3月9日
今日は、女房とランチに行った。
春野ハ-ベスト。
パスタランチだ。
麺の固さはokだ。
サラダバ-は種類が少なすぎです。
パスタの量も少なかった。
ここのオ-ナ-は、大したものです。
色んな事業を手掛け、頑張っています。
地域に大いに貢献している。
私も親しくさせて頂いています。
お世話にもなっています。
パンもかなり、美味しい。
皆さんも一度、足を運んでみては。
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3月9日
今日は、女房とランチに行った。
春野ハ-ベスト。
パスタランチだ。
麺の固さはokだ。
サラダバ-は種類が少なすぎです。
パスタの量も少なかった。
ここのオ-ナ-は、大したものです。
色んな事業を手掛け、頑張っています。
地域に大いに貢献している。
私も親しくさせて頂いています。
お世話にもなっています。
パンもかなり、美味しい。
皆さんも一度、足を運んでみては。
第1回 高知龍馬マラソン 最終回
起床は、いつもより早めに起きた。
準備は前日にしてあったので、問題はない。
女房お手製のおにぎりを食べて腹ごしらえ。
なべちゃんは、サプリを何種類か服用していた。
それが恒例のようだ。
出発準備をして、家を出たのは7時過ぎだった。
スタート地点は、混んで渋滞するだろうと
旭駅前まで行き、電車に乗り換えた。
升形でおりて、集合場所の城西公園へ。
もう、かなりのランナーが来ていてうごめいていた。
私たちもトイレに行ったり、軽くアップをしたりした。
荷物預けの時間が、8:15までなので走る準備を
してトラックに荷物を預けた。
この時に、なべちゃんとはぐれた。
スタートはブロックごとに別れていて、私となべちゃんは
Aブロックだったので並んだときには、同じ位置にいた。
このブロック分けは、自己申請なのでいい加減だ。
スタート時間は9時なので、時間はかなりある。
それから、スタート地点へ移動した。
まず、升形の電停まで。そこで一時待つ。
そして、また移動する。電車通りに出て、グランド前に。
そこが、スタート地点でゲートがあった。
待っていると谷川真理さんが選手に声をかけながら
歩いてきた。アドバイスなのだろう。
そうして、電車が入ってきた。
それに、高知県知事が乗っていて何かしゃべったと思うと
スタートのピストルを鳴らした。
開会式らしきものはあったのだろうか。
スタートして高知市の中心地の公道を遠慮なく走る。
これは、かなり気持ちが良い。
沿道には、応援者が鈴なりにいて声をかけてくれる。
予想に反して、かなりの人数で驚かされた。
良いペースで、進んだ。
知寄町で吉田先生、上村さんに声をかけて頂いた。
高須では吉村さんが手製の横断幕を準備してくれ
応援をしてくれた。
また、介良では岡上さんも横断幕を作ってくれ
奥さんと応援してくれた。
こんな事が元気をくれる。
県内のレースでこんなに応援をしてくれたことがないので
嬉しかったし、力になった。
国道から、右に折れて県道に入った。
10km地点のラップを見てみると良いペースで
走れていた。
『この調子、この調子』と自分に言い聞かせながら
走った。
15km地点でもペースは変わっていなくて良い感じだ。
ところが、初めのトンネルを出たあたりから左足に
違和感を感じだしていた。
足の裏にマメが出来てきていた。
まさかとは思ったが、仕方ないことだ。
ニューシューズを足馴らしもせずにいきなり、レースに
使うのが可笑しいのだ。
それが、段々響いてくる。
20kmを過ぎると、右足の裏にも出来はじめた。
何ということだ。
痛みにこらえながら、ハーフの距離を通過した。
この時点では、3時間10分を切れる時間の
ような気がしていた。
しかし、そうはさせて貰えなかった。
このコースの最大難所は、浦戸大橋だ。
