走りながら、食べて、聞いて、考えて! -80ページ目

雨のみなとみらい

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第6回隠岐の島ウルトラマラソン2011への想い

第5回大会が終わって、まだ一週間というのに、もう来年の話です。

来年も、必ず「隠岐の島ウルトラマラソン」には参加します。そして完走します。


今年で3回目の隠岐の島でしたが、やはりいい島です。いい大会です。

一日、走りだけを考え、ゴールを目指すことだけに専念できるこの大会はとても贅沢な大会だと思っています。

応援もいっぱいいただけるし。


大会翌日の21日に、午後の飛行機まで時間があったので、午前中に滝を見にいきました。

タクシーを手配して、タクシーの運転手さんも地元で花や植物の写真をとっている方で丁寧に新設に教えてくれました。

自然が豊かなんです。この島。

森があって、海があって、川があって、人がいて、牛がいて・・でも、熊とかいのししとかはいないんです。(ヘビはいますよ)

とてものどかで自己完結できる素晴らしい島なんです。

もし、有る程度生活ができるなら住むにはいい島のように思います。


ただ、やはり、若い人がどんどん流出してしまっていて高齢化が大きな課題です。

高齢化が進めば労働力も減り、支える稼ぎ頭への負担が大きくなります。

日本全体の、将来の縮図なのかもしれません。

豊かな国土があるのだから、食糧を確保し自給自足への国づくりが必要だと思います。


それと、この大会ですが、とても残念なことに、こんなに自然が豊かで、コースもしかkり区分してあって、そしてトイレだってちゃんとあるのに、立小便をしているランナーが3人・・・。残念でした。

それもけっこう早いタイミングで、木陰から出てきたランナーを発見してしまいました。

昨年は一人も見なかったのに今年は3人・・・。

口蹄疫でサロマは中止になるかもしれず、ランナーへマナーアップをアピールしていたことを知らないランナーがたくさんいたとは思えません。

それも、3人とも、実は、あと50mくらいで、仮説トイレなどもあるんですよ。

まったく理解できません。自分が走るところを汚すのはやめてほしいですね。


ふと、最近、自分はゴールしたあとにコースを振り返って礼をする癖がつきました。

ボランティアやサポートしてくれた方々、そして応援の皆さん、それからコースに心から感謝して。


隠岐の島を汚したくないです。



あと、来年は飛行機ではなく高速船を利用しようと思います。

今回も昨年も霧で飛行機がとぶ、とばないでけっこうひやひやしました。


まあ、いろいろ課題はありますが、やっぱり隠岐の島は、自分の大切な「宝の島」


また来年、会いましょう!

第5回隠岐の島ウルトラマラソン2010 完走記(7)

~ウルトラマラソンは、午前5時にスタートする。ということは、遅くても約2時間前の午前3時には起床し準備をしなければならない。それも、食事をとっておかないとハンガーノックになるからしっかり食べておかないといけない。午前3時に起きて朝食をとるなんて、それだけで気持ち悪い・・。でも、おかげで午前3時半に起きてTV観戦をして、午前5時に走りに出るなんてことは、いともたやすいことなのだ。とはいえ、眠かったけどね。ま、日本が勝って本当によかった!~


隠岐の島ウルトラマラソンのゴールは、丘の上。最後に急な坂道がある。歩いてもけっこうキツい坂道なのに、最後に走らせるんだから、ほんと罪なコース。でも、ウルトラのゴール直前だと、これが走れるんだな~・・・不思議と。

ということで、最後の力を絞って、坂道を駆け上った。


ゴールは去年と同じく、元気なMCの声と大勢の応援者。

その中に妻がカメラを持って待っていた。

手でよび、手をとりあってゴールテープのほうに向かった。


今回もスタート後は応援バスに乗って3回のレストステーションで手助けをしてくれたおかげでなんとかゴールまでたどり着けたのだ。感謝。


ゴールをしたとき。

その気持ちは、100kmを走ってきたランナーしかわからないと思うが、「終わった」という安堵の気持ちと、「よかった」という満足。そして、もうしばらくいいかな?という気持ちも入り混じっている。

100kmも走ってきたんだから、すごいじゃないか?という達成感や誇りは、実はほとんど感じない。

とにかく、終わったこと、もう走らなくていいという気持ちが大きい。


そして、ゴールをしたあと振り返り、今きたコースに対してお辞儀をした。

ありがとう。感謝。


記録は12時間19分。初めての完走は12時間5分。そして去年は11時間57分。そして今回は大幅に遅れました。でも、なんだかとっても満足。やはり完走したという満足感は高いです!


