そうな地元の人は

式典ですわ~
娘はまだ泳げないので
スイミングで習った練習を

広いプールの隅っこで・・・
存分に楽しみました。


昼頃にようやく

閉校式と懇親会が行われている中学校へ。
体育館、校庭、校舎におじゃまして、
閉校を惜しむ皆さんの思いの一端に

触れることができました。


私自身は関西のベッドタウンの

新設公立中学出身ですが、
さほど「学校に対する思い」は無いシラー
です。
でも、ここ十津川の学校では、皆さん違います。
村の様子や
そこに暮らす人たちのことを知れば、
その「学校に対する思い」に「納得」です。

ましてや、昨年の台風災害があった分、
皆さんの「思い」は深まったはず、と思います。

私も「一瞬だけの旧村民」ですが、
(イギリス留学した頃の前後、住民登録してた)
そのときに村で過ごして

自分の中に染みこんだ「感覚」は
じんわりとした温もりニコニコをもっています。
今回の再訪でその感覚が少しだけ戻りました。

帰路は、阪本から天川村に入りました。
ここは20年近くのご無沙汰でしたが、
かつて仕事でも私用でも訪ねたことのある村。
ここでも災害の爪痕を目の当たりにしました。
高知出身の先生が亡くなられたとのこと。
天河神社にお参りして、

犠牲者のご冥福と村の復興を祈りました。


このへんから時間が気になり始め、
黒滝の様子ももっと知りたかったのですが、
次の機会にまた、ということで、
一路、帰宅を急ぎました。


(レンタカーを返した後で、マヌケな失敗をして、
寒空の下、娘と途方に暮れかけましたが、

なんとか帰宅・・・しょぼん)


とにかく、行って良かった。
そして、また訪れたい、

可能なかぎりは訪ねつづけたい、
と思います。
今度はもう少し時間のゆとりをもって

行きたいですグッド!



DMV実証運行のモニターに当たったビックリマーク

ので行ってきましたニコニコ
(DMVとは、Dual Mode Vehicleという、

JR北海道が開発した車両のことです。)

帰宅してからみた新聞記事で初めて知ったけど、

競争率5倍超だったらしいアップ


自宅から現地への往復も

鉄道とバスを乗り継いで行ったので、

「地方(過疎地)の公共交通機関について」

じっくり考えごとをする絶好の機会でした。


まずはDMVの感想を…。
乗り物好きの私には

「とても楽しいにひひ」

ぜひ営業運転してほしいです。

今回の舞台であった

四国南東部「四国のみぎした」なら、

関西からの集客を念頭に置いて

企画と宣伝をうまくやれば、

ある程度はいけるんじゃないか、と思います。


「ある程度は…」と妙な言い方をしたのは、

珍しい乗り物だからといって、

「少々ほっといても客は自然と集まるだろう」

みたいに油断して、ずさんなプランでは

失敗するかもしれない、と思うからです。

かなり念入りに検討、実施、フィードバックをしながら

すすめないとコケる、と思います。


・・・というのも、

DMVに乗って実感しましたが、

これってあくまで「マイクロバス」なんですバス

(タネ車はトヨタのコースター)

「線路と道路と両方走るなんてスゴーイ」

ってふうに心底感動するのは

乗り物好き(大人子供問わず)だけでしょう。

いや、そうでないフツーの人も

それなりには「感動」するでしょうが、

例えば、

「よかったで~。

あんたもいっぺん乗りにいってみーや。

ホンマおもろいで」

と(乗り物好きではない)近所の人や知り合いに

強く勧めるほどか?というと、

残念ながらたぶんそれほどのモノじゃないガーン

と思います。


DMVの特徴として、

たしかに駅での乗り換えが不要になって、

お年寄りやハンディキャップある方にはラクですが、

それはDMVじゃなくとも、

たとえば(私の思い付きですが)