足の痛みに耐えながら登っていると
どこから来たのか、吉村さんが奥さんと来てくれていた。
力にはなるが、この足の裏の痛みはどうしようもない。
登って下り出すと目の前には太平洋がドーンと広がる。
この景色は言うことなし。
近くの小学生の野球チームが大声で声援を送ってくれる。
有り難いことです。
花街道の直線は気持ちが良いが飽きてくる。
でも、この沿道にも応援者がいて頑張ることが出来た。
両足の裏が痛くて歩きたくなるところだが、沿道の声援で
歩くことが出来ない。そんな有り難さを感じながら
進んだ。
30kmを過ぎたあたりで、左足のマメが
『ブチ』という鈍い音を立てて裂けたのが分かった。
『あー、これどうなる』と言う感じで、諦めそうになった。
しかし、諦めるわけにはいかない。
ビッコを引く感じで、走った。
その影響が、今度は右足の膝の後ろが攣りだした。
『えー、どうなってんだ』と思うと同時に
止まって足を伸ばした。
ニューシューズで走ったばかりにこんな状態に
自分を追い込んでしまったことを悔いた。
走り出しても違和感はぬぐえない。
我慢あるのみだ。
歩くのよりは、早いかなと言ったスピードで
ゴールを目指した。
さずがに、春野陸上競技場が見えたときには
『後わずか、頑張れ』と自分に言い聞かせた。
競技場への最後の登りも歩くことなく走れた。
競技場に入ってラストラン。
ペースアップしようにも足が痛い。
でも、気持ち良くゴールテープが切れた。
達成感は十分あった。
痛みに耐えたことも良かった。
その後、なべちゃんがゴールするのを待っていた。
ゴールしても足の裏が痛かったので、医療班で
処置をして頂いた。
競技場でなべちゃんが入ってくるのを待った。
もう、5時間が経過すると言うときに麦わら帽子が
競技場に入ってきた。
彼は、調子が良ければ4時間30分。悪ければ5時間。
と言っていた。良かったはずなのに5時間かかろうと
していた。
競技場の出口で、出てくるのを待っていた。
待てど暮らせど出てこない。そこに電話がかかった。
競技場の中で朝日新聞に取材を受けているとのこと。
『はよせえ、待ちゆうがぞ』と一喝。
出てきて、朝日新聞の方と一緒で記念撮影を
して頂き私も取材を受けて帰り支度をした。
今日は、ホテルに宿泊する予定だったので
その『土佐御苑』まで送ることにした。
今日、完走パーティーを予定していたので
急いだが間に合いそうにない。
予定の4時には間に合いそうにない。
でも、シャワーくらいは浴びたかったので
なべちゃんの部屋でシャワーを利用させて頂いた。
そして、会場の「葉牡丹」へ。
応援して頂いた吉村さん、完走した森田さん
一人フルマラソンをした武樋さん、そして私、なべちゃん。
で、楽しく過ごした。
二次会はなべちゃんのために「ひろめ市場」へ。
ここは、私は花粉症と疲れでダウン寸前だったので
先に帰らさせていただいた。
今日一日、本当に良い一日になりました。
これも皆さんのおかげです。
ありがとうございました。
また、『高知龍馬マラソン』で会いましょう。
記 録
0- 5km 21’52”
5-10km 22’19”
10-15km 22’48”
15-20km 23’25”
20-25km 24’59”
25-30km 27’17”
30-35km 30’11”
35-40km 30’56”
40 -ゴール 15’15”
3時間39分02秒
総合順位 422/3495 位
第1回 高知龍馬マラソン ①
本題に入る前に、うちに宿泊した人物との
関係から書きます。
8,9年ほど前に私のホームページの掲示板に
書き込みがあった。
その人物のニックネームが『紋別のなべちゃん』だ。
マラソンの走り方などの質問だったように記憶している。
それから、何度かやりとりしたがいつの間にか入って
来なくなった。
昨年の秋にフェイスブックに『福島のなべちゃん』で