それから、メダルをかけられ、なんだか写真をたくさん撮られ、それから冷水のプールに足をつけてアイシングをしたかった。

ようやくほっとして、アイシングをしているときに、隣に女性のランナー。

あの、頑張っていた小柄な女性ランナーだった。

ずっとのぼりでも走っていた。腰に水をかけてもらいながら走っていたあのがんばりやのランナー。

ふと見ると、水につけた足は大きなマメができていて足のゆび一本増えているくらい大きく腫れていた。

本当に辛かったろうに、すごい頑張ったんだな~・・・。みんな本当に頑張ったんだね。


・・・


それから荷物を受け取り、出てくると・・・あの、坂道で抜かれたmihoさん。

ようやくゆっくり話しができて、おまけに写真もとりました。

また、会えるといいですね。(mihoさんは、なんと女性で3位でした!)



走りながら、食べて、聞いて、考えて!


あとで知ったのだが、スタート前に挨拶してくれた初ウルトラの彼(natural_Rさん)はなんと、サブ10達成!いきなり!すごい!

edyさんも、10時間をちょっと。クラさんも12時間をきった。みんないい結果!おめでとう。


自分は、ちょっと情けない結果でしたが、でも、よく12時間台を維持できたなと思っています。

まあ、コンディションも実力のうちだし、そもそも、今回の天気はランナーにとってはいいお天気だったはず。

それを自分の味方にできなかったのはやはり実力不足といえましょう。


とりあえず・・・まずは、これで3回完走できました。

隠岐の島は7回完走でレインボーメダルホルダーになります。

あと4回。絶対に完走はします。


来年ももっといい結果で!



完走記はここで終了。

次回は、「隠岐の島ウルトラマラソンの課題」などを書いてみようと思っています。

久々の朝ラン

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日本おめでとうラン!

第5回隠岐の島ウルトラマラソン2010 完走記(6)

77.4km地点。

ここからは、あとわずか(?)23km。そう、わずか、ハーフの距離です。いつでも走っている距離です。

この時点でほぼ9時間20分くらい。あとは2時間30分くらいで、普通の状態であれば間違いなく走りきれるそんな距離です。


しかし、ここまで走ってきた脚は相当へたってました。

77.4kmのレストステーションでは手厚いサポート。

地元の人が大勢で名前を呼んでくれました。

そして、まずはコーラを一杯。

そして、イスに腰かけ、アイシングをお願いしました。

島根大学医学部の学生がしっかりアイシングをしてくれます。

どう?ゴージャスでしょ?



走りながら、食べて、聞いて、考えて!


