今日も国政調査のおじさんが調査票を回収している。自分は郵送したので回収にこない。誰が未回収か知っている国家とは恐ろしい。 とりあえず、名前、住所、生年月日、会社名、電話番号は取られた。昔から取られているのでどういうこともないが。将来は携帯番号も取られるのだろう。そういう意味では「マイナンバー」も極めて怪しい。ドラゴン桜のいう「社会のルールは頭のいい奴の都合にいいように作られているんだ」ということだ。これなどもわかりにくくしながらも、これで大儲けしているのがいるのだろうな。
若い女性が殺人事件に巻き込まれている。ごく短期間に。小平の看護師さんとか、入間の女子大生、それ以外にでも多すぎてどれがどれなのかわからなくなる。犯人は男。なにか悲しくなる。人が人を簡単に殺してしまう。ある意味闇である。これは世紀末である。しかし本当に男はつまらない。その点、女性は生きているだけで幸福ではないかと思えてくる。特に美人の人は。
ヤフーのコメント欄などみるとぼろくそである。「亀田化」と「亀田よりマシ」との意見しかない。ボクシングそのものは完璧だったと思う。すなわち、防御主体。相手を完全に見切る。そして的確なパンチ。しかし深追いはしない。だってカウンターを食らう恐れがあるから。そういう意味では面白い試合ではない。自分自身も「大食い選手権」と交互に見ていたぐらいだし。冷たい試合である。でもどちらかといえば嫌いではないのである。八重樫選手など井岡の角度から見ると、非頭脳的というか非論理的な人間に思えてしまう。ボクシングは熱く冷たく、論理的であり非論理的でもあるが。少なくともパンチ力がさほどないのにノーガードの打ち合いなど面白いとは自分は思わない。必殺パンチのない人間はすべてをかわし、カウンターで打ち返すという方法しかないのではないか?弱者のサッカーが堅守カウンターであるように。

東京マラソン応募したものの落選の憂き目で青梅マラソンに応募する。ミニストップで実施。すんなり成功。しかし、登録のメール間違える。青梅を最後に走ったのは10年以上前。どうなることか?

前の職場は特殊だったので仕事中ランニング自由。今はほぼ机に向かい休憩を除き9時間勤務。年も取ったしどうなることか?現状は20キロぐらいしか走れない体なので、肉体改造せねばならない。

山中慎介の世界戦のタイトルはリアルであった。実に意味深である。苦戦のカモフラジュともいえなくはない。そして実の試合もリアルであった。紙一重の攻撃防御。神の拳は炸裂しない。それは展開があまりも速いためである。スピードとスタミナ。相反する力をボクシングから要求される。あるいは精神と肉体。ボクシングはある意味リアルである。インチキとか胡散臭い世界から訣別され、純粋性が濃縮された世界である。ただ悲しく思ったのは、山中慎介もかなり地上に降りてきたなと思う。地上に降りたなら、そんなに勝つことはできない。

またも勝手にパソコンが壊れる。変な画面に代わり、めんどくさいので強制終了させると、修復モードに変わり1時間。結局修復せず、NECに電話をかける。データを取り出すには3万円以上かかるという。3万が勿体なく断念し、リセット方法を教わり修復完了。しかしあとで変だと思う。だって勝手に壊れるのだから.。しかしこちらも学習能力なし。2年前も壊れたし。外部保存を始めよう。

安保問題で戦争法とか抑止法とかでもめている。周辺国のことを考えろと反対派はいう。中国は、「戦争拡大につながる。時代錯誤だ」と非難している。中国が非難しているということはこの法案は極めて正しいとしか思えない。だって、軍事費を拡大しまくって、空母とか原爆とか持っている国が、何を言っているのいう感じ。中国が発言すればするほど、デモ隊も中国が裏で手をまわしているのではないかと思う。

風水害が最近多い。おまけに地震も。この前の震度5の地震など、朝の犬の散歩中で揺れは感じなかったものの、何か空気の塊が押し寄せた感じで、一斉に電線が揺れた。ダウンバーストかと思った。風水害も酷く、家が流されて、人も流されていく。箱物反対の民主党政権のころが懐かしく感じる。結局民主党は何もわかっていなかったのだ。こちらもマスコミに都合よくだまされたし。いつもいつも本当のことは隠されている。しかし、いつも台風はコースを微妙に変えては何度も日本を直撃する。これが北の某国ならもはや国は崩壊しているだろう。また、こんなに台風がくるのなら、あの神風は必然のことであったといえる。ある意味防衛システムでもあるのかもしれない。

落ち込んだ時はやはり中島みゆき。「私だって世の中の思いどおりに動かない」「世界中の誰もかもが偉い奴に思えてきて」「狼になりたい」「ここにいるよ」「私の声が聞こえますか」「君が笑ってくれるなら悪にでみなる」中島みゆきが神に思えてくる。

青春18きっぷで、水沢うどんを食べようと思ったが、計画誤りに気づき、電車の中で行き先を変更、富岡製糸場に行くことにする。行けば完全に町おこしになっている。観光客多いし、店も多い。富岡製糸場は自分的には今一つ。まずは全体の50%以上が立ち入り禁止でそのエリアすらいけない。それでいてその内部公開もまたその一部。あとは外部から見るだけ。安全性なのかそこは知るよしもないが未整備感が強い。一緒にいった長女は感激していたが。ただ感動したのはこれを明治5年に作ったということ。明治5年なんてまだまだ江戸時代の延長だったと思うのに、こんなものをこんなところにつくるなんて。明治人のやることはいつも凄いと思う。