友達申請が入った。何も考えずに了承した。
すると、実は『紋別のなべちゃん』だと言うことが分かった。
それから、フェイスブックでのやりとりがあった。
その中で、「高知龍馬マラソン」に参加したいが
どんな大会なのかの質問があった。
『私も参加する』と伝えると、なべちゃんも参加する
ようになった。そこで、私が『うちに泊まれや』と書き込み
なべちゃんが『お願いします』でうちで、宿泊するようになった。
顔も知らない、電話でも話したことがない者を宿泊させる
ようにした。無謀というかいい加減というか。
それが縁で彼は、高知新聞で大きく取り上げられるようになった。
それがこれだ。
大したものだ。
この新聞に載って初めて、顔と年齢と職業が分かった。
レースの前日に高知に入ってきた。
高知大丸前で待ち合わせをした。
すぐに分かった。
お昼に近かったので『三宅』にうどんを食べに行った。
かなり気に入ったようだ。『こんな、美味しいうどんは
福島にはありません』と言って、大盛りを平らげた。
そして、桂浜に観光に行った。
やはり、高知と言えば坂本龍馬である。
大会の名前にも入っているくらいだから。
そこで写真を誇らしげに撮った。
この身体で走れるのかと疑問に思う方も居るだろう。
桂浜を散策していると、怪しい奴が座っていた。
その者に私が声をかけた。
『どうした?』
『自転車で日本一周中ですが、自転車が壊れました』と
言ったので『私の自転車をやる』と言うと、一瞬考えた。
『実は高松の○○輪業で買うようにしています』と言った。
『高松まで、どうやって行くんだ』
『ヒッチハイクで行きます』
『今時期、なかなか乗せてくれないぞ。ましてや、
お前みたいに汚いと』
そんなやりとりがあって、
『私の知り合いで、龍馬マラソンに来る者が居るので
その者に聞いちゃお』
と連絡を取った。
すると、その彼は『家族出来ているが一人なら大丈夫です。
まして、先生の知り合いなら』。
私は『私の知り合いではなく、怪しい奴やぞ』
『見て、嫌なら乗せんでえいき』と話した。
電話番号も教えて、高松の人がゴールする時間には
春野の競技場に行って電話するように伝えた。
そして、その怪しい奴とは別れた。
その怪しい奴は
こんな奴です。どこかで見かけたら・・・・・・・・・・
その後、受付に中央公園に向かった。
受付には知人が何にもいた。
各メーカーのブースを見て回ったときにシューズの
ブースでアディダスのシューズが目に付き、履いてみた。
すると、綺麗にフィットした。
そのため、気に入り購入した。
このときは、このシューズを履いて走ろうとは
思っていなかった。
家に帰り、女房になべちゃんを紹介した。
そして、朝日新聞の取材があった。
それが、この記事です。
それが終わってから、軽くジョグに出た。
その時に、『明日、今日買ったシューズで走ろう』と
考えた。これが、大きな間違いで命取りになる。
その後、なべちゃんが目立つようにと麦わら帽子を
買いたいと言いだし、ホームセンタへ。
二軒目でやっと手に入った。そして、大事な『復興』を
書いた物を忘れていて、それも準備したいと言うことに
なり、生地屋さんに出向いた。
閉店間際だったが、何とか調達できた。
この店の若旦那が私を知っていて、生地の提供を
受けた。どこでも、事が上手く運んだ。
ひょっとして、これも彼の人徳かもしれない。
夕食はカーボローディングだ。
スパゲティーを三人前ペロリ。
その間、胸に付ける『頑張れ福島』『たちあげれ福島』を
必死で書いていた。
ところが、福島の字が福鳥になったりして
ホントに福島県民かと疑うほどだった。
そして、睡眠。
あっという間に”イビキ”の世界に入っていた。
今日は”アッ”と言う間の一日だったのだろう。
疲れもするはずだ。
次号へ続く
第16回 クラブウルトラ 最終回
解散した後に、私は風呂に入った。