女子大生ふたりに、もう使い物にならない太腿とふくらはぎをアイシングしてもらいました。

ここで、メダリストをボトルにいれ氷を加え、そしてまた走りだす勇気が、まだありました。

それは、やはりこれらの応援の声です。この声に応えなくちゃという気持ちで走りだす気持ちが勝ち、動かない太腿をなんとかひきずって走りだしました。

もうここからは雨もないだろう。お天気も回復していたので、もう大丈夫かなと思い、ビニールポンチョも妻に渡して身を軽くして走りだしました。


ここからは、そんなに厳しいアップダウンもない。

あとは、のこり10km台になれば、気持ちも楽になる・・・そういう思いで走りました。


この島に有名な船小屋を眺め、そして海岸線の道に・・・波走洞門を過ぎ、あと少しでのこり20km。

ここからは暑さもあり、辛い。でも前に進めば確実にゴールは近くなる。


そして、毎年お世話になる私設エイド。ここでは必ずコーラが待っていてくれます。

「今年も着ました。いつもありがとうございます!」と、コーラをいただきました。

今年はスパイダーマンの格好で出迎えてくれました。

「また、来年も着ますね!」と言って、その場を離れました。ここは本当にいつもお世話になるエイドです。


それからは、ランナー、一人ひとりの間隔も広がり、長く我慢の走りとなりました。

このあたりで、特に何度もすれ違ったのは、女性のランナー二人。

一人は30代のランスカ姿の女性。すごいがんばっていたのです。

エイドでも屈伸をしたりしてでもほとんど休まず走りだし、そして坂道は歩いて、ずっと自分の前のほうを走っていました。

もう一人は40代でしょうか、小柄の女性でこの方の走りは本当に凄かった。

後ろからひたひたと足音が聞こえました。

上り坂だったので自分は歩いていました。しかし走って上ってきます。

すれ違うと、小柄の女性。それも、相当脚が痛いらしく、スプレーを太腿に吹きかけながらそれでも走っています。

エイドに行くと、そこで水を腰からかけてもらっていて、涙ぐましく、そしてすさまじい信念で走っていました。


道が細くなり、ちょっと上り坂のあたりで、急に空が暗くなりました。

そして急なタタキつけるような大雨。

どこか、いったん木陰に避難しようと思ったものの、こういうときに限って無い。

仕方ない。と思って先を急ぐと、カーブを曲がったところに、エイド。

テントでしばし雨宿り。

でもすぐに雨は止んで、また走りだしました。


ここまでくるとちょっとでも上り坂は歩きたくなるし、下り坂でも脚に力がないので、6分30秒くらいかかってしまう。

なかなか進まない感じがしました。


しかし、ようやく、見覚えのある下り一直線。これを下るともうあと10kmです。

右に曲がると、あと10kmのエイド。ここはいつも地元の中学生(高校生)女子が待っていてくれます。

そしていつもは歌を歌ってくれるのですが・・・今回は、「歌は?」と効いたら、応援をしっかりしてくれました。

ありがとう。


ここからのこり10kmですが、これが長く、辛い。

なかなか減らない。

飛行場に向けて少し上りになってきます。そこを、時々歩きも入れながら進みました。

途中、オレンジ色のナンバーカードの選手に抜かれますが、これは50kmの選手。さすが、仕方ないと思ってあきらめ、でも、水色や緑の選手だと、自分も負けてはいられない!という気持ちで走るようにしました。


空港の下をくぐるトンネル。

ここから、ラン仲間のモトチカさんがよく言っている「ドナドナモード」をふと思いだし、歌っていました。

モトチカさんは、歩きだすような状況だと「ドナドナモード」と言っているようですが、この歌がなかなか自分のスピードにマッチしていて、ふと気づくと走っていました。

そして、坂道。けっこう、この空港からのこり5kmくらいの坂道がキツいのですが、ここで俄然、脚がよみがえりました。

前にも後ろにも、もはや100m近く離れたところにしかランナーが点在した状態。当然、ここからランナー一人を抜いていくのは厳しいのですが、前方にあの30代の女性ランナーが歩いていました。

かなりここにきてキツかったのでしょう。

なんとか自分は「ドナドナド~ナ」と歌いながら坂道を上りきれました。

そして、またここでうれしいことに、「スイカ」を用意してくれた私設エイド。やっぱりスイカはうまい!

少し、坂道をおりて、また坂道を上る。そして、あとわずか3kmをきると、赤い橋。

ここをわたればあとは、もうゴールは間近!


赤い橋は横風が強くからだもフラフラでしたが、なんとか走りきり、そして右折。ここからは歩道そばを走るように指示されました。

あと1km。

待ちに待った、あと1km。

ここまでくると、ゴールを想像してしまいます。


最後のトンネルを抜け、最後の力を振り絞って坂道を上がる。

そして、ゴール付近のにぎやかなアナウンスが聞こえる。

もうすぐ、もうすぐ。

妻は待っていてくれる。

また今年もいっしょに手をとりあってゴール!できる。そう思って坂道を必死に上りました。




走りながら、食べて、聞いて、考えて!




(つづく)

第5回隠岐の島ウルトラマラソン2010 完走記(5)

福浦洞門は昔、手堀りでつくったトンネルである。軽自動車1台がなんとか通れるくらいの広さ(実際に車の通行は認められていない)であり、壁も天井もでこぼこの岩である。


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ここを過ぎて、小さな湾をまわるとまた坂道がやってくる。

いや、ここからが、後半戦の難所の始まり。

約150m級の小山ではあるが、そこを3回、上り下りしないといけない。

そして、その間、山を上りきるとトンネルがやってくる。まさに、トンネルはひんやりとした空気の憩いの場となる。

「夢崎トンネル」「大嶺トンネル」「横尾トンネル」

高さはそうないのだが、約15kmの間に急激な坂道を上り、トンネルをくぐり、そして駆け下りる。

これを3回繰り返すことで、相当脚に疲れが見えてくる。

自分の場合はすでに前半で脚を使いすぎて、上りよりも下りにダメージが出てしまった。

下ろうとすると太腿の前が痛くてたまらない。

途中、水をかけたりするがまさに焼け石に水。


中里バス停は、最後のレストステーション。ここで最後に給食もとり、冷奴などおいしいものもある。そして妻もここで待っていてくれる。

その場所が、70km過ぎであることは覚えていたが、どれだけいけばいいのかわからなかった。

まだまだ、先かな~と思っているときに、背後から「ランニングさ~ん!」という元気な声。

miho さんでした。

前夜祭ではあえなかったものの、50kmに参加していたmiho さんにいつか抜かれるだろうと思ってました。

そこで、握手をして挨拶。こんなところで挨拶してどうする?ってこともありますが、ブログでした知らなかったmiho さんに会え、元気を取り戻しまた少し走りだせました。

