「船が出るぞう」伝馬船の船頭の源三が工場の出荷場までやってきて大声で叫んだ。
出荷場では最後の一個の木箱のふたをして鉦のバンドで厳重に木箱の周りをくぎで止め終わったところだった。
木箱の中には女の子用の白い綿の手袋に小さな赤やピンク、黄色の花が手で刺繍されアメリカ向けに輸出されるものだった。アメリカではキリストの復活を祝うイースターデーに女の子がこの白い手袋をして両親と一緒に教会に行く風習があった。
香川県の東の端、徳島県との県境にある白鳥町は全国でも唯一の手袋の産地であった。
春から夏にかけては毛皮やネルの裏地の入った羊革や牛革の防寒用の手袋が作られ日本国内および欧米各国に出荷されていた。
夏から冬にかけてはイースターデー用など綿の春物の手袋を輸出していた。白鳥町では全国の九十パーセント以上の手袋が生産されていた。
香川県そのものが面積の小さい県で農家も少ない田畑で自家で食べるだけの物をつくるのが精一杯であった。そんな農家の副業として家内内職的にできる手袋が唯一の現金収入としてこの町の特産として栄えたのであった。
