宮司が日本刀で殺された。神や仏もないとい言葉があるが、宮司が殺されるなら洒落にもならない。神はいるのか、いないのか。昔からの哲学的な課題。
伊坂幸太郎は「神はいる。ただよくよそ見をしてる」という。中村文則も同じことを言っていたような気がする。
しかし、この事態で富岡八幡宮にお参りにいってみたい気もする。
神はいるのか、いないのか。
実はこの前の三峰神社いってからいいことが起こっていない。ただ、その悪いことは
突然起こったことではなく隠れていたものだった。
つまり、他人の悪意が顕れただけで、逆に本心を知り良かったとも言える。
でも知らなかった方が幸福であったともいえる。
本当に生きていくのは難しい。