【共同通信杯】世界名作劇場 | 魂剣石をも切る

魂剣石をも切る

世に灯篭切りといふ。江戸時代剣聖とうたわれし一文字流神泉正宗が家康に請われ一度だけ御前にて石灯篭を一刀両断。以来三百余年剣道界に於いて幻の業とされこれを極めたるものなし。不可能を可能とする意の“魂剣石をも切る”といふことわざはこれをいふなり。

2024年2月11日 共同通信杯




記憶に残る共同通信杯のひとつに

「フランダースの犬」が放送開始し

「世界名作劇場」がスタートした年

1975年2月9日



当時はまだ

東京4歳Sという名前だった


同じ菅原泰夫騎手を主戦とし

同じ逃げの脚質だった

2頭の後の二冠馬が

最初で最後の対峙したレース



生で見ている世代ではないが

伝説の名勝負として知っている



後の二冠馬2頭

菅原騎手はこの年

春のクラシック完全制覇を

史上初めて達成する



この時は

テスコガビーに騎乗している


カブラヤオーは所属厩舎の馬で

師匠である茂木調教師の助言もあってのこと




スタートでは

テスコガビーが速かったが

ハナを切ったのはカブラヤオー


後に語られる

カブラヤオーの臆病さは

菅原騎手は知っていて

来たカブラヤオーには行かせる展開にする



直線カブラヤオーが外によれたこともあり

テスコガビーにとって苦手の道悪もあり


結果は

1着 カブラヤオー

2着 テスコガビーとなった




二冠を達成した2頭は

ともに三冠目を目前に故障


テスコガビーに至っては

1年の休養を経て復帰後1戦して

その後の調教中に

心臓麻痺によりこの世を去ってしまった




カブラヤオー産駒の唯一の重賞ウイナー

ミヤマポピー

そのたったひとつ制した重賞は

エリザベス女王杯



カブラヤオーが力を振り絞り

ビクトリアカップを目指した

テスコガビーへの

鎮魂歌の勝利だったかもしれない



2024年の共同通信杯は

べラジオボンド


先週は内で恵まれる馬も多かった

最内枠から好位で進めれば…

前走新馬勝ちも1番人気なら信頼可能