お空のデザインに変更してます。
また、変えるかもしれません。
日記の転載を快く許可していただきました。
ありがとうございます。
以下
「東京マラソン 結果」
皆さんの声援のおかげで、無事ゴールできました
グロスタイム 04:22:35
スタート地点通過までが14分30秒くらいかかっているので、
ネットだと、たぶん 4時間08分くらいだと思います。
元々4時間30を目標としていたのでOKです
これも、ノブヒコさんをはじめとする皆さんの声援のおかげです。
ありがとうございました。 m(__)m
整列時点では携帯でTV放送を見る余裕だったのですが、
内心は後方からのスタートだったので"早く前に行かなきゃ"と
気が焦り走り出してからは、前へ前へ
それが影響し10Kmくらいで少々きつく感じはじめる
これではダメだと思い 10Km過ぎからペース調整
15Kmから先は、ペースを維持し後半へ
40Km過ぎてからは疲れで、ペースダウンしましたが、ほぼペース維持しゴール
沿道の方々とのハイタッチもたくさんし、楽しいレースでした
沿道の応援の皆様ありがとうございました m(__)m
出会った有名人
スタートエリアで倒れる前の 松村邦洋さんを見かけました
銀座の復路で古田敦也を追い越しました。
佃大橋で安田美沙子を追い越しました。(綺麗でした)
今回の反省点
・前半の飛ばしすぎ
・35Km過ぎからの腰痛
・お腹の冷やしすぎ
今回の良かった点
・30Km過ぎの腹筋痛が小さかった
・30km過ぎてもペースを落とさず維持できた
やはりなんと言っても、銀座から浅草、そして銀座に戻るコースの
練習会が印象深い。
練習後、アートスポーツ日比谷のすgく近くにある
ドイツ料理屋で、ドイツ料理を食べ、本場ドイツビールが
とても高価だったのを覚えている。
日記の転載許可、協力ありがとうございます。
近いうちに歌舞伎観たいね。
以下
「東京マラソン完走と感謝と次へのステップ 」
東京マラソンを走った。
初めてのフルマラソンをなんとか完走した。
佃大橋の登りで歩いた以外は、全て走った。
途中 正午に雨が降り、佃大橋からは18.5mという強い風が吹き、そしてゴールの前から激しい雨も混じった。
雨にも負けず、風にも負けず、走り切れた自分に乾杯!
そして、色々と応援をしてくれた方に、感謝、感謝。
ただし、タイム的には、ネットタイムで5時間40分ほどかかったので、力不足を反省。
ゴール直後は、雨と風にパンツまでずぶ濡れになりながら。マラソンは一段落と感じていたが、少し時間がたつと悔しさが沸々と沸いてくる。
そして次回は、もう少しタイムにもこだわりたいと走りたくなるのが、マラソンの麻薬的な魅力かもしれない。
●応援の嬉しさ:
沿道の人たちの声援だけでなく、チョコや飴やエアーサロンパスの応援も嬉しかった。
豊洲の先の上りの橋の手前で、ランニングコミュニティの人たちのオレンジの旗をかかげた応援の人たちが見えた。、
心が折れかけていたが、その応援を見て、目が覚めたように身体にエネルギーが戻った。
5時間30分を切りたいと思い、最後の力を振り絞って走った。
途中何箇所かで和太鼓の応援。野太い太鼓のリズムの刻みが、予想以上に疲れた身体にパワーを与えてくれる。
その躍動感が心を躍らせる。
和太鼓の力に、限界の状況で、改めて気づかされた。
●身体の状態:
・走っている途中から、ふくらはぎが張った。
途中何度も、道路のガードに手をついて、ストレッチを施した。
・走り終わってからは、左足の裏、ぼしきゅうの横あたりが、痛い。
●次回への改善:
○”スタート 組 戦略”
後ろの組になると、スタートまで時間がかかる。
応募時にフルマラソンを走ったことが無かったのでいいかげんに書いてJになったが、
30Kmや自分で計る等で、正確な数値を書いて、なるべく前の方が良いと感じた。
後ろの組に行けばいくほど、全体のペースが遅い。
途中で早々に歩く人も多いと感じた。
翌朝の番組を見ていると、参加者の半分くらいはフルマラソン初めてということだった。
それなら、強気のスタート 組 戦略もあるかなと感じた。
○”トイレ戦略”
出走前も出走後も、どこのトイレを選ぶかで、大幅に待ち時間が異なる。
5分や10分は差が出るという感じもある。
ポイントとしては、手前のトイレを避け、奥にも結構 トイレがあるので、そちらを使った方が良い。
スタートしてからは、走り始めのトイレは列も長いので、なるべく先(10Kmの人たちがいなくなって)、
トイレの数も多く、並びの人数が少ない、ところを選ぶと良い。私は増上寺の先のトイレに入った。
途中 セブンイレブンにも一回入ったが、人数は少ないが、トイレ数が少ないので、なかなか進まず、
途中であきらめた(苦笑)。
○最後には、やはり自分の力、走力。遅かった。
前半は 人が多くペースが上げられず、後半は逆に25Kmを超えてからは、何度も何度もストレッチをしながらの走り。
普段の練習も、信号休憩も無いところで、続けながら30Km以上を走らないと駄目だと感じた。
そういう意味では、皇居は信号が無いので、練習には理想的なのだろうと改めて感じた。
当初の想定は、前半6分30秒/1Kmペースで行きたかったが、それ以下のペースだった。平均だと8分程度のペース。
遅い・・・。が、走っているときには無我夢中で、ストレッチを度々しながらゴールに向かっていたのだが、
次回は、長距離トレーニングをもっと積み、上の上の記録を狙いたいと思う。
骨盤を活かして走る走法も、疲れなさそうで、距離が伸びそうなので、マスターしたいな。
とはいえ、フルマラソンを走り切り、東京マラソンの”祭り”のような楽しみも味わった。
そして、禁酒・禁アイスクリームを1か月以上続け、体組成計でもついに39歳と30代に突入した(笑)。
これからも、健康と運動を楽しもうと思う。
次は、トライアスロンにも挑戦をしてみたいな。マラソンは秋の湘南マラソンと春の東京マラソンには挑戦したい。
*雑誌のランナーズや、Tarzanを10冊、ヤフオクに出しました。
来年の東京マラソンを狙う方や、ランニングに新たに興味をもたれた方はご覧あれぃ。
私は、千秋楽の前日に、こじかさんは、千秋楽に観られました。
日記の転載、協力ありがとう。
以下
「2009年 東京マラソン(珍事続出!?)」
3月22日(日)
天気 曇り
朝5時に目覚ましをかけて起床
(昨夜は12時頃の就寝何度か目は覚めたものの…意外とスッキリ)
顔を洗ってから、足にテーピングを巻いた。
右の足首・膝・ふくらはぎ…縦に横に斜めに…心配な所にはファイテンテープも貼り~万全に備えた。(膝から下は肌ほとんど見えてないやん)
時計を見るとおぉ~もぉ~6時
速攻~ウエアーに着替え、栄養ドリンクをゴクリヨーグルト・牛乳・鮭おにぎりをほおばりあたふたと準備
6時半頃には余裕をもってホテルを出たい
がぁ~ここでコンタクトレンズが見当たらない
分かるように昨晩出しといたはずなのに
荷物を詰めた鞄をかき回し、予備のコンタクト発見
すぐに装着して、ダッシュでチェックアウト駅までダッシュ
(良かった~駅に近いホテルで)
6時45分の電車に乗れそうだ(新宿までは3分)
ちょうど良いタイミングで電車も入ってきた
席も空いててラッキー
な~んて思ってたら「次は原宿~原宿」アナウンスが入った。
「えっ、原宿」私の目的地は新宿
