​お久しぶりです、RUNAです。


​12月に入りましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか?


2024年が終わるまであと1ヶ月を切ったなんて

正直信じられない気持ちでいっぱいです。


​さて、本日は宇佐美りんさんの芥川賞受賞作

『推し、燃ゆ』についてご紹介したいと思います。




縮まりすぎた、推しとの距離感

SNSが発達した今

推しがいる生活は当たり前になり

その形も多様化しました。


配信で直接言葉を交わせたり

ライブ後に至近距離で撮影ができたり。


「推しと繋がること」さえ不可能ではないほど、ファンとの距離は近くなっています。


​私自身の高校時代を振り返ると

当時の推しへの想いはあくまで「遠い存在への憧れ」でした。


でも、ここまで物理的・心理的距離が近くなると、ファン側の心理にも変化が起こります。


純粋な「応援」だったものが

いつの間にか「推しが人生の生命線」になってしまうのです。



推しは「背骨」。失った瞬間に崩れる危うさ

この本の中で、推しを「背骨」と例える強烈な表現がありました。


生き物は背骨がなければ自立できません。


つまり、推しの引退や不祥事がそのまま自分の生きる力の喪失に直結してしまう状態を指しています。


​推しを自立のための支え(背骨)にしてしまうと、推しの人生が揺らいだ時、自分の人生まで一緒に崩れ落ちてしまうのです。



推し活は「人生の彩り」であってほしい

もちろん、推しがいることで毎日に張り合いが出るのは素晴らしいことです。


けれど、自分の人生の主導権を推しに預けてしまうのは、少し危うい気がしてなりません。


​推しが自分の人生をコントロールしているのと同義になってはいけない。


人生の主導権は、あくまで自分自身が握っていること。


​推しを応援しつつも、自分の足でしっかりと大地に立つ。


そんな「自律した推し活」こそが、長く楽しく続けていける秘訣なのではないでしょうか。