ありがとう、miho さん。


コースはますます下って行きます。

太腿はもはや悲鳴を上げて完全に肉離れの状態の痛さ。

でも、しかたない。下りや平坦なところで走らないと、全然追いつきません。

なんとか、レストステーションへ・・・・と、ようやく広い田んぼが見え出し、見覚えのある広い道路。

そして、下ると、「中里バス停」。


もうすぐ・・・。もうすぐで、少し休める。脚もアイシングできるか・・・と、なんとかたどり着きました。




走りながら、食べて、聞いて、考えて!




77.4km。


もはや、あと23km程度の場所。

なんとかここまでたどり着けました。


第5回隠岐の島ウルトラマラソン2010 完走記(4)

レストステーションは、まさにオアシス。ずっと同じ姿勢で走り続けてきたランナーたちにとって、命の水があふれる場所だ。


隠岐の島ウルトラマラソンの場合は、このレストステーションは、丘の上にあり急な坂を上らないといけない。

そして大きくカーブして下ると、学校のような施設が見える。そこがレストステーション。

到着すると、すぐに預けておいた荷物が渡される。

これは、丘を上るときに係りの人がナンバーカードを見て、荷物係りに番号を伝えておくからだ。


レストステーションにつくと、荷物と二回目に遭遇した妻が待っていた。

そこで、着替え。

びしょびしょになったタンクトップを脱ぎ捨て、あたらしいTシャツに着替える。

そして、シューズも今回は履き替えた。ソックスも。

前半は、DSトレーナ、そして後半はゲルフェザーで走ることになった。後半軽めのシューズで走れるのは比較的よかったようにも思う。

そして、Vespa Pro。これがどうも自分は苦手だが、確かに効果があるように感じる。

着替えを済まし、そしてここでおにぎりなど腹に溜まるものをいただく。

味はうまいのか、どうかわからないが、とにかく腹に固形物を入れておかないとどうも気分が悪くなる。

おにぎりを2個、そしてそうめんをいただきコーラも。その間、妻にボトルにメダリストを溶かしてもらい少しいただく。やっぱり、メダリストの酸味が一番効く。


およそ20分間ほどかかったが、立ち上がるとあれほど疲れきってもうやめようと思った自分が、立ち直ってスッキリしている。大丈夫走れる。昨年よりも全然調子がよいように感じた。


走りながら、食べて、聞いて、考えて!
(レストステーションにて、クラさんと)


ただ・・やはり脚に疲れが出てきて、スピードが出ない。でも、大丈夫しっかり走れる。

50kmの表示過ぎに、私設エイドでヤクルトをいただく。これがうまかった。


しばらく平坦な田園地帯。

一昨年、トイレを借りた民家。

そして、田んぼの先に、まだこれからレストステーションに向かうランナーの姿が見れる。

「がんばれ!みんながんばれ!」


のどかな田園地帯を過ぎて、海岸線方面に向かう。このあたりでけっこうお天気もよくて暑くなてきた。キツかった。

手堀りで有名な小さな「福浦トンネル」を抜ける。

このあたりで、ようやく60kmを過ぎる。

この60kmは大きな意味を持つ。

だって、残り39km・・・。30km台という距離は非常に身近な距離感覚。あとはもう終わるだけだ・・・。


しかし、隠岐の島はここからが、さらに厳しいアップダウン。150m級の山を3回、上り下りするのだ。

これは、かなりキツい。


それも前半の坂道でけっこうダウンヒルを飛ばしたおかげで、太腿はヒイヒイ言っている。体が支えられない幹事だ。たぶん、肉離れ的な損傷だったのかもしれないと思う。


のぼりは歩く。そしてくだりは走る。

それを繰り返すしかなかった。


暑い、それにしても暑い。


70km過ぎれば、また妻が待ってくれるレストステーションが待っているのだが・・・



(つづく)



第5回隠岐の島ウルトラマラソン2010 完走記(3)

隠岐の島ウルトラマラソン100kmのコースは、前半に最高地点250mまでのノボリがある。後半にはそれほどの高さではないものの3回の山を上る。

途中、もっともっとたくさんのアップダウンはあるのだが、この前半のアップ、そして後半の3連続アップがなんといっても最大の難所である。


また、応援バスというものがあって、同行者は先にちょっと大きめのエイドステーションで待っていて応援をしてくれるようになっている。

今年も妻は朝5時のスタートを見送ったあとに、バスに乗ってエイドで待っていてくれた。



走りながら、食べて、聞いて、考えて!



