こんにちは、RUNAです。


京都市で起きた痛ましい小学生殺害事件。



容疑者が養父だったことで

SNSやニュースでは

「シングルマザーの再婚リスク」について

様々な意見が飛び交っていますね。



​私も最初は「連れ子が邪魔になった末の犯行なのだろうか」と思っていました。


ですが、事件の背景を詳しく調べてみると

これは決して「養父だから」という単純な話ではなく、実の親であっても起こりうる「教育・しつけという名の暴力」が引き金だったと感じました。




事件の引き金となった「教育方針」の歪み

報道によると

養父は日頃から男児の食事の摂り方や生活習慣などの「生活態度」に不満を抱いていたそうです。


「言うことを聞かないから」と

しつけのために体罰を日常的に取り入れていた。



​そして事件当日

何らかのきっかけで激昂し

強い暴行に及んでしまった……。


これは計画的な殺害ではなく

日常的な「過度なしつけ」がある一線を越えてしまった結果のように見えます。



​この動機を聞いた時

私は「子供に対する教育レベルや価値観の違い」が招いた悲劇なのだと強く感じました。




夫婦間で全く異なる「しつけ」への意識

以前のブログでもお話しした通り

私には現在子供はいませんし

これからも持つ予定はありません。



ですが、仮に子供がいたら……という想定で

旦那さんと議論することがあります。



​例えば「子供が何度言っても言うことを聞かない時、どうするか」



​私は、言葉で伝わらないなら

「体罰」という選択肢も致し方ない

という考えで育ってきました。


一方で、旦那さんは

「何があっても暴力は絶対にダメだ」

という考え。


まさに「親にも打たれたことがない」

という環境で育った人です。



​実の親だろうが

養親だろうが

子供を育てる上でこの「価値観の擦り合わせ」ができていないことは非常に危険です。


一方が「しつけ」だと思っていることが

もう一方の目には「虐待」に映る。


あるいは、エスカレートしても

誰も止められない。


そんな状況が

最悪の場合、今回のような事件に繋がってしまうのではないでしょうか。




「慎重になる」ということの本当の意味

​今回の件を受けて

「シングルマザーは再婚すべきではない」

という極端な意見も出ています。


私はそこまで否定する必要はないと思いますが

「子なし同士の結婚よりも遥かに慎重になるべきだ」という意見には同意します。




​「犯罪者を基準に議論するな」

という声もあるかもしれません。



でも、子供を物理的に

そして精神的に守れるのは

最終的には親権者である自分だけです。


そして、私たちが自分の意志で確実に変えられるのは自分自身の行動だけだからです。



​パートナーに「私の子を大事にして」と願うのは簡単です。


でも、相手がその通りにしてくれる保証はありません。


だからこそ、相手の性質や

自分との価値観のズレを時間をかけて

徹底的に見極める責任があるのだと思います。