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悲しくも苦しも生き続ける日々〜かつての光を目指して

何気ない日常の中に全ての運命を覆すような出来事にまで発展していくことがある。あの日、あの時、あんなことを言わなければ、しなければ、気づいていたら、なんてことを今更思う。そんな日々を綴り、見てくれた人、自分も含めて何か学べればと思います。


しこりの痛みが何だったのか分からないけど、

とりあえず問題ないことが分かったので、とりあえずほっとした。 






 その頃には、12月になって、最早クリスマスとかの時期になっていた。 





 クリスマスは、確か寿司取って食べた記憶がある。

 いつも通りのことだ。





 年末はいつも、毎年のように精肉店に行って、高い肉を買ってすき焼きを食べていたから、例のごとく買って食べることにした。 




 今回は、足りないかもしれないからと、欲を出して、他のスーパーでも高い肉を買って食べることにした。





美味しく食べれたけど、食べ過ぎて、胃がもたれてしまった。。。




妻「ごめん。明日の実家の挨拶に行けないかもしれない」


オレ「まぁ、しょうがないよ。オレ一人で行くからさ」




案の定次の日は、胃がしんどい状態となり、オレ一人で実家に行くことになった。




毎年自分の実家に帰って年始は、顔合わせ。姉ちゃんたちも実家に帰ってくる。




仕事柄、オレは年末年始は交代で休みをもらっていて、年末休んだから、年始は仕事で、夕方以降に実家に向かった。



ちなみに、自分の誕生日が年明けと同時にやってくる。


なので、誕生日は、あけましておめでとうと同時で、あまり特別感はなくて、誕生日プレゼントとかも、お年玉だったりする。



昔の話だけど、小さい頃友達と遊んでいて、友達が誕生日パーティーするから来ないか?みたいなのがあって、一度行ったことがあり、行ったときにすごく楽しかった記憶がある。



