父の糖尿病は次第に悪化していきほていさんのようなおなかがだんだんと凹んできた。

「お父さんの糖尿病には困ったわね。牛乳ががいいと聞いたんだけどこんな田舎では配達もしてくれないし」家族全員で夕食をしているとき母の美奈子は精気がなくなり急激にやせていく父を見てぽつりと言った。


「伝馬船の源三じいさんがヤギをくれるというんだけど飼ってもいい?ヤギの乳は牛乳より栄養があるんだって」省三は美奈子に言った。

「飼ってもいいけどちゃんとお世話できる?」

「ちゃんと世話するよ。大人のヤギでもう乳絞りができるんだって」

翌日省三は学校の帰りに源三じいさんのところに行きヤギの首にロープを付けて引っ張って帰ってきた。

「まーもう連れてきちゃったの。こんな大きなヤギどこで飼うのよ」母の美奈子は白いヤギを見てあまりの大きさにびっくりしたようだった。

「工場の横の空き地にこれから小屋を作るんだ。材木はあるから金網は買ってこなくちゃ」

省三は自転車で急いで金物屋に行き金網を買ってきた。材木は工場を建てたときの残りがたくさん空き地に積んであった。

若い工員が小屋つくりを手伝ってくれた。


夕日が落ちてうす暗くなった頃ヤギ小屋は出来上がった。小屋の前は金網で囲ってヤギが自由に遊べるようにした。

早速ヤギの乳絞りを始めたが省三の握力では十分に絞りきれなかった。高松の商業高校に通っている兄の忠義が乳絞りを引き受けてくれた。省三が両手でヤギの後ろ足を持って押さえ、忠義が絞った。1回でバケツの半分くらいは乳が取れた。少し草の青臭さはあったが搾りたての乳は濃く市販の牛乳よりはおいしかった。父の秀雄は目を細めてうれしそうに飲んでいた。

「これでお父さんの糖尿病が治るといいね」省三はうれしそうな父の顔を見ながら母にそっとささやいた。


学校から帰るとヤギの餌の草を採りに行くのが省三の日課となった。元は雑草の生い茂る前山を崩して建てた家の周りはヤギの餌になる草がたくさん生えていた。30分も草を採ると背中に背負った竹かごはいっぱいになった。

学校からの帰りが遅くなる日は朝登校前にヤギを山に連れて行き杭を打ってヤギをロープで繋いでおいた。ヤギは草を十分食べられる山に連れて行かれるのがうれしそうだった。


~第43話に続く~

工場の二階の省三の部屋は腐ったイカの匂いがぷんぷんしていた。やがて下の工員から苦情が出てきた。工場では30人ほどの工員が手袋を作っていた。

「省ちゃん、2階でイカを腐らす実験はやめてもらえないかな。下まで匂ってきて臭くてかなわんわ」省三自身イカの腐った匂いには相当参っていた。

「ごめん、ごめん僕の部屋も臭くてやめたいと思っていたんや。だけど県大会で優勝したんやで」科学体験発表会でもらった賞状を工員に見せて何とか納得してもらった。


省三がイカの実験をやめて20日ほどたったある日別の工員が新聞を広げて省三に見せた。

「これ省ちゃんが実験していた発光バクテリアと違うか」

四国新聞の1面に“瀬戸内海の発光バクテリアからリュウマチの特効薬”と大きな見出しで出ていた。

「やっぱり、あの光り方は何かあると思っていたんや。難病のリュウマチの特効薬か」

省三は新聞記事を食い入るように読み続けた。


~第42話に続く~

省三の部屋は2階の和室の真ん中の部屋を与えられていたが大勢の宴会になると襖をはずして省三の部屋も宴会用に提供しなければならなかった。

2階の襖を全部取りはずすと100人以上が座れる大広間となった。そんなときは省三の机や本棚も廊下に出して宴会場となるのだった。

ある土曜日の夕方いつものように机や本棚を廊下に出しながら省三は父に部屋の移転をお願いした。


「工場の2階の宿直室が空いているからどうだ」父に言われ早速省三は家の裏山を崩して建てられた工場の2階に引っ越した。押入れつきの6畳間だったが南側には廊下があり日当たりもよく何より宴会のたびに部屋を明け渡す面倒から開放され独立した省三だけの空間は実に快適だった。友人たちもこの工場の二階は何の気兼ねもなく毎日学校が終わると3,4人はこの部屋に遊びに来ていた。


中学3年の夏休み省三は顕微鏡のとりこになっていた。最初は花の花粉やジャガイモなどのでんぷんを見ていたがアメーバやゾウリムシ、ミドリ虫等水中の微生物が顕微鏡の中で別世界を展開していた。担任の理科の三橋先生はカメラが趣味でいろいろなカメラを持っていた。三橋先生のカメラを借りて顕微鏡に取り付け水中の微生物を撮影することに成功した。三橋先生は省三の顕微鏡写真撮影にはいろいろ親切に指導してくれた。


夏休みが終わる頃購読していた科学雑誌の発光バクテリアの記事を見て培養を始めた。瀬戸内海で取れるイカの表面に寄生する発光バクテリアは最初は小さな点状にポツリポツリと光っているが1週間ほどしてイカが腐り始めるとイカの表面に広がりイカ全体がきらきらと光るのだった。省三は理科の実験用のガラス製の丸いシャーレに寒天を溶かして培養液を作り、冷えて固まった寒天の表面にイカから光っているバクテリアを移植しシャーレ全体にバクテリアを培養した。夜暗がりで見るとシャーレ全体が見事にきらきらと光っていた。


秋になり科学体験発表会が県内の地区別に行われ省三の「発光バクテリア」が何回かの地区予選で勝ち抜きとうとう県大会で優勝してしまった。発光バクテリアの培養方法、それを顕微鏡にカメラを設置して撮影し、写真を大きく引き伸ばし、画像でビジュアルに見せたことが審査員に評価されたようだった。


~第41話に続く~