有吉正博先生
東京学芸大学陸上競技部監督であり、群馬大学名誉教授の山西哲郎先生と並ぶ市民ランナー指導のパイオニアであり、私の恩師でもありますが、本年度をもちましてご退職となります。
昔は「ご退官」でしたが、独立行政法人になったので、「ご退職」になったんですね。
今でこそランニングブームで、市民ランナーを指導するコーチはあちこちにたくさんいますが、20年も30年も前にそんなことを、ほぼボランティアでやろうというのは考え付きもしなかったことだったかと思います。
そもそも、市民ランナーなんかは好きで勝手に走ってるんだから、一体なにを指導するのか~と。そんな感じでしたね。指導される方だって迷惑だろう~とか。
女子マラソンの黎明期だった当時、国際女子マラソンが創設されるも出場者がいない…。大学はもちろん実業団もほとんど見向きもしない中、トップ市民ランナーを集めてなんとかしよう~という試みで、日本陸連主催の合宿が開催されたりしていました。
そのご指導をされていたのが有吉先生だったのですが、たぶん面倒くさかったんでしょう、私達の強化合宿とこの合宿を合同でやったりもしていたものです。
おかけで私達も学生時代には当たり前のように市民ランナーの皆さんと交流する機会があり、普通の学生アスリートではあり得ないような経験もたくさんしてきました。
いくらなんでも学生アスリートと女性市民ランナーが合同で、、、と思いきや、蓋を開けてみると、全国から選抜されてきたおば…いや、ご婦人方、お姉さま方の強いこと、強いこと!!!
この頃のメンバーには、事実上の日本最高記録(まだ女子マラソンの記録が公認されない時代)保持者だった村本みのるさんをはじめ、後にオリンピック・マラソン代表となった宮原美佐子さん~(この頃はまだフル3時間台の普通のOL)~後に日本選手権で入賞するくらいのスピードランナーに超大化けした広浜良子さん(この頃はまだキャリアも浅く、マラニックでは落ちこぼれ気味の困ったちゃん状態)等々、金のタマゴがごろごろしていたものです。
なんだかよくわからないけど、おば…いや、ご婦人方、お姉さま方に煽られながら走る~30キロでも40キロでも付いてくる…なにこれ???
これが私の女性トップ市民ランナーに対する原体験です。
有吉先生は、卒業後も、指導者転身の道を開いていただいたり、日本陸連関連のお仕事をさせていただいたりと、大変お世話になりました。
教え子には、トップアスリートとして活躍した選手も少なくありませんが、教員養成大学ですので、一線で陸上指導者として活躍する人が全国に山ほどいます。
また、私やウチの渡嘉敷コーチ、マラソン完走クラブの中田くん等、市民ランナー指導の志も脈々と受け継がれています。
ご退職後は「NO PLANというPLANがある」とおっしゃる有吉先生。まだまだご活躍を期待しています&これまで大変お疲れ様でした&ありがとうございました。