自動車の低床車を開発、改良してもいいわけです。

そのほうが汎用性と実用性は高まりそうですし。


JR北海道のDMV推進センター長さんの講演も

いろいろ勉強になりました。

専門家が語る「導入のメリット」も私なりに

理解し納得しましたが、

まさしく講演の最後に

「導入のためには

地元の皆さんの熱意が欠かせないドンッ」

と強調されたことが、

私にはとても印象的でした。

私の勝手な思い込みかもしれませんが、

つまりは

「赤字経営に苦しむ地方鉄道路線と

沿線地域にとって

DMVが万能薬だったり最善策だったり

するわけじゃない。あくまで

選択肢のひとつにすぎない。

むろん選択されるなら

全力でバックアップしますけど」

・・・ということなんだろうと思って聞きました。


悲観的、否定的なことを言うつもりはなく、

ホンネとしてはDMVぜひ来てほしいクラッカーです。

阿佐東線がなくならないうちにドクロ
同線応援のつもりで、

発売中の記念切符も一揃い購入しました。

(10年前に発行されたものも売ってました!)


あ、それから、往復の路線バス

(奈半利と甲浦の間)ですが・・・
往路の週末午後は帰宅する高校生が

そこそこ(といっても5、6人)乗ってて、

日曜朝も地元の人が数人、

短区間で乗り降りしましたが、

復路は事実上の貸切状態でした

(同イベント帰りのオッサン一人と私だけ・・・

つまりイベントがなければ

少なくとも1時間40分の空バスです)。

これはなんともキビシイです汗

でも、高校生を含む地元の人にとっては

貴重な交通機関にちがいない、

なんとか営業を続けてほしいです。

今回の私みたいに、

何かの理由で「バスに乗ろう!」っていう人が

出てくるやもしれませんし・・・

自分がクルマを運転しづらくても

ゆったり景色を眺めたり、

居眠りしたりしながら、

旅ができるなんて、

「路線バスの旅って、

なんて贅沢な旅なんだろ~得意げ」

と思います。


ちなみに私の乗った区間、

地形がほぼまっ平らなことと

(悲しいかな、乗降ほとんどないために)

とても速く走るので、

マイカーとバスとの所要時間差が小さいです。


それもあって、今回はとても気楽な、イイ旅でした。


私としては、ここしばらく、

あえて公共交通にコダワってみようと思いますパー

今さらながら気づきましたが、

わたしって、もはや

「日頃、たまにしか運動しない、中年のオッサン」

だったんですあせる


自慢みたいな言い方になりますが・・・


子どもの頃からそんなに運動能力も高くないし、

心肺機能も強いワケじゃなかった。

どっちかというと、貧弱なほうでした。


まあマジメに練習したおかげで、

そこそこの記録で走れるようになって、

20歳代前半には

出身県(当時はレベル低かったですけど)で

上位にはいれるくらいになりました。


でも、練習しないとぐ~んと力は落ちる。

というか、元に戻るんです。


おじさん世代になったばかりのころ、

同じ世代や近い世代の人で、

冬のマラソン、駅伝シーズンしか

走ってないみたいなのに

すごく速く走る人がいるのをみて、

「これは素質が違うわー」

と思ったものです。

わたしは年中走ってようやく

そんな人らと同じくらいでしたから。


さて、ここ数年・・・

加齢もありますが、

それなりにいろいろしんどいことも増え、

練習量は落ちてきてます。

気がつくと、週4日くらい、

距離もペースもがた落ちドクロ


でも「ふだん走ってるから」という

意識だけが頭の中に残ってて、

最近、息が苦しく、心臓も怖くて、

ちょっと不安障害しょぼん


しかし、ちゃんと検査してもらったところ、

心臓や疑わしいところには異常無し。


そして、冷静に考えてみて、

今さらながら気づいたビックリマークわけです。


「あ~、元の貧弱さに戻ってしまってるわ~」


とにかくいろいろ不調なので、

焦らず慌てず、立て直していきます。

ゆっくり、ゆっくり、ですパー


 今さらながらの話ですが、ツイッターというのは「呟き」であって、「演説」するところじゃないですよね。すみません、って気持ちなのですが、それはともかく・・・以下に書いたのは、「マラソンブームにまつわる欧米の事情」について2012年1月21日に呟いたものをまとめなおしたものです。
 かなり書き直しました(加筆部分もあり)が、本格的に書き直すとたいへんな作業になるので、あらすじは残しました。あくまで呟いた時点での私の知識と個人的印象に基づいているので、依然として言葉足らずの部分やひょっとして事実誤認もあるかもしれません。自分なりには(大げさですが)ひとつの観点からマラソンブームの歴史像をスケッチしたものだと考えています。