その時に自分の誕生日は、年始だから、皆忙しいし出来ないよなぁって思って、羨ましかった。



まぁ、今は何とも思っていないが。





そして、実家に着いて、皆で挨拶して、寿司とオードブルみたいなのを食べ、酒を呑みながら話をした。




酒の呑む席って皆開放的になって、言いたいことを言い始める。


そして、酔った勢いから


父「子供は作らないのか?」


オレ「、、、そうだね、、。」


父「なんで?」


オレ「いやぁ、いいんだ。」


母「子供いると違うよ。後々のこと考えると」


オレ「まぁ、それは分かるけどさ」


義兄「結婚した意味ないじゃん?」




そんな事ないと思うけど、

オレ「いやぁ、そんな事ないっすよ」



このやり取りが頭のなかに残っていて、

どうしても離れなかった。



今となっては、このやり取りがきっかけでまたオレの心のなかにとどめていたものが動いてしまった。



そして、同時に妻に対する気持ちがもうないに等しい位、小さいことを感じた。



もう、手遅れだよなぁ。



そう思ってもう、心のなかで諦めている自分。



変えられない運命というものに縛られている感覚。



とりあえず、話はそれ以外も話をしたが、大概仕事の話とかで終わる。



そして、オレは代行を呼んで、自分のアパートへ帰った。



帰ってからは、とりあえず自分のなかで色々なことを考えた。



妻は、付き合い当初から

子供のことを話ししてきて、


妻「私は、子供はいらないって思ってる。昔、実家で3人の兄弟の世話をしてきたから」



オレ「いや、いいよ別に。」



俺もその時は、今の妻に対して好きという気持ちがあったか。


そんなことはどうでもいいとさえ思っていた。


けど、付き合っている中でも、時々子供の話をしたりして、いつの間にか自分のなかで、やっぱり子供が欲しいなぁ。って思う自分がいた。


妻も今こう言ってるけど、いつか気持ちが変わってくれるんじゃないか?とか淡い期待をしていた。


でも、結局時間だけが過ぎて、何も変わらなかった。


それから、時が経つにつれ、子供の話をしたりすれば、無理だよみたいな感じで。






だよねぇって。






今は、もう正直妻と一緒にいることが苦痛になってきていて、我慢を自分のなかでしてきていた。






このままでいいのかと







実家で話しをされて、余計に思ってしまった。






このままじゃだめだと思い始めていた。






もう、隠さずに正直な気持ちを言って、








サヨウナラをしたいと決めた。




久しぶりに投稿します。


10年以上経つかな。


それぐらい時は流れて、今自分は38歳になる。


このブログは、今の自分に至るまでの日記。


今自分にとっては、辛く悲しい日々が続いてます。


後悔している自分がいます。


あのときこうしていなければと。未来は変わっていたのかなって思う。


そんなことを書きます。






第1部

2020年

コロナが蔓延して世の中の色んなことが混乱してみんなの職場や家庭が大きく変化した。


ニュースとかでは、コロナのワクチン接種が順々に進んで、皆ワクチン接種を受けに行っていた頃。


今となってはこのコロナがある意味きっかけで色々狂い始めた。


仕事の方もリモートワークが増え始め、自分の職業がらリモートワークの影響で工場に勤めているが出荷量が大きく減って、売上に大きな影響を受けた。


これからどうなるのか…。

不安になり始めていた。


妻の方も仕事を接客のパートで働いていたが、コロナの影響で人との接触をなるべく避けたいこともあり、辞めることにした。


妻は専業主婦になって、基本的には家にいることが増えた。





そして、、


妻と1週間分の買い物をしていた時だった。



「今日のお昼は何にしようか」


自分はラーメンが好きでラーメンコーナーを見ていた時、辛い麺のプルダックが目に入った。


当時、韓国のブームで辛いものブーム

プルダックポックンミョンという辛い麺が流行っていた頃。

妻は、辛いものが好きで、何度か食べていた。

自分も一緒に何度か食べたことがあるが、かなりの激辛で、胃を保護するために先に牛乳を飲んでから、食べるようにしていた。


そんな記憶が頭をよぎって、妻に


「プルダックあるよ?食べたら?」


今となってはだが、

この一言から悲劇の始まりの合図となった。





妻は「・・・そうしようかな。」




あまり乗り気じゃない感じもしたが、まぁいっか的な感じで、買ってアパートへ帰った。




買い物したものを冷蔵庫に入れて、片付けたら

オレはラーメン。妻はプルダックを作って

お昼を食べた。


いつものように食べて、自分は早食いなのかすぐ食べ終わり、妻はゆっくり食べるのが好きでゆっくり食べていた。


食べ終わっていつも通り、

一息ついていた頃。


時間が経つにつれて、


妻「なんか顔が熱い」


オレ「ん?そう?」


妻は、頬がそもそも赤みがやや普段からあるため、熱いと言われても、あまり見た目ではそう見えず、触ってもあまり熱く感じなかった。


しばらくして、

妻「やっぱ顔が熱い。腫れてきてる感じがする。」


オレ「そう?あまりそう見えないけど・・・」


そんな感じで、オレは素っ気ない感じで、あまり気にしていなかった。


その後、妻が自分の顔を鏡で見た時


妻「やっぱ腫れてきてる!」

オレ「マジで?・・・。そうかもしれない。」

妻「頬に冷えピタ貼る。」

オレ「そうだね。」


貼ってしばらく様子見ても、腫れが引く感じではなかった。

流石におかしいと思い始め


妻「救急に連れてって!呼吸もなんか苦しい。」

オレ「マジで?・・・。」

妻「早く!!」

オレ「分かったよ!」


その日は、土日で病院はやっていない。

救急に行ったことはなかったが、電話して、自分が運転して連れて行くことになった。


病院に着いて、着いて待っている間に

妻の顔がパンパンに腫れ上がっていた。


不謹慎だが思わず、噴き出しそうになるくらい笑えるくらい顔が腫れ上がっていた。


誰かにボコボコに殴られたんじゃないかっていうくらいに。


病院の先生からは、病名とかなんとか特に言われてなかった気がしたが、結局時間の経過で腫れは引いていき元には戻った。


一安心したけど、その日から

辛いものを食べると、呼吸が苦しい感じの症状が出るようになったようで、、、


最初は、あまり気にせずにカレーとか色々食べに行っても問題ない感じがしたけど、だんだん実感してきて、もう前みたいに食べれない感じがして。


かかりつけの病院に行って、血液検査をしたら

ピロリ菌が引っかかった。



別な日に胃カメラを受けることになった。


結果、

慢性胃炎と逆流性食道炎だった。 

原因としては、ピロリ菌が原因でなったっぽいけど、、、


妻は、その日から薬を飲みながら胃に優しい物を食べるよう言われた。


ピロリ菌は、小さい頃に井戸水とか飲んでいたりすると保菌していたりして、ストレスを媒介にして強く出るようになるらしい。


その日から寝たきりとまではいかないが、ほぼ横になって、小粥とか胃に優しいのを作ってあげた。


その頃にはまだ、今のような地獄が待っているとは思いもしなかった。

この出来事は、あくまできっかけでしかない。



身体がだんだん痩せてきた。


もともとやや太っていた事もあって、ちょうどいいくらいの体型になった。


だんだん胃の方は回復してきて、良くなって来たけど、まだ完全ではない感じ。この出来事は、3月くらいからだったかな。それから約6カ月くらいの月日が経った頃、今度はまた別な問題が起きた。


今度は、右脇の下が痛くなり、触ってみるとしこりのようなものを感じたようだ。


妻「癌かもしれない。。。」


オレ「えっ?いやいやいや、ありえないよ。

   そんな大きいものでもないし、違うと思うよ」

妻「そんなの分からないじゃん。」


オレ「分からないけどさぁ、、、」


そんな感じで、また別なところが気になり始めて、町医者の内科で診てもらったら、確かにしこりがあるから、一応紹介状を書くからってことで、日赤の血液内科で診てもらうことになった。


それが、10月くらいだったかな。。


妻は、病院が大の苦手で、一人で行くのが怖くて着いてきてほしいと言われる。

まぁ、基本的に病院が好きな奴なんていないだろうけど、俺も仕事している中、何回も休みたくはなくて、、、

仕事と私どっちが大事なの!?って言われたりもした。


オレは、どうしたらいいのか。頭が痛くなってきていた。


でも、会社休んで、何度か着いて行って病院で診てもらった。


血液検査で問題はないが、一応CTを撮って見てみますか?と言われた。


そう言われれば、じゃあお願いしますとなる。


そして、検査の日までまたビクビク不安になりながら、待つ。


その不安がまた身体を蝕んでいく。


この負の連鎖。一体どうしたらいい。


検査の日。


二人で病院に行って、受けた。

結果は、特に問題なし。


まぁひとまず良かった。

でも、終わったあとも、しこりの痛みはあって、

じゃあこの痛みは、なんなの?ってなる。


そしてまた不安になる。

そしてまた頭がおかしくなってくる。


この負の連鎖がまた始まる。


終わらない。


どうしたら、この負の連鎖を断ち切ることができるのかな。



ここまでが2、3年くらい前の話。


これはまだ序の口。


本当の地獄はここから始まる。