ひぇ~逆のに乗っちゃったんじゃん
原宿駅で乗り換え新宿へ(着くまでの数分が長く感じたこと…)
待ち合わせ場所の新宿駅南口ドトール前に、集合時間7時ピッタリに到着。(焦った)
樂走コミュのランナー60人+応援の方も数名駆けつけてくれ~気合を入れてハイタッチテンションも上がって会場へ移動。
しか~し、最後尾を歩いていた私達9名は途中で先頭とはぐれてしまったようだ
会場も近かったのでそのまま移動、更衣室前で一旦解散して準備をしてまた集まる事に…。
着替えに行ったら、そこにははぐれたはずの女子チームがすでに居たので、みんなで写真をパチリ
さっきの所に戻って9名で円陣組んで気合入れ(周りに声が響きわたってたね)
荷物を預ける場所もスタート位置も違うので、ここで解散。
50番代の荷物預けのトラックは、一番外れの所で遠かった
そっから今度はスタートブロックへ移動。
整列完了時間まで25分…Bブロックの看板も見えたので、取り合えずトイレの列へ
男の人ばかり10名ぐらいの列へ並んだので、10分も待てば入れるだろうと思ったのに~20分近くかかってしまった
ダッシュこの時、脇の石段に膝をぶつけてしまった(走り終わって見たら見事に青アザなってました)
なんとかEブロックに辿り着き、携帯でロータスさんと連絡を取って合流
スタートを待った
9時10分 スタート
去年とは違ってEブロックスタートだったので、ハートの白い紙吹雪がチラホラ舞ってます
石原都知事に手を振って~ピピッースタートラインを通過です
一緒に並んで居たロータスさんの姿は既に見えません
なんせ申告タイム4時間のブロックですから…。
走り出し足の痛みは無いようですね
今回は、あくまでも完走が第一目的
キロ7分~7分半ぐらいの抑えめのペースで35キロ地点までいってみっかな
走り始めて1キロ過ぎ…
沿道の応援の人が叫んでますね
『あっ、片山右京だ』
「今日は、エンジン置いてきちゃったから僕はゆっくりですよ」なぁ~んて事言ってた。
少し走っていると後ろから集団が走ってきているような気配が…
あっ、フジテレビの平井アナだ
『確か5時間ぐらいで完走とか言ってたな』ペースも丁度イイし、テレビに映るかもしれないから~平井アナについていこっと
しばらくついて走っていたら、右足の土踏まずの辺が何か痛い
んん…嫌~な心当たりが一つ
20日にピップエレキ版を買って、右脚の足の裏・脹脛・膝・内腿・腰と
貼って、今朝それを全部ファイテンテープに張替えてつもりだったが~張替え忘れてる
それだったらヤバイね擦れて水ぶくれになっちゃうよ
靴を履きなおすのは面倒だけど、沿道の応援が途切れた所で確認してみた。
おぉ~悪い心当たり的中ピップやん
まだ擦れる前だったんで、取っちゃった何でも無くなった
ラン再開しかしもぉ~平井アナ達の姿は見えない
防衛省を過ぎ~5キロ地点 41分。
スタート時のロスを引いて、そんなもんだな
飯田橋を過ぎ~緑が増えてくるとそろそろ皇居付近ですね。
少し前の沿道にランナーが集まっているので行ってみると~アニマル浜口さん発見
丁度「気合だ気合だ気合だ」とやってるところ
一緒にやっちゃったラッキー
曇ってた空がパァーと晴れてきました凄いアニマルパワー(写メには写ってる京子さんには気づきませんでした)
このまま晴れてくれるかなぁ…ルンルン気分でランニング
日比谷公園…10キロのランナーとお別れですね
10キロ 1時間18分。
10キロ過ぎの内幸町に樂走の熱烈応援隊が居るって言ってたな
キョロキョロ探すが見当たらない…オレンジ集団は居たけどアミノバリュー集団や
そんな中、「樂走頑張れ」と言う声が…緑風水景さんだ
(前日、EXPOでTシャツ貰った時会って居たから覚えていた)
15キロ地点 1時間56分。
品川折り返し…なんだかポツポツしてきた
やっぱりこの辺になると~ふくらはぎが張ってきたな
雲がドンよりしてて、東京タワーもよく見えへんな
20キロ地点 2時間33分。
樂走の熱烈応援隊が居ました
ドリンクを飲み、貰った飴を口にほおばり、kueさんが持っていたエアーサロンパスを借りてかけ、パワーを貰ってGO
こっから浅草までが長いんだよね…
あっ、akemiさん発見
ポツリポツリと降ってきた雨がドンドン強くなってきました
すぐ止むかな
ウエアーがこれ以上濡れると冷えちゃうよな
ポーチから出すの面倒くさいな…
なぁ~んて考えながら走ったが、せっかく昨日買ったんだから使おう
25キロ地点 3時間12分。
沿道の応援の人達も傘を差し出しました
そして、ガード下に行くと多くのランナーがストレッチしてます
そぉ~これは去年も見た光景
私も去年はこの辺で足が痛くなってしまい、何度もストレッチする為に足を止めました
今年は、エアーサロンパスかけたりアミノ酸やらゼリーやら早めに取って対処してきたおかげで、給水の時に屈伸やる程度でおさまってます
スピードも抑えてるしね
元Jリーガー本田夫妻発見
ジャンクで見ているこの夫妻奥さん意外とやりますな
またまた少し行くと野球評論家 金村さん。
もう~歩いちゃってますね
金「今、誰インタビュー受けてるねん」
ス「もうすぐ魔裟斗のインタビュー始まるみたいですよ」
金「魔裟斗もーゴールしたん」
頑張ってくださいね
そお言えば、去年は早い芸能人を反対車線で見かけたっけ
と、チラッとみたらオレンジのTシャツ
エバさんややっぱ途中で抜かされてたんだわ
「エバさん~エバさん~」叫んだら気がついてくれた。
浅草到着
やっぱりここは人が多いね
給食の所で人形焼きを探すが出ていない今年は無いんかな
そう思いながら走っていたら沿道のおばちゃんワカメおにぎりをくれたメッチャ旨い
30キロ地点 3時間50分。
チョッと5時間以内はキツイな
よーし、もっといっぱい写真撮って、沢山の人とハイタッチしていこう
足は多分大丈夫
それからは沿道に一番近いところをずっと走った
タイミング良く凄くノリのイイお兄ちゃんも前で走ってて、賑やかな感じで走れた
歌舞伎座前 今年も歌舞伎男そ~さんが賑わしてくれてます
去年は写真撮りそびれちゃったけど、今年はバッチリ
35キロ地点 4時間28分。
これから難関の佃大橋だ
やっぱり風が強いわな周りは歩いてる人多数
37キロ地点にチア姿のパキ子が居るはずだが…彼の仲間はアスリート組だから、もぉ~この時間じゃ居ないかな
38キロ地点 「樂走応援隊」が再び居てくれました
見慣れた顔をみるとホッとしますね
ラスト頑張ります
風はドンドン強くなり、油断すると帽子が飛ばされそうです
カウントダウンされていくキロ数…
お台場の観覧車も見えてきました
5時間22分39秒 無事ゴール出来ました
母の骨折した足も良くなり、やっと練習出来ると思ったのに~1月の若潮マラソンで足を痛めてしまい、2月は40キロ・3月は35キロしか走れませんでした
みんなの走り込んでる日記を読むと気ばっかり焦った日々
大会一週間前は、チャンと走れるかも不安で気分下げ下げ
胃痛で目が覚めた日もありました
でも、やっぱり東京マラソンは楽しかった
来年も出たいと思った
(10キロでもイイかなと今は思ってるが…)
今年の東京マラソンでは、新たな仲間も出来ました
そんな出逢いにも感謝だね
あ り が と う
数多く参加してくれ、30キロの練習会にも参加。
事前練習で見事、30キロ完走した。
足の状態は、よくなく、それが残念だった。
しかし!!!
