病院との連携「終末期在宅ケア連携ツール」
病院との連携
在宅ケアの推進『終末期の安心看護システム』
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問題は診療所ばかりではない。患者が退院する病院との連携も重要だ。だが、病院側には在宅ケアを担う地域の医療機関情報がほとんどない。
袖岡さんが入院していた病院も、在宅療養支援診療所がどこにあるのかを把握していなかった。
厚生労働省は、医療機関の個別の情報を網羅した「医療機能情報の公表制度」の創設を決めたが、本格稼働は2008年度から。桜井医師は「在宅療養支援診療所などの情報公開を早急に進めるべきだ。
また、病院側も、適切な支援があれば最期まで在宅療養ができることを理解する必要がある」と話している。
医療機能情報の公表制度
専門医の数や対応可能な在宅医療など、病院や診療所の情報を都道府県がまとめて公表する制度。
新しい医療計画では、がんや脳卒中などの分野ごとに、急性期から在宅まで、具体的に医療機関の連携体制を構築することになっているが、情報公開により、住民・患者の選択を支援し、医療機関の連携を促進する。
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在宅ケアの推進『終末期の安心看護システム』
(2006年12月13日 読売新聞)
在宅終末期ケアの課題は「教育支援」
課題は教育支援
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在宅ケアの推進『終末期の安心看護システム』
がん末期患者が自宅で生を全うするのは、現状では難しい。
がん患者の在宅死の割合は、日本人平均の半分以下の6%にとどまる。
背景には、がん末期患者の在宅療養を支える技術や知識の普及の遅れがある。
宮城県で先進的な在宅ケアに取り組む岡部健医師は「緩和医療の教科書ができたのは約10年前。多くの医師が知らないのは当然」と話す。
がん患者の訴えに応じることのできる開業医らを増やそうと、教育支援の試みも始まった。
宮城県は11月、県医師会との共催で「在宅医療研修会」を始めた。希望する開業医約70人に緩和医療の役割や麻薬の処方技術などを講習するほか、訪問看護・介護事業者や病院看護師らの研修も行い、在宅チームケアの体制整備を目指す。
国も、地域の特性に応じた在宅医療整備マニュアルづくりや、教育システム構築のための研究チームをスタートさせる方針だ。
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がん患者の思い 「最期までカッコよく」
がん患者の思い
普及遅れる緩和医療
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在宅ケアの推進『終末期の安心看護システム』 (2006年12月13日 読売新聞)
袖岡さん(奥)を往診する桜井医師(左)。治療方針を話し合いながら決めている。手前は妻の紀子さん(兵庫県尼崎市で) がんで亡くなる人は年間30万人超に上るが、最期まで在宅で療養できる人は少ない。がん末期の在宅ケアを進めるには、診療所の医師に対する疼痛(とうつう)緩和などの教育支援や、地域の病院や介護事業者との連携体制整備が欠かせない。(本田麻由美)
最期までカッコよく
「痛みは薬が効いてて問題ないんやけど、今度は下痢がつらいわ……」
11月17日、大腸がんのため、兵庫県尼崎市の自宅で療養中の袖岡勲さん(61)は、リビングルームのベッドに腰掛け、往診に訪れた「さくらいクリニック」の桜井隆医師に症状を訴えた。
袖岡さんは、6年前にがんが見つかり2度の手術を行った。腹膜に再発して抗がん剤治療を受けていたが、病状が進行して腸閉塞(へいそく)を起こし、10月に緊急入院した。
「病院にいても点滴と服薬だけ。もう治らへんのなら妻や子供がいる家に帰りたい」と袖岡さんは希望したが、病院の主治医は「腸閉塞が再発する恐れもあり、在宅で大丈夫か」と及び腰だった。
そんな時、妻の紀子さん(64)が偶然、がん患者の在宅生活を支える桜井医師をテレビで知り、病院に引き継ぎを依頼して、10月末に退院した。
「がんの症状に家でもきちんと対応してくれる先生に巡り合えなければ、とても不安で連れて帰れませんでした」。紀子さんの目には、入院中と比べ、夫の表情が見違えたように映る。
袖岡さんも、がん治療をあきらめたわけではないが、「病院より家の方が快適や。だけど、痛みでつらいだけでは意味がない。不快な症状は何とかしてもらって……最後までカッコよく生きたいんや」と話す。
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