スパルタスロンが終了した。


今年は、かなり熱かったようだ。


そのため、完走率も25%くらいのようだ。


完走者は72名。


うち日本人は13名だ。


例年、30~40%の完走率が今年は一段と


悪かったようだ。


私の知人も軒並みリタイアしたみたいだ。


スパルタスロンは天候によってかなり完走が


左右される。


2007年を最後に参加していない。


機会があれば、また参加したいものだ。


完走者は下記のページで。


http://spartathlon.gr/participants.html



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 モンブラン完走記 ③


自分たちも列に並んだ。


すると、後方から見覚えのある顔が近づいてきた。


トルデジアンでお世話になった鶴橋さんだった。


モンブランではボランティアをすると言っていたので、


ここに現れても不思議ではない。


挨拶をして、御門が情報を仕入れていた。


体育館の中に入ると、順次手続きをしている。


緊張しながら、我々も進んだ。


まず、本人確認のためにパスポートを提示した。


デポジットのために€20支払った。


次に、必携品のチェックだ。


私は『帽子、雨具、ライト、パスポート』くらいだったが


御門は執拗に点検されたらしい。


帽子はホテルに置いてきてしまったが、


「ホテルにある」と言うとOKだった。


だから、全部を持参するべきだ。


その点検用紙にサインして、次に移動した。


そこでは、バッグと手にタグを付けられた。


やっとのことゼッケンの入った封筒を渡された。


最後に参加賞のTシャツとゴミ袋を貰って全てが終了した。


近くに安全ピンも置いてあった。


これで、出走できるようになった。


「ホッ」とした。


 一度ホテルに帰り、レース用荷物を置いた。


そして、マクドナルドで昼食にした。


いつものように家族と自分に葉書を書いた。


「どの国に行ってもマックの味は変わらない。


こんな所がアメリカの凄さだろう」と一人感心した。


ユーロがなくなったので、両替に行くことにした。


聞くと郵便局で出来るように言っていたが、


実は郵便局では出来なかった。そのといめんに


両替があった。


1€=103.88円  だった。


ホテルなどでも出来ないので、ここだけかもしれない。


その後帰ってレースの準備に取りかかった。


ハイドレーションは持ってきていたが、メーカーの


ブースでデモンストレーションをしていたので


それにトライした。どれだけ、このメーカーの物が


強いかを見せるためだった。


自転車の空気入れで空気を入れて、何分で爆発させ


られるかという物だった。


私のタイムは『2分38秒』だった。


記録としては良かったので、新品を頂いた。


一度も使用したことがなかったが、今回はこれを使うことにした。


ディパックに必需品や食料を入れたりした。


そして、ゼッケンも指定の所に付けた。


一枚しかないので、裂けないようにしなくてはいけない。


そんなことをしている間に夕食の時間になった。


あっという間だった。


近くのパスタ店に行った。


今日のディナーは『グリーンサラダ、マルゲリータ、


ボロネーゼ、コーラ』にした。食事はいつも御門と


半分にして食べた。


味は、普通で大したことはなかった。


店が混んできたので、ホテルに帰った。


少しだけ、明日からのレースのことを話して消灯にした。


ベッドに入ったのはPM11:00だった。



つづく



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モンブラン2012 完走記②


シャモニーの第一歩はバスでホテル前で降りた。


宿泊は「メルクール・ホテル」だ。


本館ではなく、別館だった。


シャモニー駅のすぐ横にある。


チェックインして、部屋に入った。


このとき時計を見ると日本を出て24時間経っていた。


長い旅だった。


荷物を置いて町の散策に出た。


初めての町は、興味が湧いてくる。


夕食は御門が決めたレストランに入った。


メニューを見てもフランス語が分からないので


ウェイターを呼んで決めた。


レッドワイン、サラダ、チーズフォンデュだ。


どれも、まずまずの味で納得した。


ワインはフルボトルだったので、良い気分になった。


ホテルに帰って、そのままダブルベッドに入った。


疲れもあって、一瞬にして夢の世界へ。


8/30(木)

6時前には起き上がり記録を取った。


6:30から散歩に出た。


まだ、早い時間らしく人通りは少なかった。


帰って朝食にした。


このホテルのバイキングは言うことなしだ。


メニューも豊富でどれも美味しかった。


だから、あれもこれもと思って取ってしまい


満腹になった


部屋に帰って、選手登録の準備をした。


必携品を全て持って、スポンサーが出している


ブース会場に行った。


どこが受付会場かも分かっていなかったからだ。


そこの「マウントフジ」が出しているブースに日本人が


居たので聞くことにした。


すると、このブース横の川沿いを上っていき


モンブランのアーチを抜けて右に折れると


ノースフェイスのアーチがあるのでそこが受け付け


会場になっていると言うことだった。


時間は9時45分だったが行ってみると、もう並んでいた。



つづく



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モンブラン完走記 ①

8/28(火)