まさとさんは、2009年に続き、2010年にも当選!
一番期待のかかる、初フル塾、塾生である。
日記の転載ありがとう。
以下
「Special Thanks」
もし東京マラソンの最後にエンドロールが流れるとしたら、
Special Thanksとして応援をしてくれた人が、どんなキャスト
よりも、まず一番最初に流れてしかるべきであると思います。
その日は集まった仲間と自分のせいで途中ではぐれてしまう
というミスから始まりました(汗)
内心「やばっ!」と思い不安も感じましたが、自分に不安を
覚えてはスタート前に不安を感じてもらいたくなくて。
ひさびさに出すくらいの大きな声で円陣を組んでみんなを送り
出して、自分もスタートラインに立ちました。
ここで前日の日記を見返して、たくさんの声をもらったんだという
大きな自信が、雰囲気にのまれないように、自分の起爆剤にしました。
走り始めはQooさんにも教わった「ペースを周りにつられないこと」
を意識しながら、抜かれても気にしないでキロ7分のペースを守って
品川の折り返しまで来ました。
そこでちょっとお手洗い休憩をとったのですが、だいぶ並んで待って
いたら、そこから走り始めたらなんだか足首に違和感が・・・。
「しまったなぁ・・・」なんて不安に感じていたら、そこに楽走メンバー
の応援隊が!ドリンクと飴をそしてなにより大きな元気をもらって、
振り出した雨の中を一路浅草へ。
浅草雷門で大きな浜口親子の応援をもらって折り返したものの、ここ
から銀座までの道がとても長く感じました。
足首の痛みがだんだん足全体を蝕みはじめて、歩く時間が少しずつ
増えてきました。道路の真ん中に止まっては足首と膝をさすり、屈伸
をして、痛みを振り払いたい一心で、前に進む。
そんなときに笑顔で沿道の人とハイタッチすることで、元気を少しずつ
もらいまた、一歩ずつ歩みを進めます。
歌舞伎座で、築地会社前で大きな声援をもらって、目の前に立ち
はだかるはそびえ立つ佃大橋。
この登りに正直足首が今までにないくらいの悲鳴を上げ、思わず天を
仰ぎたい気持ちに、ひょこひょこ歩きながらなんとか橋をこえていき
ます。そしたら沿道から「エアーサロンパス使いませんか?」と声を
かけてもらい、使わせてもらったら「去年走ったんです。なんとか
走りきって下さいね!」という声をもらいました。
それから豊洲に向かい、それでも膝や足首は確実に力を奪われて、
走る時間が少なくなって、当初は5時間を目標にしていたにも
かかわらず、豊洲で5時間を迎えそうになる自分に対する苛立ちに
苛まれていました。
そこで見えるは夢さん、そして楽走大応援団!ここで弱音は吐いては
いけない、何のためにここまで頑張ってきたのか、頑張ってこられた
のは、走りの初心者である自分に声をかけてくれた仲間がいたから。
3ヶ月間一緒に走ってくれて、そしていろんなアドバイスと、笑顔を
かけて送り出してくれた、走ることの大切さ、何より楽しさを伝えて
くれた。
声をかけてくれて、ハイタッチから元気をもらい、走りながらアドバ
イスをもらって。どれほど力になったか。もう迷いは捨てました。
ゴールできるか、できないかではなく、絶対ゴールするんだ!という
気持ちに切り替わり、曲がらない膝にムチをうち、最後の頑張りを
身体の底から湧きあがらせました。
そしてゴールで待ってくれている人のために、足をひきずって、走って
ふただび振り出した大雨の中を、無事にゴールまで走りきりました。
時間は5時間56分。
ここには書ききれないくらいの「ありがとう」を皆様にお伝えします。
参加いただきました。
暑い日の銀座から浅草を折り返し、銀座に戻ってくるコースが
今でも特に印象に残ってらっしゃるようです。
東京マラソン2009後に、ご結婚され、東京から札幌に
移住されました。
体験談は、日記をわざわざこのブログのために、修正して
いただいたようです。レオさん、ありがとう。
以下
22日(日)
いよいよ当日。4時起床。天気はくもり。
6時40分、新宿駅構内へ。
コミュのみなさんと集合し、応援組のみなさんとハイタッチをし、選手である私たちは都庁へ向かった。
都庁で円陣を組み、完走を改めて誓った。
あとは何人かで写真を撮ったり、トイレに行ったり、テレビのインタビューを受けたり、荷物をトラックに預けたりして、いつの間にかスタートブロックに集合する時間になった。
私のブロック、Kは最後尾であり、公園の中だった。
母や友達から「頑張って!」のメールを受け取った。
みんなでおしゃべりをしたり、ワンセグ観たりしているうちに号砲が鳴ったのが聞こえた。
少しずつ私たちもスタート地点に向かって歩いていった。
号砲が鳴ってから、意外にすんなりスタート地点までは進んだ。
たくさんの応援の方がいて、びっくりだった。
「いざたてアスリートよ」の歌声を聴きながらぞろぞろスタートまで歩き、石原都知事の写メも撮ったが、写っていなかった。
ちょうどそのあたりから走れる感じになったので、軽く走り始めた。
スタートロスは14~15分。
よし、始まる!
