ハロウィン定着だなと思う。トリックオアトリートでなく、仮装行列なのはある意味ジャパニーズガラパゴスなのか。これはこれでいいのかも。自分は幕末の「ええじゃないか」ではないかと思う。歩道がいっぱいで歩きにくいとか、ネガティブな報道ばかりで。ここはこれぐらいで「ガス抜き」したほうがいいのでは?

歩くと古ぼけた選挙ポスターが目に付く。そしてそのフレーズ。「ブレない」が結構多い。自分などこの言葉が嫌で「原理主義者」かと思ってしまう。状況などコロコロ変わるのだから、それに応じた対応をすべきなのではないか?原理主義者はどちらかといえば、視野が狭く、自己中心で、頭が悪く、どうしようもない存在だと思う。理想主義者が世界を変えると思えない。現実主義者がなぜか現実を変えてしまう。
南野陽子がテレビに出ていた。自分ではババアと言っているが全く変わらないのではと思う。同じ「スケ番刑事」の斉藤由貴など相当変わっている。人それぞれなんでこんなに違うんだろう。自分ではいい意味でも悪い意味でも変わりたくないと思う。
電車の液晶で綾瀬はるかがCMしているのが、スマ@ホーム。スマホと室内カメラがつながっているもの。便利そうに訴えるが、何か監視社会のようで気持ち悪い。絶対売れないと思うが、売れたところで絶対買わないと思う。
海軍っているんだろうかとふと考える。テレビの戦闘報道はすべて空軍である。空爆シーンばかり。海軍の戦闘はアルゼンチンの戦闘しか思い出せない。空母はいるのかしれないが。戦艦の必要理由は空母護衛しかないのでは。

1月から勉強してきた宅建試験が前の日曜日に終わった。今は祭りの後のようである。満足感とそして寂しさ。現在自己採点では33点。極めて微妙。現在の合格点の予想ラインは31点。実は2年前にも試験を受けてきてその時は31点。1年で1点しか上積みできなかったことになる。しかし、この10カ月相当自分的には向上したつもりであったが、たった2点である。そこが合格率15%の秘密でもあるが、あと1カ月結果発表が楽しみである。

宅建の試験も終わり、やっと読書解禁となる。今、湊かなえの「絶唱」を読んでいる。その中で大学時代が一番素晴らしいとのくだりがある。彼女の意見は、高校以下も人間関係のしがらみが強く。社会人での人間関係のしがらみが強い。その点大学時代はしがらみがなく最高みたいんなくだりがある。それはそうだといえる。その大学時代でクラブの先輩から忌み嫌われ、とても辛かった。しかし、そのバーターで多少の人間関係の辛さには耐えることができる。彼女のいう「バイキング料理の、好きなものをすきなだけとればいいのなら、なんて楽なのだろうか?には共感する。大学時代はそれでも楽園であった。楽園を追放され荒野を歩くのは本当に辛い。

亀田の世界戦。引退らしい。テレビはなぜかテレビ東京で放映。テレビ放映の前に結果がネットにでてきたので見る気がなくなる。しかし、なぜテレビ東京なんだ。さんざん亀田を露骨にもちあげたTBSは何をしているのだ。不誠実としか思えない。毒食らわば皿までという言葉があるが、皿まで食ってほしかった。結局亀田は伝説の一戦というものにたどり着けなっかと思う。胸をふるわせるその一戦に。弱そうな相手としか戦わずそれを微妙に勝っていく。ある意味に日常的な現実的な戦いであった。人はボクシングに非日常、非現実を求めているのだ。結局亀田はチャンピオンの器でなかった内藤大助をチャンピオンに持ち上げたピエロとしか思えない。とにかく時代は過ぎ去ったと思う。

アクション映画なるものがあったと思うが、今はあるのだろうか?あるいはアクションスターは?刑事ドラマもアクションシーンなどない。推理ものばかりである。それはそれでいいが。テレビは健康もの、あるいは教養ものと金のかからずまるでみんなNHKかという感じ。それだけ今は老人をターゲットにしているのかと思う。ブルースリーや松田優作の活躍していた時代がなつかしく思う。時は過ぎていき、帰ってはこないけれど。

愛犬が一匹いるが、よく見ると一日中寝ている。もちろん起きて餌を探し、悪さもするが。基本は食う、寝る、排泄とシンプルである。人間など人生とか何とかわけのわからないものに心を迷わせ、苦しんでいるが、この犬はたぶん苦しんではいないだろう。ときより隣の馬鹿犬が吠えているので、これに連呼しているが、ある意味純粋である。純粋がいいことなのか、どうなのかということは別にして。