渡瀬手袋工場も百軒ほどの農家にミシンを一台ずつ貸し出して農家の主婦に手袋の縫製を依頼していた。

毎日夕方頃になると各農家から縫い上がった手袋が工場に回収されアイロンなどで仕上げされ出荷作業となるのである。

工場ではいつも夕方から深夜にかけて出荷作業が行われていた。

 

瀬戸内海に面するこの小さな町は背後に讃岐山脈が横たわり山脈の中央には七百メートルを超える虎丸山がこの白鳥町を見下ろしていた。白鳥町の東のはずれ徳島県との県境には讃岐山脈が瀬戸内海までせり出しその先端は白と黒の岩が縦縞の鋭い断崖となって海に立ちこんで岬となっていた。町の人々はこの奇妙な縦縞の断崖をランプロファイアと呼んでいた。

白黒の三十本くらいの縦縞の断崖の後方には雑木がうっそうと繁り讃岐山脈につながっていた。

 

白鳥海岸の西側は湊川が讃岐山脈から海に向かって流れ込んでいた。白鳥海岸の砂浜は東のランプロファイアから西の湊川の河口にかけて数キロにわたって大理石を砕いたようなきらきらと光る白い砂浜が弧を描くように半円状に広がっていた。

 

 

 

町の中央にはヤマトタケルノミコトが白鳥に乗って舞い降りたという伝説の白鳥神社がある。

 

神社の後ろは砂浜まで御山と呼ばれる松林があり数百年もたつ松の大木が百本以上も繁っていた。

 

渡瀬手袋工場は松の防風林に沿って三棟の平屋で建てられていた。港のない白鳥町の手袋は工場の近くの砂浜まで伝馬船が来て沖に停泊している貨物船まで運ぶのであった。