わけもわからず、あっという間に1キロ通過。新宿東口へ。
少しずつ下り坂となっていったが、絶対にスピードは出さないと決め、ゆっくり走った。
実はスタート直後からトイレに行きたくなり(スタート前に2回も行ったのに)
走ることに集中できなくなり、行くタイミングを考えていたのだが、
中央大学前の仮設トイレがすいていたので、思い切って並ぶことに。
回転も早く、8分くらいのロスで、無事復帰。
目の前に太った人が一生懸命走っているなと思ったら松っちゃんだった。
写メを撮ろうかと思ったが、彼の姿を見て、興味本位で撮る気にはならなかった。
給水もし、少し心にゆとりが出来、神保町ではYMCAもやり、笑顔でしばらくの間走ることが出来た。
そして日比谷。ほとんど疲れはなし。
日比谷からはすでに品川から折り返してきた先頭集団は通過していて、
反対車線にはいかにもアスリートの格好をしている人の間に、牛の着ぐるみやセーラー服の男性が交じり、みんなすごいスピードで走っていった。
谷川真理さんも発見。途中で走るのを止め、誰かを探している様子でした。
10キロのみなさんとはここでお別れ。お疲れ様でした!
ちなみに私の10キロ通過タイムは、1時間28分48秒。
もし10キロに出場してたら、制限時間ギリギリだったことになる・・・。
内幸町で、反対車線にいる樂走のみなさんを発見!
私が折り返す頃にはまだいてくれるのだろうか・・・と思いながらも、会えることを楽しみに、ランを進めていった。
東京タワー、増上寺、東京の名所を観光しながらのマラソン。
幸せだなあと思いつつも、正直言って疲れが始まった(-_-#)
気分転換に、サングラスをとってみた。
応援や、反対車線のランナーを見て楽しませてもらいながら、何とか品川の折り返しを通過。
少し走ったところで、倒れている人がいて、救助されていた。
その人は私が5キロで抜いた松っちゃんであることがわかったのは、帰宅してからであった。
雨が降ってきたし、疲れがどんどん出てきてはいたけれど、
応援で和太鼓で「負けないで」を演奏してくれていて、それで非常に元気が出た。
このあたりで田尾さん夫妻を追い抜いた。
内幸町。やっと帰ってきた。
樂走のみなさんはまだいてくれた。
笑顔と声援、そしてスポーツドリンクとチョコをいただき、(涙が出るほど嬉しかった)
また元気が出た。
20キロを通過し、ケータイをチェックすると、会社の先輩から着信が。
かけ直したところ、浅草橋駅の手前にいるという。
「今は日比谷の帝国ホテル前なので、40分後に行きます!雨の中すみませんが待っててください!」と伝えた。
そして有楽町。中間点をバンザイしながら通過。
なんだかんだいってあっという間だな。
そう思いながらも、「浅草までが前半」という気持ちで行くことを改めて決心した。
中間地点も超え、銀座の町に正午の鐘が鳴った。
ちょうど半分だから、6時間くらいで完走できるかな、と思いながら走った。
銀座←→浅草は、スペシャル練習会で走った思い出のコース。
この日よりずっと暑かったことを思い出した。
ここから給食が始まり、レーズンをいただいた。
そして、浅草橋南で、先輩二人を発見!!
遠くから手を振り、気づいてもらい、近寄った。
東京マラソンを楽しんでくれている様子だった。
励ましの言葉をいただき、次は反対地点で待っていてくれるということで、再び私は走った。
浅草から折り返してきた反対車線に、平井理央さんが走っていた。
すごくたくさんのスタッフ、そして人力車がついていた。
彼女も、11月から走り始めた一人だ。
私以上に努力してきたに違いない。
妹からメールが来た。
「今休憩中!25キロ通過したみたいだね。芸能人には会えた!?風が強いけど頑張って完走だ!」
そして、見えてきました、雷門!!!
右手にうんこビルも見え、やっと来れたと嬉しくなった。すごい応援の人だ。
アニマル浜口親子がいたため、写メを撮った。
これまたかなり元気になった。その後も走れたのは浜口親子のおかげかな?
アニマルさんはテレビのまんま。京子さんはすごくキレイであった。
以前Qooさんから聞いていた、浅草橋で「CW-X頑張れ!!」の横断幕を発見。
その先にさっきの先輩二人&遅れて合流した上司1人に会うことが出来た。
来てくれてありがとうございました。
ついに30キロ通過。ここからは未知の距離。
反対車線では25キロ関門、あと1分です!のコール。
それでもみんな、必死に走っていた。
関門まではみんな走っていた。
このへんから喉がしょっちゅう渇いてしまい、給水ではガブガブ飲んだ。
塩をなめながら。
パワージェルを初めて飲んだが、味はイマイチ(笑)しかし、パワーはついた。効果はすごい。
日本橋で、本田&高岡夫妻を追い抜いた。
やっとの思いで銀座に戻ってきた。
ここからはもう大丈夫!時間はかかると思うけど。
歌舞伎座、築地本願寺を通過し、ここで私設エイドの小さな塩むすびをいただいた。
樂走のみなさんはどこの橋にいてくれるんだっけ??と考えながらゆっくり走っていると、目の前にQooさんがいた。
驚いて近づいたところ、「6時間切れる!頑張れ!!」と声をかけていただき、ゼリー飲料をいただいた。
ありがとうございます。この後のアップダウンの直前、どれだけ元気が出たか!!
佃大橋。
私が樂走の練習会で学んだことは、「走る」ということであったため、実際は歩きの人と同じスピードであったが、一応走って登った。
周りのマンションの子供たちにも声援をいただき、ボランティアのおじさんにも大きな掛け声をいただき、風が強い中、応援の人たちもたくさんいて、苦しいながらも楽しく走ることが出来た。
やっと豊洲に到着。
エイドでエアーサロンパスをかけてもらった。
しかし、やはりこのあたりは歩いている人も多く、本当にきつかった。
足の付け根が痛く、ウォーミングアップが不足していたと反省。
ストレッチしたり、一休みしようかと思ったが、ある意味、早く終わらせたかったので(もったいないけど。。。)、とにかく走ることにした。
東雲橋で、樂走のみなさんに会うことが出来た。これまた本当にありがたかった。
ハイタッチさせていただき、よし!と元気をいただいた。身体はなかなか言うことを聞かなかったが。
ラスト2キロ。しかし速くはもう走れない・・・
給水のたびに立ち止まってガブガブ飲んだ。
しかし、ラスト1キロの表示、そして皆さんの掛け声で、自分でもびっくりするほど力になり、笑顔でしっかり走ることが出来るようになった。
雨風も強まってきたが、大丈夫だ。
カメラにも手を振り、ピースすることもできた。
有明駅の坂も、へっちゃらだった。
CW-Xの横断幕を持っている皆さんに手を振った。
そして、ビッグサイト。幸せを感じながらゆっくり走った。
応援に「ありがとう」と感謝しながら走った。
最後のコーナーを曲がり、フィニッシュまで、終わるのがさみしい、もったいないと感じてしまい、手を上げてゆっくり走っていたが、
