安寧(あんねい)を出発した菊之介と大悟は、西燕山(さいえんさん)を越えて粛清(しゅくせい)に向かおうとしていた。
秋風の吹く中の山越えは、寒さに対する不安はあったが、冬眠する動物が増えるため、おそらく危険は減るだろうと、大悟は考えていた。
菊之介といえば、粛清行きは強く主張したものの、山越えに関しては何の策もなく、ただただ大悟に従うのみだった。
「菊之介、この先は狼が多く生息します。お気をつけなされ」
大悟がいない時を見計らって、時々桐紗が現れた。
桐紗は、大悟に知られることなく旅の共をすると、菊之介に話していた。
そしてその通り、大悟にわからぬようにいろいろ教えてくれた。
しかしなぜ桐紗が人知れずついて来れるのか、何故いろいろな情報を早めにわかるのか、など疑問はあった。
「義姉上、大悟兄上と会ってはもらえませぬか」
時折菊之介は、桐紗に頼んでみるのだが、桐紗は首を振るだけだった。
それより
「いつになったら、名前で呼んでもらえるのですか」
などと会うたびにせがまれ、菊之介は困惑していくのだった。
菊之介にとって、この美しく優しい姉は理想の女性だった。
今も美しく優しいのだが、姉妹として新城にいたころとは違っていた。
妹だと思っていたのが他人で、しかも男であったと知れば、誰もが驚き戸惑うのは当たり前だ。
しかし、この桐紗の豹変ぶりはどうだ。
まるで男に媚びるような……とそこまで思って菊之介は狼狽した。
男に媚びる……その男とは菊之介のことだろうか。
いや、ほかにいるまい。
頭の中だけで考えたことで、いつのまにか上気している自分を感じた。
「菊之介、熱でもあるのか」
大悟が菊之介の額に手をやり、首を傾げた。
「熱はないようだが、顔が赤いぞ」
「べ、別に何でもありませぬ」
菊之介は大悟に言われて、ますます気色ばんで汗を拭った。
「汗までかいているのか、この寒いのに。風邪でもひいたのではないだろうか」
大悟が心配してまた額に手をやろうとした。菊之介はすっと体を動かし、立ち上がった。
「大丈夫です。少し風にあたってきます」
続く
ありがとうございましたm(__)m
地図(モデルは九州ですが、私の線が下手すぎる。2001年作成)
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弟が最後に見たかもしれない光景を見たいんですよ