この岩本寺には本当にお世話になっている。
奥様には、20年も前からの付き合いで
気持ち良く利用させて頂いている。
以前には、食事も提供して頂いていた。
前回から、お風呂や和室、境内の使用をさせて
頂けるようになった。
お風呂もソソクサに出て、帰り支度をして
車に飛び乗った。当然私の運転だ。
今回も表彰式をレストランを借り切って
行うようにしてある。
生徒たちが主役なので、彼らに良い思いをさせて
やりたいのだ。
そのため、直接会場に行かないと間に合いそうにない。
開会までの間に『完走賞』を作成しなくてはいけない。
大急ぎで会場に出向いたが、時間がない状態だった。
それでも、完走賞を作りながら色んな準備の
打ち合わせをした。
急遽、キャンセルした方も居ててんやわんやの状態だ。
そうこうしている間に定刻になった。
今回は、現役のお母さん方に全てをお願いした。
完走パーティーが始まっても『完走賞』が出来上がらない
状態で進んでいった。
やっとの思いで『完走賞』が出来たので、授与式を
行った。
順位が下位の方から呼び上げ、渡していく。
総合一位は「チーム宇田」であった。
これも新しいことで、これはこれで良かったのでは
ないかと思っている。次回は駅伝チームは
制限を設ける必要がある。
今回の完走パーティーは内容が多く「アッ」と言う間に
時間が来た。
その間、賭をしていた森田さんが断髪式をした。
そして、私もジャンケン大会を用意してあり
モンブランで買ってきていた物を提供した。
その中にドバイで買って置いた時計も入っていて
提供するはめになったのには「やられた」。
しかし、素晴らしい時間を皆さんと共有させて
頂きました。
参加して頂いた皆さんありがとうございました。
また、楽しみましょう。
遠くから参加頂きました佐藤夫妻に
感謝します。
ありがとうございました!!!
クラブウルトラの記事を書いて頂いているブログ
千夏さん
http://ameblo.jp/aloha-summer/entry-11473976786.html
佐藤さん
山崎さん
http://pub.ne.jp/kinomokei/?entry_id=4759693
第16回 クラブウルトラ ④
いつものように、走っている選手の応援に出た。
最終ランナーはどこを走っているのかの
確認のためもある。
今年は、中学3年がよく頑張った。
応援に出ても、もうそこまで来ていた。
誰に対しても、大きな声で「走れ、歩くな」
を連呼する。車のスピードを緩めて、いきなり
声を出すものだから、他のドライバーには
大迷惑なことだろう。そんなことはお構いなしだ。
七子峠まで来たときに、「ここまで来ていない選手は
制限時間に間に合いそうにないな」と思った。
3人のランナーが、まだ登り切っていなかった。
久礼坂の登り口まで下るとそこに一人いた。
OBの藤崎だ。
テーピングを巻いているところだった。
「早くせえー。歩いたら間に合わんぞ」と声をかけて
岩本寺に引き返した。
次のランナーは、やはりOBの瀬川だった。
これも間に合わないだろうと思った。
次に、岡上さんだ。ギリギリの時間になる。
そんなことを思いながら、声をかけて回った。
岩本寺に帰って、ランナーが帰ってくるのを
お風呂にも入らず待った。
制限時間が近づきはじめ、まだかまだかと
気にしながら待った。残り3分くらいのところで
岡上さんが帰ってきた。
大歓声が起こった。
他の二人は結局、間に合わずにピックアップされて
帰ってきた。それでも、最後20mくらいは走った。
そうして、クラブウルトラが終了した。
記念写真を撮って、解散となった。
今年のクラブウルトラも素晴らしいものになった。
参加頂いた方はもちろん、サポートして頂いた方、
スポンサーの方、色んな方に支えられての
一日だった。
ありがとうございました。
来年会えることを楽しみにしています。