フィニッシュの時計を見てもしかして5時間43分台でいけるかも、と思い、最後はダッシュした。
5時間43分59秒で通過できたかできないか、でフィニッシュした。
フィニッシュしたところに、先にフィニッシュしていたhさんがいたので、お互いに完走をたたえあい、一緒に写真を撮って「また会いましょう」とバイバイして、その先に進んだ。
私の速報タイムが5時間44分ジャストであったのを知ったのは、父からのメールであった。
44分は切れなかった。まあいいけど。
その後は、数分おきに、10通以上の、みんなの「完走おめでとう」メール・・・。
「気になってしょっちゅうチェックしちゃったよ」
「テレビで旦那と一緒に応援してたよ」・・・・
雨がひどくなってきた中、計測チップをはずしてもらい、メダルとタオル、バナナやみかん、水やエアーサロンパスをもらっているうちに腹痛がおき、その後は本当にタイヘンな思いをしました。
やっとのことでトイレで着替えも済ませ、これまたタイヘンな思いをしながら無事、何とか帰宅。
母にも電話で完走を伝えました。
最後に。
4ヶ月半の準備期間でフルマラソンが走れるとは、最初は思っていなかったけれど
約2ヵ月後、これはいけるかも!と思い始め、それはそのうち確信に変わり、
そして5時間台で完走することが出来ました。
東京マラソン2009(2010)を楽しもうのコミュ、夢樂堂さん、Pandoraさん、ありがとうございました。
そしてQooさん・・・。
いくらお礼を言っても言い足りません。
いろいろな経験、アドバイスのおかげで、大きな壁にもぶち当たらず、42キロ走ることが出来ました。
スペシャル練習会、参加して良かった。
ありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。
そして一緒に走った皆さん、応援してくださった樂走のみなさん、
ボランティアの方、沿道の方、おうちで応援してくれた皆さん。。。
ありがとうございました。
現在、2010年版は、初フル塾という名称ですが、
2009年版は、スペシャル練習会という名称でした。
ももこさん、熱心に参加してくださいました。
以下
「東京がひとつになる日」
3月22日東京マラソン
おおげさだけどこの日に全て標準を合わせて来た
何故東京マラソンに申し込んだか・・・
建て前は“ノリで”となってるけど本音は
第一回目を術後間もなく病室から眺めていたんです
雨の中カッパ着て寒い中走ってる様子を見て
<何が楽しいんだろう?>って冷めて観てた
第二回目は有明で土日仕事だった
前日の手続き、当日ランナーの人々
<こんなに沢山いるんだ>って全くの興味なし
第三回目何かで目にした申し込み締切日
あと3日で〆切るって時に友達、会社の同僚巻き込み
<どうせ当たらないだろうけど、もし当選したら
やってみてもいいかな?>って程度でエントリー
そしてまさかの当選
正直<ど~しよう当選なのに微妙に嬉しくない>
それでも申し込んだ時点できっと何かを超えたい
今の自分を変えたい気持ちがあったのかも
そして神様がそのチャンスを与えてくださったのかも
って考えたら一気にポジティブシンキング
当選したからにはやるっきゃない
それにしてもここ20年何の運動もしていない
唯一通勤(5分)買い物の自転車のみ
それが42.195km走るなんて出来るのだろうか
前日手続きには娘と行きました
『頑張ってくださいね』とゼッケンを受け取り
<いよいよだなぁ~>と実感しての帰り道から急に
放心状態というかてんぱってきた
食事をしても落ち着かず娘に心配される始末
早く休むように促され布団に入ったのは11時前
眠れない<普段は秒殺で寝れるのに・・寝なきゃ寝なきゃ>
結局うとうとと何回も目が覚めそのうちタイマー予約の
洗濯機が動き出す<まじか~4時じゃん>で目覚まし鳴る前の4時半起床
そして迎えた当日朝
身支度をし味がわからない食事を流し込み自宅を出る
時間前には待ち合わせの新宿南口へ
コミュニティの応援の方々も朝早くから激励に来て下さり
ここでやっとほっとして落ち着きました
都庁に移動中この辺で皆さんブロック毎に別々になるため
円陣を組み(40人位?)掛け声かけたら一気にテンション
私は予想通りの【Kブロック】でしたがエバさん、こぐまさん
leo※reoさん、大誤算さん達と一緒だったので待ってる間も
おしゃべり出来たしリラックス出来ました
そしていよいよ号砲それでもKブロックは動かず
そのうちじわじわと移動(歩き)そして慎太郎が見えた
と思ったらスタートライン“ピッピッピッ”と認識音
私スタート切ったんだこれからの42.195kmを
楽しもうと思ったその時右手でジャンクスポーツのOA
始まり浜ちゃんが居たので大人気なくエバさんと
やってるうちに皆と離れちゃった
エバさんと二人おしゃべりしながらいい感じのラン
飯田橋付近まではエバさんとおしゃべりしながら
いい感じで予定通り娘と友達にも会え梅干をパクリ
再び走り出したがそろそろ自然が呼んでいる~
どこもかしこも行列で何ヶ所か見送ったけどそろそろMAX
泣く泣くエバさんとお別れ寂しいけど限界
風が強い中じっと待つ事20分このロスはもったいないけど
こればっかりは仕方がない(私わりと近いんです)
スッキリしたところでちょっと人もまばらになった道路を
ちょっとあせってでも下手にペースあげすぎちゃうと
後がきつくなっちゃうのでじわじわ追い上げる
見慣れた皇居付近ここで10kmのランナーとはお別れ
日比谷通りを品川に向かって順調に
芝郵便局付近で見慣れたオレンジのTシャツ
お、おざっきーさ~ん
『ももこさんよかった会えて頑張って』
ってハイタッチうぇ~ん嬉しすぎてなんか泣きそう
よ~しパワー貰って足も軽くなった
とそこにジャンクスポーツファミリーのメンバーが
次課長河本・たむけん・ワッキー・あとわからん
河本に握手してもらい『頑張りましょう』って交わし
お先に~東京タワー見ながら品川折り返し通過
今度は娘が待つ銀座へと反対車線を
鬼の形相の松村邦洋すごく辛そうだった・・・倒れたのは
その後だったのか
20km付近で同じく反対車線に
はとバスがそろそろ~と到着(強制送還用)
あれには乗りたくなーいと地味に加速
そして降りだした雨風も強い
日比谷を右に折れたら銀座一気に人が増えた気がする
雨もおさまり合羽を脱いで腰に巻く
四丁目の交差点を左に曲がったら目指すは浅草
そこで『ママ』娘が見つけて声を掛けてくれた
『ママ』の声に何人も振りかえったらしい
それだけママさんランナーが沢山居たんだね
エアサロンパスをまんべんなくかけてもらい『じゃ浅草で』
と再び走り出すと反対車線にすごい取り巻き&カメラ
安田美沙子だはやっ
日本橋を通過して茅場町懐かしい
昔OL時代勤務していたビルの前を感慨深く走る
新大橋通りから蔵前に向かう途中で給水ポイントで
見覚えのある顔<コボさんだ~>
『ももこさん頑張って』ってハイタッチ
なんかすごい元気もらった頑張るぞ~
