高知龍馬マラソン 2014 完走記
2/16(日) 9:00 スタート
先週、『クラブウルトラ』を走って膝の痛みが増していた。
病院に行って診察をしてもらうと「炎症」で、水もたまっている。
「龍馬マラソン」は止めておけと言うことだったので「棄権」する
事に決めた。
前日の土曜日、仕事で職場に出た。そこで、高知新聞を
読んでいるとスポーツ欄に異種目の選手も参加という記事が
あった。そこを読んでいると私も記事になっていたのだ。
「えっ」と言う感じだった。
「棄権するつもりだったのに、どうしよう」
と思いながら、受付だけはしておこうと思い受け付け会場に。
「参加賞だけはもらっておこう」と思っていたのだ。
せこいけど8000円かかっているのだ。
この日はサッカーの教え子たちとの「30年ぶりの同窓会」。
その会場に着いてから決めた。
明日は「出場する」と。
「記事にして頂いて、期待されてスタートラインに立たないのは
男ではない」膝の悪化も覚悟の上で走る事にした。
フルマラソンという距離は、普通では走れない距離だ。
しかし、記事に出た以上は中野と言う人間を見せる必要がある。
そんな思いからだった。
「NAKANO DAYS」と名を打った同窓会の席上でも宣言した。
その夜は二次会にも参加して帰宅した。
朝が早いので明日の準備をして早々に就寝した。
大会当日。
昨日の同窓会で頂いた記念品を今日のレースで使用する事にした。
この顔、冴えない感じだ。
女房に電停まで送ってもらって、電車でスタート地点まで。
クラブウルトラが終わってから1mも走っていないので
不安だらけだった。それに膝の痛み。
荷物を置いて武道館の周りを軽く流してみた。
走れない事はなさそうだ。後は、どこまで耐えられるかだ。
荷物をトラックに預けて、スタートラインへ。
すると、空手の弟子の片岡、土居が応援に駆けつけてくれた。
有り難い事だ。土居は、大阪からの応援だ。
スタート地点は申し込みのタイム順になっている。
S,A,B,C,D,E,Fのように。
私は、「今年は3時間ジャストで」と思っていたのでAブロックだ。
開会式も終わり、電車通りの大通りに移動する。
尾崎県知事のピストルでスタートが切られる。
9:00 スタート
膝が痛むので前半は無理をしない。
やはり、メイン通りを走り抜けるので気持ちが良い。
今年も沿道にはたくさんの応援者が出ていた。
電車通りから右に曲がり高須へ。
今日はかなり風が強い。かなり苦しめられそうだ。
とにかく、まず10kmまで。そこまでいったら次を考えよう。
と決めていた。
5kmごとのラップを取ってみた。すると、思いの外走れている。
この調子なら、行けそうだ。
潮見団地を越して、右折する。それからはコースは細くなっていく。
それでも、近所の方々が出て応援をしてくれる。
それから、また大きく右折する。香長中学校の裏を走る。
中学生が出て、大きな声で応援してくれる。今年は珍しく
エイドに「ブロッコリー」が置いてあったり竹輪があったりした。
エイドの食べ物も充実していた。
前回大会の時には、15km地点くらいから足にマメが
出来てきたのを感じていたが、今年ははき慣れたシューズを
使っていたのでそんな事はなかった。
空港線の三里に出たときには痛み止めを服用した。
そして、山場の浦戸大橋へ突入。急な登りではあるが
短いので苦にはならなかった。下り出すと太平洋が気持ち良く
迎えてくれる。気持ちの良い瞬間だ。
ここからは、抜かれる事はあまりなかった。その逆に
抜く事が多くなった。先行していた選手に疲れが出てきたのだろう。
花街道を淡々と進んでいく。
ここらから、固形物を取った。バナナ、ゼリーなどだ。
後半にエネルギー切れが起きてこないように。
仁淀川河口の折り返しからは、疲れを感じていた。
ペースダウンしてきた。「ここを頑張っておかないと」と
自分に檄を飛ばした。
春野に入って、わずかになってきたが足が進まない。
まあ、仕方ないか。走っていないのだから。
しかし、まだまだ行ける。
ところが、ここに来て左ふくらはぎはピクピクして来た。
立ち止まったりしていないのに「危ない」と思い止まって
足を伸ばした。結局、残りわずかになってそんなシーンが
二度あった。
ゴールの陸上競技場が見えた。
最後の登に入った。さすがに進まない。力が出ない。
力を振り絞ろうにも力がない。
やっとの思いでゲートをくぐった。
残り400m。
ところが、トラックに入ってもふくらが。
止まって、足を伸ばすしかなかった。
普通だと最後のダッシュが出来るはずなのに出来ない。
しかし、ゴールゲートが。
ゴーーール !!!