 高知空港→伊丹空港→リムジンバス→関西国際空港

こんなルートで関空に着いた。

関空についてチェックインは何時か確認して、一緒に行く

御門に時間をメールした。

予定よりも早くにチェックインが始まった。

すると、御門も現れてチェックインした。

そして、両替をして夕食を食べに行った。

1€=102.08円

空港内にあるラーメンの「神座」で食べた。

女房に「今から、行ってくるき」と電話して携帯の

電源をオフにした。

出発時刻の1時間前にもかかわらず機内に入った。

定刻の23:30には関空を離陸した。

「いよいよだな」と一人、気合いを入れた。

機内では機内食が二度でた。

時間をもてあましたが、映画を見たり寝たりした。

エミレーツ航空だったので、ドバイで一度トランジットした。

関空→ドバイの所要時間は10時間だ。

かなりの時間があったが、ゲート前で待っていた。

ドバイ発8:55だったが1時間の遅れが出た。

それがなぜだか分からなかった。

やはり、機内食は二度出た。

ブレックファーストとランチだ。

ジュネーブには、現地時間の午後PM2:30に到着した。

飛行時間は6時間20分だ。

バッゲージレーン 4に行き、荷物をピックアップした。

出口はそのレーンの後ろ側にあった。

ジュネーブからシャモニーまでの足は決めていなかったので

どうするか思案した。

まず、バスを探した。すると、モンブランの掲示があったので

そこへいき聞いてみた。大会用のもあったが

リザーブしていなかったので、横にあったアルピーバスのを

予約した。一人€35であった。

PM3:30の予定が15分遅れで出発した。

10人乗りのマイクロバンだ。

2時間くらいと聞いていたが、1時間30分でシャモニーに着いた。

初めてのシャモニーは小雨が降っていた。


つづく





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 家庭訪問 3


 四万十川を渡り、具同から国道に入る。


少し走ってから、どうにも我慢できず喫茶店で


水道を貸して貰い、頭から水をかけた。


そうすることで、気分が少しだけ良くなり


頑張れる気がする。ここからは、コンビニの


位置も分からず、元気が出にくいのだ。


平田の宿毛工業高校まえのコンビニで休んだ。


それ以前にも2度、路上で横になった。


まったく、気力が湧かない状態にはまっていた。


それでも、平田に入り国道から左に曲がる。


そうすると、道路標識に「三原村まで9km」と言う


表示が出てきた。「よし、あと9kmや」と少しだけ


元気を取り戻した。


残り少なくなって来たにもかかわらず、登に入った。


身体が悲鳴を上げる。「勘弁してほしい」と。


しかし、進むしかない。


また、嫌になり途中、横になった。


ここで、初めて生徒の母親の携帯に電話した。


「約束の時間より30分遅れます」と。


そして、少しでもその時間を短縮すべく登りだした。


ダムまで上がると登は終わりかと思っていたが、


何のことはない、その先にまだ待っていた。


なかなか苦しめてくれる。


やっとの思いで、家庭環境の地図に


出ていたガソリンスタンドが見えた。


「やっと来たか」と思い、それを右に曲がる。


次に目指すは「お店」だ。


これがなかなか遠く、出てこない。


途中、ディレクターが「先生、訪ねてみては?」


と言うので、近くにいたおじさんに尋ねた。


おじさんの言うのと目指していた方向が違う。


仕方なく、生徒の母親の携帯や自宅電話に


電話したが出ない。これには、かなり腹が立った。


「ここに来て電話にでんとは」。


でも、我慢した。


それでも、目指していた方向に走り出した。


やっとの思いで、お店らしき建物を見つけた。


そして、橋を二つやり過ごせば生徒の家が見えるはずだ。


そんなことを考えながらゴールを目指した。


道路の左手にアマチュア無線のアンテナを立てた


家を見つけたときには「やっと来たか」と思った。


その家の横で「杉本さーん、杉本さーん」と大きな声で


叫んだ。何度か呼ぶうちに生徒が返事をした。


やっとゴールできた瞬間だった。


庭の前の小川に入って身体を冷やした。


雨で増水していて、濁って汚かったにもかかわらずである。


そして、家庭訪問の話になり無事終了した。


走る空手マンのブログ


色んな出来事があり、ハプニングもありの家庭訪問だった。


こんな馬鹿な人間が居ても面白いと考えている。


誰にでも出来ることをしていては、普通人になってしまう。


それも嫌なのだ。


なにより、その家庭に大きなインパクトを与えたい。


そして、生徒の成長に少しでも影響が与えられるといい。


そんなことを考えながらの家庭訪問なのだ。

また、一つ良い体験が出来た。


皆さんに感謝いたします。


特にOBの諸君には言葉では言い表せないくらいです。


ありがとう ありがとう ありがとう


所要時間  17時間29分33秒


杉本さん  ありがとうございました。



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