しばらくするとミヤネ屋の宮根氏がカメラに追われ走ってた
それを追い抜き先に進むとなんとフジテレビの私設エイド
給食(バナナ)は撤収してたので助かり~
一口サイズの塩むすびに少し冷ました味噌汁
美味しかったぁ元気を出して浅草寺目指す
大きなテレビカメラ外国のプレスも来てた
ここから一気に私設エイドが増える飴・チョコ・クッキー・梅干
さすが下町あったかい声援もハイタッチも心なしか多かった
折り返し日本橋経由して銀座へ
タイミングバッチリに娘と会いまたしてもエアサロンパスのシャワー
ここから徐々に足が辛くなってくる
道路の端で屈伸したりストレッチしたりする人が目立ってくる
私も伸ばして何とか歩かないで行こうと思ったら
2度目のnature callこれがまた鬼のような混み様
次まで我慢しようと先へ急いだのが失敗もっと混んでた
ここでも待つ事約20分タイミング悪いったらありゃしない
再び銀座目指して走っているが足の指が痛くなってくる
ふくらはぎ、前腿も痛くなってきた
【医師】のゼッケンつけている人が道路のわきでエアサロンパス
片手に軽くほぐしてくれたので何とか銀座まで頑張れました
何とか銀座までたどりつき歌舞伎座の前で歌舞伎役者に仮装した
そ~さん(まだ直接の面識は無いが樂走で仲間扱い)と
ハイタッチ周辺から『樂走』『がんばれ樂走』って
声掛けてもらったけど誰だかわかんないとりあえずとびっきりのスマイルで手を振って築地に向かう
とそこに友達がずっと追いかけていてくれたらしいけどやっと会えた
ありがと~ハグして再び走り出す
この辺からはスペシャル練習会で走ったコース一週間前と同じ様な天気
皆と走った時の事思い出しながらひたすら走った
築地から入船橋までの間ほとんどの人が飴やら何かしらの食べ物を差し出してくれる
浅草とは違った下町の雰囲気ハイタッチも増えてくる
色んなメッセージボード【スマイル】【目指せ完走】【ビールが旨いぞ】
思い思いに沢山のメッセージをくれる
外国人(観光客?)の方も日の丸の旗持って『ガンバッテクダサ~イ』って応援してくれた
佃大橋にさしかかるころ足はぱんぱんになって膝には鉛が乗っているかの様だった
上り坂は前にぶらさがっているロープを一本一本つかんで引き寄せるように(by小出監督)
よいしょよいしょと走る合言葉は“歩くな走れ”何度も頭の中で唱える
ボランティアの方達も『あと7kmだよ』『もう少しだよ』と力が入ってくる
給水ポイントで水を太腿と膝にかけてなんとか豊洲へ向かう
このあたりはあちこちでイベントをやっていたなんだか賑やか
東雲を右に曲がるところの特設会場のステージでなんともタイミング
よくZARDの“負けないで”を歌ってた
もう気分はこれから武道館目指す24時間テレビのエドはるみ
なぜかうるっときて視界がぼやける
結局遅かったから樂走メンバーには会えないのかなぁ~なんて思ってたら
向こうにオレンジの集団わぁ~いよかった~
皆にハイタッチ元気をもらいました
そのあともちっちゃい子が(4歳位かな?)『がんばれ~ぇ』
『チョコあるよ~ぉ』『げんきがでるちょこだよ~ぉ』って叫んでたので
『元気が出るチョコくださ~い』って言ったら『がんばってねおねえちゃん』って
キットカット貰った <ん~良い子だ>
そこからは何かが降りてきたあと3kmと思ったら自然と足が動きだした
どんどん加速してゾンビの様なランナーをゴボウ抜き
時計を見たら6時間切れる(時計は号砲鳴ってからだからグロス?)
よ~しとばすかここで雨の降りがひどくなる
風は向かい風目に入って痛いカッパが風になびいて破けそう
でも足は止まらないこの先曲がったらもうゴールなんだって思ったら
この時間がいとおしくて切なくなっちゃったけどダッシュでゴールした
横殴りの雨の中熱いものが頬を伝った
やった~って気持ちと終わっちゃったという気持ちが交錯する
記録は5:55:15でしたなんかGO GO GOって語呂がよくない?
目標は完走なんて言ってたけど<時間がもったいなかったな>とか
欲が出てきちゃって次への課題が出来ました
本来ならここでバスタオルとメダルをかけてもらう予定だと思ってたら
雨がひどくなってきたのでどんどん追いやられチップを切ってもらいメダルと交換
バスタオルとバナナ、みかん、ソイジョイ、エアサロンパスミニを順番に貰いました
ここでチップを切ってくれた子、メダルをくれた子、それぞれの配布をしてくれた子
みんな雨の中『お疲れ様でした』って君達だって疲れてるのに
一所懸命な姿に感動してまたうるっそんな涙腺ゆるんだままビックサイトに帰りました
沿道の応援の熱かった事
応援がものすごく力になった事
見知らぬ人と沢山のハイタッチした事
東京がひとつになった
いつも気にかけメッセージやアドバイスしてくれたサワリーマン金太郎さん
優しい笑顔で練習会に迎えてくださった夢パンさん
スペシャル練習会や当日の待ち合わせまで取りまとめてくださったQooさん
一緒につきあってくださった皆さん
ボランティアの皆さん
沿道で応援してくれた皆さん
日頃協力してくれた娘&息子
みんなありがとう
おおげさだけど地球に生まれてよかったぁ~
じゃなくて
東京マラソン走れてよかったぁ~
(完)
で一番弟子として、一番多く練習会に参加し、頑張ってきた、hiromi
さんの日記です。転載許可、ありがとう。
以下
「東京マラソン」
昨日は東京マラソンを無事に完走すること事ができました。
これも今まで一緒に練習してきた皆さん、応援して下さった皆さんがいてくださったお陰です。
本当にどうもありがとうございました。
当日は4時に起き、5時7分の始発の電車に乗って、皆の待つ新宿のドトール前に向かった。
ドトール前に着くと、もうたくさんの人が集まっていた。
そこには、これから一緒に走る人、応援してくれる人など約60人の人が集まっていた。
皆に元気と勇気と、たくさんのパワーをもらった。そこで、友達二人とも合流し、都庁に向かった。
都庁に向かう途中、友達2人とずっと話しながら歩いていたら、気づくと皆とはぐれてしまった。
この先はゼッケンをつけてない人しか入れない所まできてしまい、友達とも別れ、
一人になってしまった。
急いで電話をし、皆の居るところに向かうも、すごい人で、なかなか見付からず、今までに無かった不安が押し寄せてきた。このまま1人だったらどうしよう・・・。
でもなんとか皆と合流でき一安心。
1人だとこんなに不安で、仲間がいるって本当に素敵なことなんだと改めて感じた。
皆着替えやトイレを済ませ、円陣を組んで気合を入れ、それぞれ別れた。
私はMさんと一緒にそれぞれの場所に荷物を預けに行った。
そして、スタート地点に並ぶ前に、もう一度トイレに行っておこうと思って並んでいた。
しかしすごい行列で、スタート地点には8時45分までに並ばないといけないのに、トイレに行っていたら間に合いそうにないということで、トイレは諦め、それぞれのスタートブロックへ向かった。
時間ぎりぎりだったが、Mさんは私のブロックまで見送ってくれた。本当にありがとう。