かなり厳しかったが、完走する事が出来た。
大したものだと自分を褒めてやった。
こんな状態ではあったが4時間を切っていた。
荷物を受け取るときに今日、応援に駆けつけてくれた
片岡、土居、壬生に会った。嬉しい事だ。
君たちに感謝します。
ありがとう!
おかげで、完走する事が出来ました。
吉田先生も交えて記念写真をパチリ。
大変でしたが、良い一日になりました。
また一つ、良い経験を積む事が出来ました。
これも、皆さんのおかげです。
これからは治療に専念します。
記 録
タイムリスト
| 計測ポイント | スプリット | ラップ |
|---|---|---|
| Start | 00:00:15 | |
| 5km | 00:24:57 | 0:24:42 |
| 10km | 00:50:54 | 0:25:57 |
| 15km | 01:17:45 | 0:26:51 |
| 20km | 01:44:44 | 0:26:59 |
| 21.0975km | 01:50:30 | |
| 25km | 02:11:52 | 0:27:08 |
| 30km | 02:38:51 | 0:26:59 |
| 35km | 03:05:59 | 0:27:08 |
| 40km | 03:34:29 | 0:28:30 |
| Finish | 03:48:06 | 0:13:37 |
個人記録詳細
| 出場種目 | 男子50歳代 |
|---|---|
| 距離 | 42.195 km |
| タイム(グロス) | 3:48:06 |
| タイム(ネット) | 3:47:51 |
| 種目別順位 | 101/724 |
| 総合順位 | 650/3866 |
サッカーの教え子たち
2014.2.15 『NAKANO DAYS』と銘打ち
30年前までサッカーを指導していた時の
教え子たちと同窓会を行った。
私は「どんな顔して、みんな来るのだろう。そして、参加者は居るのか」
考えていた。
大変、嬉しいような懐かしいような感じで、当日を迎えた。
幹事をしていた者は今も家族付き合いをしている。
彼などが色々考え手配をしてくれていた。
当日も、準備が整うまで入り口で待たされた。
時間が来て会場に入る。
幼いころの面影が残っているもの、誰か分からない者。
それぞれだった。
この日は「龍馬マラソン」の前日のためアルコールは控えている。
と宣言した。が次々に次に来て、困った。
みんなの口から出てくる言葉は「あの時、ティーチャーにあんな事
された。こんな事された」と私が忘れている事ばかりが出てきた。
そんな話しで、つきる事がなかった。
記念写真や記念品まで頂いた。
本当に素晴らしい時間で感謝しても仕切れないくらいだった。
昔の写真のスライドも準備していて、懐かしく嬉しかった。
あの頃、本当にサッカーを知らなかったが必死だった。
どうにか強くして、勝たしてやりたいと考えていて無謀な事も
かなりしていた。
そんな時代を耐えた彼らは、より素晴らしい。
結果は、サッカーでは県で優勝する事は出来たが
四国までは行っていない。
高知市の駅伝大会では陸上部を差し置いて準優勝、
県では今一だったと記憶している。
彼らが、高校に上がり高3の冬の全国選手権では
高知県で初めてベスト8まで上がった。
そんな、彼らと30年経ってもこうして会える事が
何と幸せな事か、感激でこの日の素晴らしさは忘れる事は
ないだろう。
参加した諸君 ありがとう !!!