まずは最初に遭遇するのは、26.5km地点 中村地区。通称「サザエ村」。

まずはここにたどり着くのに必死になった。

ようやく村が見えて、応援の音声が聞こえた(ナンバーカードから名前を探して ○○から参加の○○さんです! と読んでくれるのだ)。

エイドでコーラを飲み、妻とコンタクトできた。

ちょっと、ひといきついたが、ここからが厳しい250mの山越え。

これが厳しい。

ここに来て晴れ間が出たり、そのあと急激に曇りだし、雷はなるは、雨はふるはでめまぐるしく天気が変化した。

その間、シューズの中にも水も浸入してしまった。

上り坂は、延々に続くようで何度か歩いた。

やはり、どうしても歩いてしまう。ただ、ダウンヒルは走った。

それもかなり飛ばして。

キロ5分もきるくらいに。

それが結果後半に大きくダメージが現れた。


この中村地区から、48.5kmの中間地点のエイドステーションまで・・・今回のレースではここが一番辛かった。

途中、左側に川が流れる。この川のそばは冷気も流れとても気持ちいい、結局かなり飛ばしてしまい、平坦になってからが苦しかった。

そして、正直、もう中間地点でリタイアしようか?とも思った。

雷が激しくなって、大会も中止すればいいんじゃないか?まで思った。

でも、結局、そういう自分の気持ちの弱さが今回の不本意な結果に繋がったのはいうまでもない。


結局、なんとか48.5kmの五箇地区のレストステーションにたどり着いた。

ほんとうに、ヘロヘロになって。

もう、後半、走れるのか、この時点では全く自信が失せていた。


(続く)

第5回隠岐の島ウルトラマラソン2010 完走記(2)

なんとか、体調が通常に戻ったと自信をもって確信できたのは、まさにスタート当日の朝。

最高に気分よく目が覚めた。

というのも、日本対オランダの試合を見ず、医者からもらった薬を飲み、それも多少眠くなるものだったので、ぐっすり眠れたのがよかったのだろう。

また、多少残っていた頭痛も事前に予想していちおう頭痛止めを飲んで寝た。


目覚めは爽快。

食事もしっかり食べて、いざ出発!(といっても、ホテルを出ればそこがスタートなんだもんね!)


スタートでは、今年もedyさんに会う。edyさんはかなりやる気まんまん。

そして、ネット(Twitter)で知り合ったnatural_Rさんに声を掛けられる。

今までハーフとフルくらいしか走ってないというがなかなかの体つき。そして彼は、ノボリは歩いてでもいいので突っ込みますといっていた・・・この彼がすごい記録をいきなり打ち立てたのだ!(後述)



走りながら、食べて、聞いて、考えて!


まだ、薄暗い朝。5時を向かえ、スタートした。


とうとう始まってしまった。これから長い長い1日が始まる。

どういう1日になるのだろうか?


ふと、ウルトラを走ってみて3回目になるが、最近ようやくこのスタートのときのワクワク感がフルやハーフとは全然異なることに気付いた。

ハーフだと、とにかく最初の入りは何分で、そして遅れないように!とやきもきしながら走る。

フルだと、無理せず抑え気味に行こう!でもある程度ペースを守って!という慎重な気持ち。

でもウルトラは違う。

「ああ、始まっちゃった。もう後戻りできないな~。いけるかな~。長いな~・・・おや、1kmの表示。あと99kmか・・・。長いな~」なんて、けっこうのんきなことを考えている。

あまりに先が長いので、ここで急ごうという気持ちは全然おきない。

ただ、できるだけエネルギーを使わないようにしていこう・・・。それだけなのだが。


途中、10kmより前で、これもネットで知り合ったクラ さんに声を掛けられる。

今回は、ニコ3マークを胸と背中に張っておいたので、もし知っている人が後ろから追いかけてきたらたぶん声を掛けてくれるだろうと思っていたが、正解。

クラさん元気に写真を撮りつつ走る。

10kmの表示で、「あと90km!」と叫んで走り続けました。


まだまだ、この時期は元気一杯。

曇り空で雨もちらほらくらいで丁度いいお天気であったのです。

しかし、ここからどんどんお天気は変化していきました。


自分は無理せず、できるだけ6分30秒に近いペースにしようと思いましたがどうも6分を切ってしまっていてなかなか調子が合わない。でも、まあ仕方ない。くだりは6分を切ってものぼりは7分程度で・・・そんな気持ちで走っていたのです。


(つづく)

リハビリラン

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