そして、石原都知事の挨拶などがかすかに聞こえて、車椅子がスタートし、その後マラソンがスタートした。
スタートしてもなかなか動かないんだろうなと覚悟していたが、思ったよりも早く動きはじめてびっくり。そして石原都知事に手を振って皆につられ、走り始めた。
初めは焦らずゆっくり行こうと思っていた矢先、急に左脇腹が痛くなってきた。
まだ1kmも走っていないのに、ちょっと焦った。
でも我慢できるくらいの痛さだったので、左脇腹を押さえながら走る。
そのせいで、1kmの看板を見逃してしまった。
2kmは絶対に見つけようと思い、見つけ、時計を見ると13:43だった。
1km7分ペースで走ろうと思っていたので、まあまあ自分のペースで走れていて一安心。
左脇腹の痛みもやっと治まった。
その後も20kmまではほぼ1km7分ペースで走れた。
10.5km地点には反対側だったが、樂走の皆が応援して下さっている姿を発見し、元気をもらった。
そして品川を折り返し、20km地点で、樂走の皆がいる所に行き、ハイタッチをし、飴、氷砂糖、元気、勇気をもらう。
20km過ぎると、徐々に腰が痛くなってきた。
今まで練習をしてきて、腰が痛くなったことは無かったのでびっくりした。
段々とスピードが落ちて20km~25km地点までは1km7分半ペース。
腰の痛みも段々とひどくなってきて、何度か立ち止まって腰を回したり、伸ばしたりしながら走った。
すると今度は段々と足、膝も痛くなってきた。
26kmくらいからは走ってはいるものの、ほとんど早歩き状態で1km8分ペースにダウンしてしまう。
でも27km地点にボランティアで参加していたKさんに会い、ハイタッチをして元気をもらい、少しペース取り戻せた。
でもやはり段々とペースが落ち、30kmまでは歩かず走りたかったが、あまりの腰の痛さと足の痛さに、とうとう歩いてしまう。
30km地点にQさんがいるとわかっていたので、どうしても走ってる姿を見せたかったが、走れず、歩いてる姿をみせてしまった。すみません。
でも2、3km歩いたお陰で、またゆっくり走れるようになった。
そして佃大橋に入る前にQさんがウィダゼリーを差し入れてくれた。本当にうれしかった。
そして難関の佃大橋がやってきた。なんとか頑張って走ろうとするものの、また足が止まってしまった。
ここはしょうがないかと歩いて、走ってを繰り返し、37kmからまた徐々に走れるようになった。
そして、38km地点で樂走の皆さんの最後の声援を受け、まだ出し切っていなかった力が出てきて、そこから最後まで、また1km8分ペースで走ることができた。
ゴールまであと1kmという看板が見え、段々と涙がこみ上げてきた。
あとちょっとで終わってしまう。今まで練習してきたことや、一緒に練習をしてきた人一人ひとりの顔が浮かんできた。
そして段々とゴールが見えてきて、最後は両手を挙げて5時間31分14秒でゴール。
皆への感謝でいっぱいだった。本当に感無量だった。
そして数分後、一緒に練習を頑張ってきたlさん、Mさんがゴールしてきて、感動を一緒に味わった。
本当にうれしかった。
私は今回の東京マラソンが、人生で初のマラソンだった。
マラソンがこんなにも人に感動を与えてくれるだなんて知らなかった。
私のマラソン人生は今始まったばかり。
私はこれからも走り続けます。
2008年を走ったオカさんの日記、掲載許可いただきました。
かなり詳しく書いてあり、参考になります。
ご協力ありがとうございます。
以下
東京マラソン総括1
ミーハーなあたしが東京マラソンに応募したのは、銀座中央通りを走りたいと思ったからだ。
だけど、当選メールが来て「そうだ!応募してたんだっけ」と
思うくらい小さな気持ちだった。
日記(10月13日付)には軽く書いたが、最初5分走るともう
息も絶え絶えの状態だった。走っては歩き、歩いては走る。
もうクタクタだった。
自転車と違って全然楽しくない。風を感じられない。
そんな感じで1ヶ月すぎた。
11月中旬ころから、仕事のあと多摩川CR往復8キロを走り始める。
この頃の1キロラップ7分くらい。明らかに年上のおっちゃんに抜かされてた。
しかし脳からへんな汁が出てきたのかこの頃から、日課になってくる。
そして東京マラソンの前にお試しで、どこかのレースに出てみようと
考えはじめる。
12月になり、いろいろ忙しく長い時間がとれない。
相変わらず、多摩川CRを走ってる。タイムはあまり伸びない。
スピードを上げると心拍も150以上になる。
来月、谷川真理ハーフマラソンに出ることを決める。
東京マラソン総括2
年もあけ、東京マラソンまであと1ヶ月半。
読んでいる「マラソン完走プログラム」によれば
ハーフマラソンもマラソンと同じペースで走ること。1キロ7分で
走り2時間10~15分で走ればよい。ということになっていた。
それを踏まえ
前哨戦の「谷川真理ハーフマラソン」に出場。
荒川CRをまさか、足で走ることになるとは思わなかった。
結構大きな大会で参加者1万人。駅から人人人だ。
大体、予定通りのタイムで走れたので満足。
多摩川CRの距離を伸ばし10㌔を走りはじめたのもこの頃。
まぁ何とかなるだろーと考え始めたのもこの頃。
しかし、大きな落とし穴が待っていた。
東京マラソン総括3
1月下旬、参加案内も届き気分も盛り上がってくる。
練習も最終段階。走行中にスピード上げたり、ちょっと坂を登ったり
2月になって最初の日曜、大雪で走れず。
平日は、多摩川CRの生活。試験の一夜漬けじゃないんだからとわかっていても、いつもより強度を上げる。
最後の3連休(2月9日~2月11日)
土曜日は、用事もありまた雪の予報だったので走らず。
日曜日は、朝からLSDで20kほど走る(昨日の分もと)
月曜日は、ジムに行き走る。また昼サイクルジャージの防寒テスト
あとは、また多摩川CRを平日走ろうと考えてたら
12日。風邪引いちゃいました。
娘のピーがどこからかもらってきたものです。コンコンしてたので「こっちに来るな」言ったのですが
じゃれ付いてました。
日記では、強がっていましたが熱は37℃あり(平熱35.8)、喉は痛いし
頭もボーっとしてました。(仕事はしていた)
果たして、風邪が抜けてくれるのか時間との戦いでした。
東京マラソン総括4
風邪を引いてから、連日東京の家(会社の隣)に泊まり、なるべく外に出ないようにしていた。
14日動けるうちにエントリーしてしまおうとビックサイトに行く。
ボーっとしていたが、気持ちは前向きになる。
前日(土曜日)、たまに咳きこむがだいぶよくなった。
もう一日寝れば、大丈夫という気がしてくる。
こうなると、色気が出て
少し走ってみることにする。
コースは、初心にかえって最初の多摩川CRコース。
少し重たい感じがしたが、1キロラップは、6分30秒。
走れてうれしい気持ちになる。
でも自分が走っているのは、切迫感から。
走らないとマラソン完走できないと思っているからなのです。