第18回クラブウルトラ 完走記 最終回
結 果
| ゼッケン | 選手名 | 時間 | 分 | 秒 | 順位 |
| 0 | 走る空手マン | 6 | 59 | 51 | 1 |
| 2 | 笹岡 康宏 | 7 | 22 | 22 | 2 |
| 1 | 吉田 隆一郎 | 7 | 47 | 10 | 3 |
| 25 | 壬生 智博 | 8 | 10 | 15 | 4 |
| 12 | 川島 正人 | 8 | 10 | 16 | 5 |
| 4 | 宇田 武彦 | 8 | 12 | 2 | 6 |
| 6 | 武樋 泰臣 | 8 | 12 | 2 | 6 |
| 7 | 吉村 学 | 8 | 12 | 2 | 6 |
| 8 | 大﨑 宏明 | 8 | 12 | 2 | 6 |
| 10 | 森岡 学 | 8 | 12 | 2 | 6 |
| 17 | 野町 直秀 | 8 | 18 | 18 | 11 |
| 27 | 大崎 隆寛 | 8 | 47 | 36 | 12 |
| 29 | 松村 直紀 | 8 | 58 | 37 | 13 |
| 30 | 西岡 和起 | 8 | 58 | 37 | 13 |
| 31 | 濵田 流空 | 8 | 58 | 37 | 13 |
| 21 | 土居 千真 | 9 | 11 | 39 | 16 |
| 5 | 森田 悟 | 9 | 16 | 15 | 17 |
| 28 | 大崎 雅也 | 9 | 32 | 47 | 18 |
| 24 | 岡上 空広 | 9 | 33 | 55 | 19 |
| 16 | 馬詰 秀夫 | 9 | 35 | 29 | 20 |
| 11 | 森田 和枝 | 12 | 16 | 15 | 21 |
| 20 | 小松 健太郎 | 12 | 34 | 31 | 22 |
| 22 | 宇田 陵平 | 12 | 34 | 31 | 22 |
| 19 | 竹平 誠 | 12 | 35 | 56 | 24 |
| 9 | 辻 功 | 13 | 48 | 45 | 25 |
| 3 | 山崎 和行 | リタイア | |||
| 13 | 前田 悟志 | リタイア | |||
| 14 | 瀬川 晃一 | リタイア | |||
| 15 | 山崎 潤也 | リタイア | |||
| 18 | 片岡 優一 | リタイア | |||
| 23 | 岡田 晃一 | リタイア | |||
| 26 | 合田 宗司 | リタイア | |||
| 32 | 清岡 夏好 | リタイア |
大切なことは、チャレンジすることです。
来年、お待ちしています。
道の駅『あぐり窪川』に来ても、先行する岡上を
とらえることが出来なかった。
四万十町の街に入る最後の登りとトンネル。
やっとの思いで通過した。
下れば、後わずか。
焼き肉店を右に採り、信号を左に曲がる。
そして、突き当たりを右に曲がると最後の300m。
道路に出ている関係者が見える。
最後の力を振り絞って、ラストラン。
岩本寺の入り口を左折し山門が見えた。
拍手で迎えてくれ、石段を駆け上がって
山門にタッチ。
ゴーーーーール !!!!!!
時間はかかったが、思いの外走れた。
そして、かなり疲れた。
手を清めて、岩本寺の奥さんに挨拶。
いつも気持ち良く使わせて頂いていることに感謝。
気持ちだけの参加賞のTシャツを贈呈した。
今年も、大広間やお風呂を利用させて頂くことになった。
本当に有り難いことだ。
その後、クラスの生徒を呼んでいたので今後のことを境内で
両親と生徒の4者で話し合った。
そして、お風呂に入って走っている者を応援に出かけた。
一人一人に声をかけながら、走ってきた道を戻る。
最後尾を探すのに苦労した。
また、岩本寺に戻りながら声をかけていく。
制限時間が近くになり、路上でタイムアップの時間を待つ。
午後4時が来た。
競技の終了だ。
サポートが居ない者をピックアップしていく。
練習不足で、力足らずだったのだ。
岩本寺に帰り、記念撮影をしてこれからのことを説明した後
解散にした。
岩本寺にお礼を言って、高知市内へ帰る。
今年も良い『クラブウルトラ』だった。
これも皆さんのおかげです。
ありがとうございました。
来年、また会いましょう。
つづく





















