「源さん遅そうなってすみませんねー」

省三の母の美奈子がせんべいとお茶を盆にのせて出口で不機嫌そうな顔で突っ立っている船頭の源三の近くの机に置いた。

工場の壁にかかっている時計はあと数分で夜の十時になるところだった。

「まーせんべいでもかじっていってや」

工場長の橋本が愛想笑いを浮かべて源三に話しかけた。

源三は最後の一個の木箱を若い工員がリヤカーに乗せるのを見ながらせんべいをかじりお茶を音たててすすった。

リヤカーには六個の木箱が積まれていた。

「今日は六個や。源さんの船なら一回で積めるやろ」

橋本は送り状を源三に渡しながら二十人ばかりの工員に聞こえるように大声で叫んだ。

橋本の声を合図にこの一週間徹夜、残業でほとんど寝ていなかった工員たちが一斉に工場を出て行った。

 

先ほどまで手袋の出荷を手伝っていた小学五年生の省三は眠い目をこすりながら源三と話をしている母と橋本のそばへ行った。

工場の窓から百メートルくらい沖に黒い巨大な貨物船が停泊しているのが見えた。

省三は出荷の仕事を手伝いながら貨物船をちらちら見ながら{あの船に乗ったら大阪の父さんに会えるかもしれない}

そう思い始めるとなお一層荷物と一緒に貨物船に乗りたくなってきた。

「この荷物どこまで行くの? 神戸まで? 大阪まで?」

省三は手袋の出荷が始まる夕方までは毎日伝馬船に乗せてもらって源爺さんにはよくかわいがってもらっていた。

 

「この荷物はわしの伝馬船で沖の佐藤汽船まで運んで佐藤汽船は神戸の港で荷揚げや。省ちゃんも荷物と一緒に神戸まで行くか」

源三はうまそうにお茶をすすりながら省三に言った。

源三は毎日伝馬船の掃除を手伝ってくれる省三を気に入っていた。

「そうだな、夏休みはまだ一週間残っているし明日は土曜日や。社長も明日の朝は神戸の倉庫に来て荷揚げに立ち会うはずや。

省ちゃんも一緒に荷受けしてもろうたらええ。よく手伝ってくれたからそれくらいのご褒美あげなくちゃなー。奥さん」

橋本は省三の頭をなぜながら美奈子に言った。

「ほんと?源爺さん、あの佐藤汽船に乗せてってくれる?」

省三は眼を輝かせて源三に言った。

「なに言ってるの!子供が一人で貨物船に乗って神戸へ行くなんて」

美奈子は心配そうな目で省三と源三を交互に見た。

「別に心配はいらん。荷物の間に寝っころがっていたら明日の朝六時には神戸の港に着いとる。今夜の海は静かやし、揺れることもなかろう

わしも神戸に用があるときはあの佐藤の船に乗せてもらうんや」

源三は赤銅色に日焼けした顔をくしゃくしゃに崩して美奈子に言った。

海で鍛えた源三の白い歯を見せて笑うシワシワの顔は何とも言えない安心感を美奈子に与えた。