まぁ4ヶ月前より余裕ができていますけど、楽しいなんて
ことはありません。
東京マラソン総括5
マラソン当日、5時半起床。風邪は抜けてくれたようだ(自分の運に感謝する)
朝ごはんは、起きてすぐ食べれないので駅前のオリジン弁当でおにぎり2個。行儀悪いが電車の中で食べることにする。
最寄駅から電車に乗ると、前に座ってるおじさん(70以上)が東京マラソンのバック持っているので、声をかける。そうすると要領をえない。横にいる連れの方の話だと、何でも広島から兄弟の家に泊まりに来て参加するのだとの事。ボストンにも出場したこともあるらしい。耳も年でだいぶ遠いんだとか
がんばるな~
新宿に着くともうランナーだらけ。
都庁に向かって歩きだす。地下街や歩道のわきでみんな着替えやら
アップしている。
あたしも、適当な場所を探して着替え、荷物の整理。
エリア内(新宿住友ビルあたり)は、ランナーのみの立ち入り。
荷物を預け、ミールサービスへ。パン、バナナ、ソイジョイなど
食べ放題。
そんなことをしているうちに もうスタート時間になる
東京マラソン総括6
出発
スタートは「J」ブロック。アルファベットの「A」からで最後方。
30000人の最後です。
ただ人が並んでいるだけで、マラソンのスタートという感じがしない。
スタートの9時10分。号砲は全く聞こえず10分くらいしてやっと動きだす。結局スタート地点を通過したのは16分後。
人垣がすごい。つくづくすごい大会だと思う。
1㌔くらい走ったら「あと41キロ」の看板を持った人がいた。
思わず笑ってしまう。
3キロあたりで
タスキをしている人がいるので誰かと思ったら
ニッポン放送のアナウンサー垣花さんでした。
声をかけたら、もうクタクタらしい。
飯田橋あたりにグルメな方々が応援されているとのことお会いできなければ、失礼になるので歩道の方をキョロキョロ
ヘルメット発見。まだ5キロあたりですので、まだ元気。
今度、日比谷あたりとのこと
日比谷あたりは、10㌔コースのゴールにもなっているので人垣は何重にもなっている。声援も多い。
スターはいつもこんな感じでいるのだろうか
日比谷ではグルメな方には会えず。
次は15㌔あたりに、中学、高校の友達がいるはず。
先を急ぐ。東京タワーが正面に見えている。
本当にこれ東京観光マラソンだなぁ
泉岳寺で、よっし~さん発見。
ハイタッチして、「いい ペースだぞ」と言われー
その先には、Sさん達が。
これでとりあえず、応援のかたにお会いできてノルマ達成。
mokaさんには会えなかったけど、彼女はボランティアとして
がんばっているはず。
あともう一人、応援してくれるはずだった友達が、交通事故のため
骨折してしまってる。15号線沿いなので、彼のマンションまでコースをはずれ
お見舞い兼トイレタイム。テレビ見て、「先頭はもう佃大橋か、諏訪は5位か~など」
だから15キロのラップが遅いのよ~(笑)
品川を折り返して、また友人達に会い元気をもらい進む。
足が軽い。1キロラップ測ったら、5分30秒。これ明らかにオーバーペースすぐ速度落とす。
初めて走ってて気持ちいいと感じる。それはそうだ、これだけ舞台が揃っていて悪い訳はない。
東京マラソン総括7
中盤
20キロをすぎ、中間点。(まぁマラソンは35キロが中間点と思えとも言われてますが)
そして天賞堂をすぎ、和光を曲がる。とうとう銀座中央通り。対面からも浅草を折り返して来たランナーが多数いる。やはり速い人の走りは違うなぁと感じつつ、雷門を目指す。
しかしここからが長かった。走っても走っても浅草に着かない。
ふと戻ってくるコースの標識が・・・29キロ。こちらはさっき26キロをすぎてるからあと1キロ半くらいかぁと思ってると
出ました人形焼きの給食。でも私設エイドの黒糖に手が伸びてしまいました。
そうこうしているうち、浅草寺です。テレビカメラがあったのでとりあえず手を振ってみる。
そして折り返し、すごい人、すごい歓声です。応援が暖かい。
ボードに「ここまで来た、あんたはエライ!」なんて書いてありました。
声援に力をもらって、走ってますが、足が痛い。腿(もも)がひくひくしてます。
走らないと完走にならないので、我慢して走るのですがとうとうあの29キロ標識のところで歩いちゃいました。
東京マラソン総括8
100メートルくらい歩いていると、どこからか「タキシードっ がんばれ~」の声。どこぞのお兄さんから声援もらいました。
「そうだ。みんなもがんばっているんだ」と自分を奮い立たせ
また走り始めます。
日本橋コレドでSさん達が応援すると言っていたっけ、あまりふがいない格好をしていると○○家の恥さらしになるので、
給食のアンパンをかじりながら、がんばる。
そうすると、コレドの手前でグルメな方々に遭遇できました。
もうヘロヘロだったのですが、みんなに勇気と力をもらい走りだす。
足も軽くなったようだ。
そうすると、コレド前でSさん達にお会いしまた力をもらう。
本当に、ここでみんなに会えたことは、うれしかった。
タイムをみるともうダメダメだけど、走る気持ちを失わなかったのは
みんなのおかげ。 感謝!感謝!
東京マラソン総括9
歌舞伎座の前では、マラソンコミュの人が歌舞伎役者の格好で応援してるとの情報。
いるかな~と思ったら、いた。
真っ赤なかつらに、真っ白のメイクとても目立ってる。
あたし、指差しして ミ ィ ク シ イーーー と一言
そうしたら彼も み く し いいい と歌舞伎の感じで返してくれました。そしてお互い笑顔。
全然知らない人だけど、この人にも力をもらい。走ります。
そしてマラソンの中間点といわれる35キロをすぎます。
そして最後の坂、佃大橋です(橋のたもとにテリー伊藤がいました。)
歩いている人多いですが、あたしは必死で走ります。
まだみんながくれた力が残っているんだなぁ
そして39キロを越え東雲あたり
ここでがんばれば、5時間切れるよ~と声援が聞こえます。
そうだがんばるんだと思ってると
なぜか、泣けてきました(本当です)
自分で誓いをたて、それを貫徹するために、自分なりにがんばってきた。それが現実となるうれしさ、自分はがんばり屋じゃなかったはずなのにと頭の中をかけめぐった。
有明のテニスドームを曲がり、あと1キロ。最後のサポーターの人垣みんな一生懸命応援してくれる。
フィニッシュゲートが見えてきた、
必死に走るけどもうヘロヘロ走りです。
そこにラテンの音楽、そうですサンバおねいさんが横で応援ステージで盛り上げてます。
あたしは、ノコノコ手を振るためにおねいさんの近くへ
(周りをみるとそんなこやってるのあたしだけ)
なんだ、まだ力残ってるじゃん自分。(単にスケベおやじなだけ)
ゴールはなるべく派手に手を上げようと決めてました。
その通りゴール。
完走できるのかわからなかっただけにうれしかったです。
もうクタクタでしたけど
なんだかんだで、自分のマラソンな4ヶ月は終わりです。
さて次は何をやろうかな