マラソンが近いのに足が痛んで走れない。
去年は走っていて急にスピードを落として足を痛めた。
今年はゆっくり走ってもすぐ痛くなる。
年なのかとも思うが、20年過ぎ振り返ってみれば、あの頃はもっと若かったと思えそうで、走るしかない。去年はマラソン前の20日のみの練習。それでも5時間を切れたから、それなりには効率はよかったと思う。
今年はどうなるか。
マラソンが近いのに足が痛んで走れない。
去年は走っていて急にスピードを落として足を痛めた。
今年はゆっくり走ってもすぐ痛くなる。
年なのかとも思うが、20年過ぎ振り返ってみれば、あの頃はもっと若かったと思えそうで、走るしかない。去年はマラソン前の20日のみの練習。それでも5時間を切れたから、それなりには効率はよかったと思う。
今年はどうなるか。
強い。将棋はよくわかってはいないが、よくネット観戦している。藤井さんが凄いと思うのは、勝ちを見切った時の、直線的なところです。飛車角とられようと見向きもせず、王を追い詰める。全て見切ってる。何手差で勝つことを。
朝日杯勝てば6段とはいわれているが、大多数の人が勝つとは思っていなかった思う。
そして、そこを勝ってしまう。圧倒的な力で。
もう、時はもどせない。もっともっと強くなっていくのではないか。
80歳の男をめぐり、殺人事件。ある意味凄い。テレビや映画も愛は素晴らしいといっているのだから、こんな事件が起こっても不思議ではない。
ある意味、人間的でかつ動物的である。
雌をめぐる雄の闘争はどこにでも繰り返される。「コンビニ人間」でもこのくだりは
あったような気がする。
子孫繁栄のための巧妙なDNAのなせる業だろう。
このDNAのために人は苦しめれれ、切ない思いに陥らせる。
女性など無責任で、どうしようもないものだと思う反面、無視されるのも
辛く思える。
まして大きな「ガイノイド脂肪」には目を奪われる。
本当にDNAはどうしようもない存在だ。
鶴太郎のようにヨガで性欲もなくなる境地がある意味羨ましくも思える。
NHKのランスマで92歳のマラソンランナーを取り上げていた。
毎日1時に起床。そして毎日20キロを3時間ぐらいで走るという。
これだけとりだすと自分により速く、そして多くのものを積んでいる。
でもレースは関門にかかって20キロくらいでアウト。
そこだけとりだすと、まだ自分のほうが速い。
年を取れば、こんだけ努力しても 、むくわれないものか?
年をとるのは恐怖である。
でも92歳までは、まだ自分にはすくなからず時間はある。
やりたいことはいっぱいあるし、あせることなく
ひとつづつクリアしていくしかない。
成人式で貸衣装屋「はれのひ」が逃亡。八王子店はもぬけのからだったらしい。
金は前払いですっかりふんだくり、そして逃亡。
世の中オレオレ詐欺といい、だまして金を稼ごうとする輩が多い。
給料もらっていない社員もいたという。では無償で詐欺の幇助をやっていたのか。
なぜ犯罪者のくせに、金をだましとるのか。
金を払うときは、まじめに払うのか。払いうときインチキすればいいのではないか。
そうなると店が困るのは違いないが。
社長名も公表されない。これはなんなのだろう。
正月番組もほとんど面白くなく、早く通常に戻ってほしいと思う。
番組のなかで一目置いているのが、格付チェック。そしてGACKT。
格付け連勝中。一種の目利きである。本物を見る目というのにあこがれる。
ワインなど実際テレビのこちら側では飲めないので、どうでもいいと思う。
5000円と100万円のワインの違いなどどうでもいいことである。
300円のワインでもまずいと思わず、酔えればいいのである。
ある意味食べ物も同様で美味しいと思えばそれでいいのだし。
値段とか関係なしに、自己満足で十分。
気になるのは音楽。
音楽が皆目わからない。GACKTは聞いて1秒で真贋を見分けられるという。
どうすればいいのか。
青森が短命日本一らしい。調べてみるとトップの長野県と3歳ほど違う。
微妙。たった3年ともいえる。全体の平均寿命からいくと、差はもっと少なくなる。
原因はとにかく塩が好きで、酒が好きで、運動嫌いらしい。とにかく好きなことしかやらない結果らしい。
これで3年ならどうでもいいかという気になってくる。たしか世界には平均寿命50歳の国も
あるのだし。
じかし確か自殺率も多かったはず。秋田の次ぐらいではなかったか?ここでは全く触れられていないが。
自殺は逆に好きなことができない人間がやるものではないのか。
またまたなにか操作されているのか?
事実はなにか。真実はなにか?
マツコのテレビで高級時計の特集をしていた。
高級時計ほど興味のないものはない。
時計の本質は、正確性と軽さしか求めていない。
ここに自分と価値観の違う人種がいろいろと展開してくる。
100万円の時計をして、300万円の時計を親にねだる娘。
とても気分が悪くなった。
そういう意味では、じぶん共産主義者かなとも思う。
おいしいものを食べたいとも思わないし、。
ただ美しい景色は見たい。
立川の街を歩いて、偶然「松のや」を見つけ、入る。
多分「松屋」のチェーン店であるとは思う。
おいしい。特に米が美味しい。松屋の米は硬いがここのは柔らかい。
ロースカツもサクサクでおいしい。
なぜ、松屋にこれがないのだろう。そのコンセプトが今一つわからない。
松屋はロケーション上(国立駅)仕方なくよくいっている。しかし、なか卯があればそちらの方がいい。
いま気になるのは「やよい軒」。次はここにいってみるか。
子の権現に行く。道路は山上まであるが、電車から登山。霊験は健脚とある。
しかし、そこにたどり着くには健脚でなければいけない。
よって、健脚な人が健脚を願をかける必要はないのではないかと思う。
しかし、このパターンは多い。琵琶湖の長命寺も山上にあり、やはり健脚の
御利益だったと思う。
そういう意味で神仏に頼る必要もないのではないかと思う。
ただ、運不運があり、「ついている」と思える日もあれば、
逆の日もある。そんなときは神の御加護を感じることもある。
しかし、人は必ず死ぬのだ。そこからは逃れることはできない。