マラソンブームに関する史的考察(ひとつの試論/私論)


 欧米では、1980年前後のジョギングブームが主唱者自身のジョグ中の突然死(ジム・フィックス=1984年死去)で一段落ついて、その後は(ジョギングが心臓に負担をかける危険性をはらむという、今の日本の状況とは別世界のような「言説」が強まり)ウォーキングに人びとの関心が流れた、というのが通説です。しかし、このジョギングブームの「衰退」後もジョグやランニングを続けた人も相当数あった、ロンドン、ニューヨーク、シカゴなどのマラソンが大規模開催を維持できたのがその証拠だ、と私は思います。


 しいて言えば、30年前のジョギングブームのあとで出てきたのは、日本で言う「スポーツジム」ですね。そこで、マシンを使って、歩く、走る、筋トレ、エアロビクス、水泳・・・といったさまざまな運動をするようになったわけです。


 他方、日本では1990年代半ば以降、それら海外市民マラソンへのツアーが商品化されます(ホノルルはもう少し早いか?)。それが今日の日本でのブームの下地にありますが、欧米側の視点からすれば、都市イベントとして行われていたフルマラソン大会に日本人ツアー客が来る、といった感覚でとらえられていたと想像できます。


 ちなみに、私が初めてロンドンを走ったのが1995年ですが、そのときは前年秋に自分でイギリスの陸連に直接問い合わせて申込書を取り寄せて個人エントリーしました(私の知るかぎり、日本からのマラソンツアーはなかった)。ところが1998年大会に際して同じように問い合わせてみたところ「旅行社が企画するツアーで参加せよ」という返事が来ました。その頃が境目だという根拠となる実体験です。


 言い換えれば、向こう(欧米)では、大規模市民マラソンをやっていたといってもとくに「ブーム」だったわけではなく、都市イベント、催事として淡々と行われていただけ、カーニバルとかフェスティバルみたいなものでしょう。例えば、ロンドンマラソンは国内一般参加者は抽選(チャリティ団体が確保する参加枠は別)ですが、その競争率は十数年にわたってさほど変わってないと思います(より正確な数値データが必要)。


 多くの人がすでに語っているはずですが、今の日本のマラソンブームは日本限定のブームであり、欧米にはこれに並行する動きや特段の変化はないはずです。実のところ、イギリスでもここ数年ランニングする人が増えているという調査結果をみたこともあります。ただ、その理由は「不景気だから、カネのかからぬ趣味を」という月並みな説明でした。


 私は「メタボ、ビジョガー、東京マラソン」の三題話でこの日本のブームをとらえてしゃべりまくってますが、かなり当たってるという自信はあります。そのうちの「ビジョガー」につながる話ですが、今の日本のマラソンブームは相当な規模で「消費」と結びついている、という皮肉な事実があります。「走るのはカネがかからない」というのは、まさしく自分が高校時代以来、陸上競技の「利点」として思っていたことでもあるですが、今のブームではランニンググッズ、大会参加料、大会会場への交通費その他、けっこうな出費を伴います。嫌われるような言い方をすれば、「おカネをかけずにできる」とか言いながら、実際には多くの人が「相当おカネをかけている」はずです。


 興味深いことに、「マラソンブーム」でネット検索して出てきた記事で引用されていましたが、アメリカ合衆国の市民ランナーが生活や収入にある程度のゆとりがある階層以上の人たちが主体だという研究結果があるようです。それもまた、ランニング/マラソンが必ずしも「カネのかからない」娯楽とはいいきれないことの証左でしょう。

(上に言及したサイトはこちらです)
http://news.livedoor.com/article/detail/4266198/


 したがって、今のブームがこの先どのようになっていくのか。私は「ブームはあくまでブーム、必ずいつかは、人びとが飽き始めて、不平不満を言う人も目立ち始めて、終わる」(何万人が大会参加しようとも、社会全体からすれば少数派です)、「フルマラソンは明らかに多くの人にとってオーバーワーク」、(最悪の想定として)「日本社会が金融破綻またはさらなる天災や原発事故などでホントにおしまいになり、マラソンどころでなくなる」といったあたりを考えています。もっとも、私の本職(?)は未来ではなく過去(と現在)に関わることですので、それについてはあまり言わない方がいいですね。


(とりあえず、これにて)